【グッド・サウンド・シアター】vol.2『pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』

文/三浦 信(COLAXO) イラスト/シマジマサヒコ

2017.12.15

 映画で使用される「音楽」は、ときにセリフや映像以上に雄弁である。そんな、楽曲の魅力を最大限に引き出した映画作品や、音楽が効果的に使われるシーンを選出し、映画と音楽の素敵な関係、そして、その愉しみ方を探ってみたい。

例えばバレエに対して思い浮かぶキーワードを挙げるなら、『白鳥の湖』、『オペラ座』、『英国ロイヤル・バレエ団』など、それらが一般的なイメージとイコールで直結するだろう。しかし、バレエの世界も知れば歴史上にはココ・シャネルやパブロ・ピカソまでもが制作スタッフとして名を連ねた『バレエ・リュス』など、一般的なイメージとは異なり、総合芸術として昇華されたものが現在に至るまで数多く存在する。同様にコンテンポラリー・ダンスもまた、知るほどに実際的な芸術性と隔たりがある対象ではないだろうか。しかし、もしも映画『pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』を観たならば、その距離感はぐっと埋まるはずだ。

ピナ・バウシュ。1940年ドイツ、ゾーリンゲン生まれ。2009年、癌により死去。1973年にドイツの小さな都市、ヴッパタールでバレエ団の芸術監督に就任した後、ダンスと演劇を融合した新しいスタイルの作品を次々と生み出し、全世界的にその名を轟かせたコンテンポラリー・ダンスの革命者。彼女が率いた『ヴッパタール舞踏団』には、約20カ国のダンサーが活躍しており、中にはパリ・オペラ座から来たダンサーもいるほどだが、彼女の世界観を表現するために驚くほどの研鑽を積む。この天才舞踏家の作品を映画化するためにメガホンを取ったのは、巨匠ヴィム・ヴェンダース。実は映画化の約束を交わしたのは20年近くも前のことで、その間ヴェンダースは彼女の作品が持つ躍動感と生命力を伝える術を見つけることが出来なかったという曰く付き。さらには3D技術による再現という手法に辿り着き、ようやく撮影を2日後に控えた2009年6月30日にピナが他界するという信じられない出来事に見舞われた。

喪に服した後、遺族の同意とダンサーたちの強い要望、そして映画化を望む世界中の声に背中を押されて撮影は開始される。映画は彼女の代表的な作品から『春の祭典』、『カフェ・ミュラー』、『コンタクトホーフ』、『フルムーン』
の4作品が選ばれ、映画用に新たに収録。さらには劇場を飛び出して、モノレールや工場などの現代建築に、森や庭園など自然の中でパフォーマンスを繰り広げるダンサーたちを追いかけ、生前のピナの映像と共に新たな構成要素とした。公開に際したキャッチコピーは「これはダンスか? 演劇か? 否。生きる、そのもの」。この言葉がすべてを表すように、ピナの作品はコンテンポラリー・ダンスを媒介に、「命」そのものが表現されていることが特筆すべき点であり、まずはこの映画で体感してもらいたい。ピナの演出に、ダンサーの演技力、それにくるぶしが埋まるほどの土に覆われた『春の祭典』や水にまみれた『フルムーン』の舞台など、そのどれもが先入観を振り払い、観るものすべてを魅了する。

天才は天才を呼び込む。先述の『バレエ・リュス』においてプロデューサー、セルゲイ・ディアギレフのもとにココ・シャネルやパブロ・ピカソなどパリ中の才能が集結したように、ピナに吸い寄せられた芸術家も数多存在し、その中にはダンサー以外で2人の日本人の名前を挙げることが出来る。ひとりはファッション・デザイナーの山本耀司。もうひとりが作曲家の三宅純だ。とりわけ三宅はピナの生前彼女の舞台に楽曲を提供するのみならず、この映画のサントラのプロデュースも担当するなどその関わりが深い。舞台『フルムーン』で使用された三宅の『リリーズ・オブ・ザ・ヴァレイ』は、映画の本編のみならず予告編でも使われたこともあって作品を象徴する楽曲となった。舞台には月からの隕石と見紛うような巨大な石が置かれ、雨が激しく吹きつけ、愛を巡る男女間の争いが勃発してダンサーたちは満月に気がふれたように踊り続ける。幻想的なシチュエーションと、非現実的に表現される人間の感情を見事にひとつのものとして三宅音楽が紡ぐ。

先日東京恵比寿で開催されたモントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン 2017でも圧巻のパフォーマンスを披露した三宅の公演は、彼の新作にしてライフワークとも言える『ロスト・メモリー・シアター』シリーズの収録楽曲を中心に構成された。最新作である-act-3 –にはピナのヴッパタール舞踏団に所属するダンサー、ナザレット・パナデロも参加している。ピナファンにはお馴染みの“あの声”が、日本人作曲家の作品にひとつの命を宿している。遡れば今年春に彩の国さいたま芸術劇場で開催されたヴッパタール舞踏団の来日公演『カーネーション−NELKEN』もチケットは瞬時にソールド・アウト。会場は感嘆の息に埋もれた。

ピナ・バウシュという才能に、直にこの眼で触れる機会は残念ながらもう存在しない。しかし彼女が宿した命は、その才能に触れた多くの芸術家がそれぞれのやり方で新たに芽吹かせ、我々にはまだそれを体感する機会が残されている。この映画もまた、その手段のうちのひとつだ。「生きる、そのもの」。唯一無二、ピナ・バウシュの世界観を堪能あれ。

『pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』 (2011)

監督・脚本:ヴィム・ヴェンダース
出演:ピナ・バウシュほか
音楽:トム・ハンレイシュ、三宅純ほか
配給:ギャガ・コミュニケーションズ