【グッド・サウンド・シアター】vol.5『ティファニーで朝食を』

文/林 伸次 イラスト/シマジマサヒコ

2018.07.03

Good Sound Theater vol.5

「映画と音楽」の親密な関係を探る連載。第5回は、以前に本誌でも紹介した渋谷のバー「bar bossa(バールボッサ)」店主の林伸次さん。今回取り上げる作品は、1961年の公開の『ティファニーで朝食を』。

ムーン・リバーのひみつ

十数年前のこと。当時、『ku:nel(クウネル)』(マガジンハウス刊)という雑誌がとても流行っていて、街に『クウネル』のモデルのような、身体のラインを見せない、女性のセクシーさを一切強調させない服を着た女性が増えたことがありました。彼女たちの意図がよくわからなかった僕は、デザイナーをしている友人に、「どうして彼女たちはあんなに身体のラインを見せない、女性を感じさせないファッションをするんだろう。もっと女性を前に出した方が良いのに」というようなことを言ってみました。

すると彼が、「なんにもわかってないね。彼女たちはとにかくすごくコンプレックスがあるんだよ。自分の身体のラインが全く幼児体型なこととか、胸が全然ないこととかにすごくコンプレックスがあって、そのコンプレックスを隠せるファッションが登場したから、“これこそ自分のためのファッションだ”って喜んであの格好をしてるんだよ」と教えてくれました。そして彼女たちはグラビア・アイドルやマリリン・モンローのような肉感的な女性には振り向きもせず、原田知世やオードリー・ヘップバーンのような女性に憧れているんだということも教えてもらいました。

確かにオードリー・ヘップバーンはセクシーや肉感的という言葉からは遠いけど、圧倒的な存在感があり、どんな服を着ても、どんな役をやっても、清楚で上品で美しくて、「そうかあ、世界中の身体のラインに自信がない女の子たちの憧れっていう一面がオードリー・ヘップバーンにはあったんだ」と気づきました。

ちょっと長めのミュージック・ビデオ作品集

そんなオードリーが主演の『ティファニーで朝食を』という映画、まあほぼ全員が観たことあるとは思うのですが、ストーリー、覚えてますか? 僕、今まで2、3回は観たはずなのに、今回この原稿のために観なおして、やっぱりちゃんとストーリーを把握していなかったことに気がつきました。

というのはこの映画、ストーリーを追いかけて、どっぷりとそのオードリーが演じたミス・ホリー・ゴライトリーの気持ちになってドキドキしたり感動したりする映画ではないからなんです。トルーマン・カポーティが書いた原作は、もっと都会の中で生きていく女性の哀しみや孤独のようなものが描かれているのですが、映画の方からはそんなものは全く伝わってきません。でも、なぜかオードリーが、ギターを抱えて『ムーン・リバー』を歌っているシーンや、ティファニーの店員にキスをして外に飛び出すシーンは、はっきりと覚えているんです。

これ、どうしてなんだろうと考えて、わかったのが、この映画はヘンリー・マンシーニという天才作曲家がオードリーのことだけを想って作曲して、その音楽にあわせてオードリーが踊ったり歌ったり笑ったり泣いたりしているシーンを、ぼんやりと眺めるための「ちょっと長めのミュージック・ビデオ作品集」なんです。

オードリー・ヘップバーンの美しさを楽しむ映画

ヘンリー・マンシーニが実はオードリー・ヘップバーンのことがずっと好きで、オードリーが死んだ翌年、後追い自殺をしたという噂があるらしいんですね。マンシーニの死因は一応、病死ということになっているそうなのですが、マンシーニがオードリーのことを大好きだったというのはとても有名な話らしいんです。そのことを知ると、この映画の意味がまたよくわかってきます。例えば、『ムーン・リバー』、この曲は声域が広くないオードリーのために1オクターブと1音の音域の間でマンシーニが作曲したらしいんです。

そうなんです。やっぱりこの映画は作曲家のヘンリー・マンシーニや監督のブレイク・エドワーズや、および周りのスタッフたち全員が、「オードリー・ヘップバーンという女性に恋をして、オードリー・ヘップバーンを世界で一番素敵に見せる、一番魅力的に感じるような、オードリー・ヘップバーンの美しさを楽しむ映画にしようぜ」って思いをこめて制作したんだと思います。そして、オードリーはその期待に見事に答えています。

冒頭のミステリアスなオードリー、自宅でのパーティで都市生活を満喫するオードリー、デート中に二人で仮面を万引きして逃げ出すシーン、愛猫を逃がすシーン、どのシーンも印象的で、オードリーの魅力やファッションがたっぷりと楽しめます。

誰かが言ってた言葉にこういうのがあります。

「人間には3種類ある。男性と女性と美人だ」

なんだかすごい言葉ですが、確かに「美人だけ別物」なんですよね。美人は男性が見ていて心地よいのは当然ですが、女性も美人を見るのはとても心地よいらしいです。そして、世界中の「ちょっと身体のラインに自信のない女の子」や「胸が小さいのにコンプレックスをもっている女の子」が、この『ティファニーで朝食を』を観て、「あ、こういう性を前に持ってこない、こんな風に女性を魅力的に見せる方法があったんだ」「そうか、私もこういうファッションでこうやって笑えばもっともっとチャーミングになれるんだ」と感じる、「ファッション誌的存在」「女の子のためのアイドル的存在」の映画でもあるわけなんです。

そうやって観てみると、「物語ではなく、女優の魅力とその女優のための音楽を楽しむ映画」っていうの、他にもまだまだありそうですが、やっぱり『ティファニーで朝食を』が最高峰なのかもしれません。

 

林 伸次/はやし しんじ
1969年生まれ。徳島県出身。渋谷のワインバー「bar bossa (バールボッサ)」店主。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997 年渋谷にbar bossaをオープンする。2001年ネット上でBOSSA RECORDS をオープン。選曲CD、CDライナー、エッセイ本執筆多数。7月12日に初の小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)発売。https://goo.gl/u2Guu1

 

『ティファニーで朝食を』(1961年)
監督:ブレイク・エドワーズ
出演:オードリー・ヘップバーン、ジョージ・ペパード
音楽:ヘンリー・マンシーニ
配給:パラマウント映画

 

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