投稿日 : 2017.11.27 更新日 : 2018.01.25

三宅純の最新作をハイレゾ音源で聴く

取材・文/中村 望 撮影/則常智宏

三宅純 New Album [ Lost Memory Theatre act-3 ] DSD Master Listening Session in Power Rec

11月15日に日本先行で発売された、三宅純の最新アルバム『Lost Memory Theatre act-3』。このリリースに先駆け「DSD Master試聴イベント」なる催しが実施された。DSD(Direct Stream Digital)とは、従来のCD規格の64倍から128倍の高音質で記録可能なデジタル音声記録技術の一種で、「DSD Master」はこの方式でマスタリング処理を施したものだ。

試聴イベントが行われたのは11月11日。東京・渋谷の「池部楽器店Power Rec」内に特別スペースを設けて実施された。じつは同様の試聴会が、先日開催された「モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン 2017」のプレ・イベントとして10月16日にも開催されていたが、今回はやや趣旨が違う。同作のマスタリングを務めた“音の魔術師”オノ セイゲン氏が同席し、解説を交えながら試聴をおこなうというのだ。

現場には10席ほどの椅子が並べられ、筆者も含めた10人弱の参加者が着席。目前にはハイレゾ対応のスタジオ・モニター「MANGER」が設置されている。イベント冒頭に同店の沼田氏による「PCM(従来のCDなどで採用されている規格)とDSDについて」の前説があり、ほどなくして試聴を開始。

沼田氏の説明によると「ブロックの積み重ねのように音を構築するPCM」に対し「DSDは一枚の壁に直接音を書き込むようなもの」だという。実際に聴いてみると通常のCDフォーマットやMP3などに感じる圧縮感は一切感じられない。例えるならノイズを一切持たない“奇妙なほど滑らかなレコード”という印象だった。

1曲目の「LMT act-3 Prologue」は、こうした音質を確かめるには最適の曲で、静かなピアノからスタートし、徐々に楽器が積み重なるほどハイレゾの持つポテンシャルを実感できる。ブルガリアン・ヴァイスの次曲「Undulation」は、人の歌声がフィーチャーされた楽曲のため、前曲よりも奥行き感や透明度がより鮮明に確認できた。

そして3曲目。「Alta Mare」を聴き終えたところでセイゲン氏が登場。和やかな雰囲気のなか始まったトークでは、作曲家とエンジニアとして関わった三宅氏との初めての仕事や、再発売が望まれる95年の作品『JUN MIYAKE LIVE at CAY ’95』などの話に触れながら、本題のDSDの解説が始まった。

セイゲン氏によれば、CD(PCM)とDSDでは、スマホやパソコンスピーカーで聴く上では、さほど大きな違いはないという。しかしハイレゾ対応ヘッドホンや、高音質な環境下、大音量で聴けば、この2つのフォーマットの質感には決定的な違いがあるという。デジタル写真で例えると、DSDとはRAWデータ、PCMとはそれを圧縮したJPEGに当たるのだという。

専門的な解説が続いたが、要約すると、マスタリングの工程においてDSDフォーマットはCD規格よりも最大音量に十分な余裕があり、ノイズ・フロア(音を鳴らしてない時に発生するノイズ)が圧倒的に低いのだという。つまりDSDは、音量オーバーによる歪みやノイズが引き起こす雑味のようなものを極めて少なくしてくれるのだという。

残念ながら「どんな環境の中でも両者の違いを実感する」ことは難しいようだが、これらのポテンシャルを最大限に体感するには「騒音の少ない静かな部屋で、良質なDAコンバーターと良質なスピーカー(またはヘッドフォン)で聴くこと」とセイゲン氏は語る。

こうした話を踏まえつつ、以降の楽曲を改めて聴くと、上下の音量の振り幅、楽器の鳴り始めから鳴り終わるまでの奥行き感などが、従来のCD規格よりもより鮮明に感じることができる。上質な音響設備下でアナログレコードを聴くそれに似ているが、ハイレゾ音源が異なる部分は「レコードにはない“クリアさ”にある」と筆者は考える。

3曲を聴き終えると、今度はセイゲン氏が同作のマスタリングに使用した機材が紹介された。「EMM」社製のADコンバーターや「Lavry Engineering」社製のDAコンバーター、愛用のモニター・スピーカーなどが紹介され、DSDに書き出すまでのフローや、本作における三宅氏とのやりとり、セイゲン・サウンドの秘訣などを具体的に説明してくれた。また、本作以外でセイゲン氏が手掛けた作品の話なども飛び出した。

時間にして約20分ほどだったが、非常に濃密な内容。全9曲の試聴対象トラックが再生され、イベントの第一部が終わった。筆者もこれまで何度かハイレゾ音源を体験しているが、正直なところ今回ほど明確に違いを実感したことはなかった。セイゲン氏による解説と適正な音響設備下で聴けたことが大きいのだろう。

しかし、もっとも大きな要因は、試聴した作品が三宅氏のアルバムだったからと筆者は考える。こうした試聴会と三宅純作品の相性は抜群で、一枚のアルバムにあれだけの多様性が詰め込まれた作品だからこそ、音質の違いをハッキリと実感できたのだ。音質もさることながら、何より驚かされたのは本作『Lost Memory Theatre act-3』の内容。ある時はヨーロッパの街並みが、ある時は南米のライブハウスにいるような、まるで一枚のアルバムの中でさまざまな国を旅したかのような心地良い“聴き後感”があった。

(写真左)オノセイゲン氏がマスタリングを担当した三宅純作品の数々。「三宅純との最初の出会いは1981年。清水靖晃さんがプロデュースした秋本奈緒美デビューアルバム『ROLLING 80’s』(1982 victor)制作時」(オノセイゲン談)だったという。以降、CM音楽やアルバム制作など、録音エンジニアとして協働してきた。(写真右)今回試聴した三宅純の最新作『Lost Memory Theatre act-3』http://p-vine.jp/music/pcd-26069

「人々の失われた記憶が流れ込む劇場がどこかにあったとすれば、そこではどんな音楽が流れているのだろう?」という三宅純の着想が見事に形となり、聴き手をその世界に引き込む素晴らしい作品。こうしたアルバムを最高の音響下で聴く。何とも贅沢な試聴会だった。

profile
オノ セイゲン
サイデラ・パラディソ C.E.O.  エンジニア / ミュージシャン
1984年にJVCよりデビュー。87年に日本人として始めてヴァージンUKと契約。コム デ ギャルソン 川久保玲から「だれも聞いたことのない音楽」「洋服が奇麗に見えるような音楽を」という依頼により、ショーのためのオリジナル楽曲を作曲、制作。アート・リンゼイ、ビル・フリゼール、ジョン・ゾーン、フレッド・フリスら、80年代のNYダウンタウン・シーン最精鋭たちが結集した『COMME des GARÇONS SEIGEN ONO 』(1988年)は、ファッション、広告、建築、デザイナーのあいだで話題となり、アヴァンガルド・クラシックとして再び注目されている。初期SACDの『Maria and Maria / Seigen Ono』。ニューヨーク、サンパウロ、リオデジャネイロ、パリ、ミラノ、東京で録音された『Bar del Mattatoio(屠殺場酒場) / Seigen Ono』はカエタノ・ヴェロ-ゾが寄せたライナーノーツも話題となる。三宅純もメンバー参加の『Seigen Ono Ensemble Montreux 93/94  Seigen Ono Ensemble』『at the Blue Note Tokyo /Seigen Ono Ensemble』ほか多数のアルバムを発表。最新作は『Memories of Primitive Man / Seigen Ono and Pearl Alexander』(2015年 Sony Music Japan Int’l)

http://saidera.co.jp/index.html