投稿日 : 2023.02.07

ボーカル用の譜面がプレミア化 !? ─水道橋「東京倶楽部」セッション・レポート【ジャムセッション講座/第8回】


これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。

今回は東京都内に2店舗(水道橋/目黒)を構える「東京倶楽部」の水道橋店に潜入。ここでは毎日のようにジャムセッション、ライブ、クリニックが開催されており、初心者も参加しやすい内容&価格設定が特徴。そこは一体どんな空間なのか?

【今回の現場】
東京倶楽部 水道橋店

ほぼ毎日のようにジャズ系のセッションを開催。ボーカルのみ、楽器のみ、両者ともに参加可能な3つのタイプがある。基本はウェブ予約だが、当日の規定人数に達していなければ飛び入り参加も可能。参加料は3000円〜+1ドリンク(イベントにより変異あり)。
東京都千代田区神田駿河台2-11-16 さいかち坂ビル地下1階/℡ 03-3293-6056

【記者】
千駄木雄大

ライター。29歳。大学時代に軽音楽サークルに所属しギターを演奏。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという十字架を背負っている。最近、自著の印税が入ったので、今さらながらアコースティックギター(ハードオフで2万円)を買い、やる気を見せる。

学生街のセッション・スポットへ

御茶ノ水(東京都千代田区)にある楽器店街のすぐ近く。JR総武線・中央線の線路沿いの急坂に店を構える「東京倶楽部」は、1990年に開業。ライブ演奏が楽しめるレストラン・バーだ。

かつては千駄ヶ谷と本郷にも店があったのですが、千駄ヶ谷店は東京五輪の会場の近くで、ビルの建て替えに伴い退出しました。現在ではこの水道橋店がもっとも歴史が古く、30年以上やっています。わたしはもともと、アルバイトで入っていたのですが、気づけばもう10年目です

そう語るのは水道橋店に勤務する遠藤まどかさん。アート畑の出身で、音楽にも造詣が深いが「セッションは一度でも参加するとハマってしまいそう」なため、演奏には参加していないという。

当店はバー営業を行っておらず、ライブとセッション、クリニックや貸し切りなど、営業時は必ず “演奏” が伴います。最近は夜よりも昼間のほうがお客さんは多いですね。水道橋という土地柄、お仕事帰りの方もいらっしゃいます」(遠藤さん)

店の近くには明治大学や日本大学、尚美ミュージックカレッジ専門学校があるので、学生プレイヤーに向けた割引プランなども用意されており、ドリンク代(昼 ¥600〜/夜 ¥800〜〉のみで参加することができる。

取材で訪問した当日、店には11名のジャムセッションの参加者が集まっていた。以前に取材した「高田馬場イントロ」と比べると年齢層は高め。50代の男女が目立つ。加えて、今日はボーカリストが多いようだ。

この日、ホストプレイヤーを務めたのはジャズドラマーの小林陽一氏。前出の遠藤さんいわく「今日のお客さんはみんな小林氏が目当てで来ている」のだという。

小林さんの音楽家としての魅力はもちろんですが、若手奏者とのコミュニケーションや、お人柄の良さもあって人気が高いです。昨今、若手ミュージシャンの面倒をしっかり見ることができるプロ奏者は貴重な存在だと思います

そう遠藤さんが語るように、今回のハウストリオは小林陽一(ドラムス)、宮地潤(ピアノ)、南山拓朗(ベース)。ピアノとベースは20代で、小林氏とは40歳近く離れている。彼らのセッションに加わるお客さんはその間の年齢(40~50代)という具合だ。

この日は「ジャズスタンダードの曲を平等に!」というタイトルのもと、15:00〜18:00までの3時間休みなくセッションが行われる。事前にインターネットで予約するシステムだが、飛び入りで当日参加するお客さんもいた。

ジャムセッションがスカウトの場に?

開始時間になると、まずはハウストリオで演奏。この1曲が終わると小林氏がセッションメンバーを客席から呼び集め、ジャムセッションが展開されていく。それぞれの演奏前には特に綿密な打ち合わせを行うわけでもなく、テンポよく進行している。ある程度、慣れた人たちが多いようだ。

今日のホストはプロのドラマーだが、セッション参加者にもドラマーが複数名いる。演奏を終えたドラマーのひとりに話を聞いてみると、普段から小林氏の個人レッスンを受けているという。Jazzcrazyというステージネームで活動する同氏は、現在50代。

学生時代からジャズが好きで、いつかはドラムを演奏したいと思っていたのですが、なかなか時間が取れない日々が続きました。最近になってようやく事業が軌道に乗りだしたので、4年前から本格的にドラムを始めたんです。ただ、自分だけで叩いていると伸び悩みを感じてしまったので、月に1回、小林さんにレッスンをつけてもらっています

そんな繋がりで、この店に出入りすることになった。現在では、さまざまなセッション企画に参加しているという。

参加するまではセッションのルールも知らなかったのですが、なんとなく掴めてきて一気に楽しくなりました。セッションではフロントの人が優先でまず曲を決めるので、どちらかというとドラムは後回しになりがちですけどね(笑)。『ドラムはリズムを取るだけだからなんとかなるでしょなんて言われますけど、それはそれで難しいものです

彼のように仕事との折り合いをつけながら心願成就、あるいは “ゆとりある大人の趣味” としてセッションを楽しむ者も多い。ボーカリストの山田さんもそんな一人だ。彼女はインターネットで「ジャムセッションができるお店」を探していたところ、東京倶楽部にたどり着いた。

中学生のときにジャズを聴き込んで、30歳を過ぎたらやってみたいな…と思っていたのですが、結局、参加したのは50歳を過ぎてからでした。たまにYouTubeでいろんなジャムセッションの様子を見てはいましたが、いざ参加してみると、当たり前ですがカラオケで歌うのとは次元が違う。わたしも含めて、そこにいる演奏者みんなの個性が発揮されるので、どんなふうに(楽曲が)転がっていくのか、そこも楽しいですね

この日、山田さん以外にも何名かのボーカリストが参加。筆者がこれまでに見たジャムセッションの現場と比較すると、歌唱の割合が高い。その理由は、ホスト奏者の小林氏によるところが大きい。彼に見いだされて、別のライブに出演するチャンスもあるのだ。小林氏は語る。

僕のクインテットで定期的に演奏している場が複数(六本木All of me club、六本木キーストンクラブ、六本木サテンドール、銀座CYGNUSなど)あるんですが、最近はボーカリストを起用することが多いんです。演目にバリエーションをつけることができるし、集客にも有利という理由もあります

小林陽一(ドラム奏者)1976年のプロデビュー後、日米を拠点にさまざまなレコーディングやステージで活躍。85年のメジャーデビュー作『What’s this』を発表後、現在までに30作のアルバムをリリース。

そんな共演ボーカルの候補者を、ここ(東京倶楽部)でのセッションで見つけることもあるという。

今日も何人かに声かけました。ちゃんと歌えて集客力もあれば、当月のライブに呼んでしまうことだってあります(笑)。このお店でホストを務めだしたのは2022年からですが、しっかりと仕事につながっているわけです

これまで、平井堅や中島美嘉の楽曲にコーラスとして参加し、嵐の楽曲を作曲してきたというボーカリストのOkabe Mayumi氏も小林氏に見いだされたひとりだ。

東京倶楽部で歌っている様子を、許可をもらってYouTubeにアップしたところ、雑誌『Jazz Japan』編集部の目にとまって、小林さんとのライブが決まったんです。12月に初めてのライブがあったのですが、2月にもまたやるので、今日は次回のライブの練習を兼ねて来ました

ボーカリストのための譜面がプレミア化!

勇気を出して飛び込んで、素晴らしいパフォーマンスができれば、より大きなステージに進める。東京倶楽部にはそんな可能性が漂っている。ところで、ボーカリストはジャムセッション時にどんなことに気を配るべきなのか。

ボーカリストさんはそれぞれ “自分のキー” がおありになるので、ご自身で譜面を用意されるのがよろしいかと思います。キーが違うと、譜面の内容もだいぶ変わってきますので」(東京倶楽部・遠藤氏)

カラオケだとリモコンひとつでキーを変えることができるが、ジャムセッションではあらかじめ演奏者同士の同意が必要。以前に紹介した譜面集 “黒本” は、多くの楽器奏者が虎の巻として使用しているが、ことボーカルに関しては、決定版と呼べる藍本が存在しないようだ。前出のOkabeさんが語る。

セッションに参加するときは、譜面はいつも3〜4部準備しています。選曲はお店やホストによって変えていますね。“ビバップの曲なら譜面なくても大丈夫” なんて言われますが、譜面集によって結構バラつきがあるんですよ。わたしはピアニストの福井ともみさん監修のソングブックを参考にしているのですが、彼女の本はどれもAmazonでかなり高い値段がついちゃって、気軽に買えない状況です

前出の山田氏も「福井ともみのソングブック」がプレミア化していることを嘆く。

都内の山野楽器や島村楽器など、いろいろなお店を回りましたが全然置いていなくて……。ネットだと8000〜2万円の値段になっているので再販してほしいですね

ジャムセッションにおける “ボーカリスト特有の悩み”が発覚。音楽関係の版元さん、ビジネスチャンスかもしれませんよ。

アマチュアの人ほど練習しない……

といった具合に、セッションの現場でいろんな人たちの演奏を聴きながら話を聞いていると、あっという間に3時間が経過。今回の現場では、40〜50代のお客さんが目立ったが、彼らにとっての「ジャズ演奏=豊かな大人の趣味」を存分に楽しめる場所として、東京倶楽部はうまく機能している。もちろん店側も、プロアマ問わずさまざまなプレイヤーを手厚く迎え、快適で刺激的な音楽空間を提供している。そんな印象を受けた。

最後に、この日のホストを務めた小林氏にジャムセッションの心得を聞いてみた。

僕は今年でプロ47年目、ドラムを始めたのは中高生からなので演奏歴はもう50年を越えています。これまでいろんな現場を経験してきました。単身ニューヨークで武者修行をしたり、薬物が蔓延るキャバレーで悔しい思いをしたこともあります。ふりかえって改めて思うのは “音楽は上手い下手ではなく真心だ” ということです。当然、演奏する技術は必要ですが、それは二の次。まずは、人間性が大事なんです。そこがしっかりして、はじめて“伝えたいことを、ちゃんと伝えられる”わけです

もちろん、伝えたいこと(=表現したいこと)をダイレクトに伝える技術も大切だ。小林氏はこう続ける。

これからジャムセッションに参加したいと思っている人にひとこと言うとしたら『やめないこと』です。先ほども言いましたが、上手い下手の差は当然あります。が、どれだけ自分が上手かろうが下手だろうが、練習を続けることが大切です。一に練習、二に練習。プロは基本的に毎日練習しています。アマチュアの人ほど練習しないんです。いちばん大事なのは上手くなりたいという気持ちで、そのためにはまず練習をするべきです

筆者にとっては耳の痛い話だ。なんだかんだ言い訳をつけて練習しない日々が続き、なんとなく怠惰なモードになり、挙句に生活も荒れ、この原稿も締め切り日を過ぎる(編集者が激怒)という悪循環。人前で演奏する勇気や度胸も必要だが、まずはその壇上に立てるように練習をして実力を付けなくてはならない。あと、担当編集者にやる気を見せる必要がある。というわけで、先日入った(自著の)印税で新しいギターを買ってしまった。これで猛練習するので許してください。

取材・文/千駄木雄大
撮影/藤川一輝

ライター千駄木が今回の取材で学んだこと

① 地下のお店も怖がらずに入ろう
② 学生さんは学生料金をもっと活用しろ!
③ 大人になってからでもジャズは始められる
④ ボーカリスト用の譜面が高騰化
⑤ 練習を続けないと生活も乱れてしまう

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