【BAR BOSSA】渋谷の裏路地に佇む“ボサノヴァ&ワイン”堪能バー

取材・文/富山英三郎  写真/高瀬竜弥

2018.01.26

いつか常連になりたいお店 #21

「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回はバーにまつわるコラムで話題の店主が営む『BAR BOSSA(バール ボッサ)』を訪問。流行り廃りの激しい渋谷で、20年以上も人気店として続けられた裏には納得の理由がありました。

カフェブームの渦中に渋谷でスタート

渋谷駅から徒歩約15分。クラブクアトロ辺りから代々木八幡方面へと抜ける遊歩道の入口付近にある『BAR BOSSA(バールボッサ)』。フランスの田舎町にありそうなえんじ色のクラシックな窓枠から路地を臨むカウンター6席、そして本棚のようなしつらえが心地いいテーブル12席。ここは渋谷の喧騒を忘れられる空間となっている。

同店はボサノヴァとワインの店として1997年オープン。渋谷系と呼ばれた音楽が全盛の頃だ。まだ「奥渋谷」という言葉もなく、周囲にお店らしきものはほぼなかった。

「昔は寺山修司さんも通われたという喫茶店だったようです。この窓枠は当時からそのまま。わかりにくい場所ですが、渋谷のはずれにバーがあったらカップルが盛り上がるんじゃないかという思いもありました」と店主の林伸次さんは語る。

当時はカフェブームでもあり、若い女性を中心にボサノヴァが人気となっていた。また、ワインバーもトレンドの最先端。お店には雑誌の編集者やレコード会社の社員など、いわゆる業界人が多く集まりぐるぐるとグラスを回していたという。しかし、2008年に起きたリーマンショックと、2011年の東日本大震災で状況は大きく変わってしまう。会社の経費で飲んでいた常連さんの多くが離れていってしまったのだ。

バーにまつわるコラムがウケて復調

「本来なら、あのタイミングでお店をたたんでいたと思います」

その状況を救ってくれたのは、友人の勧めで始めたFacebookだった。当初はおすすめのワインや音楽の話を書いていたものの、「いいね!」も付かずフォロアーも増えなかった。しかし、お店を始めるための心構えやノウハウ、バーで起きる恋愛模様などについて書くようになってからはフォロワーがいっきに増え始める。すると、IT関連のお客さんが増え、コラムを中心とした多くの文章が読めるサイト『cakes』での連載もスタート。現在では『ハフィントンポスト』や雑誌『Oggi』』などでの連載、さらに書籍も4冊上梓するなど売れっ子コラムニストになった。

その甲斐あり、今ではネットを通じて店主を知ったお客さんが約4割、常連さんが約2割、たまに来訪するお客さんが約4割といった構成の人気店に。男女比は、4:6といったところだ。00年代以降、渋谷がビットバレーと呼ばれIT関連会社が増えたのも追い風となった。いまやちょっとした観光地にはなっているものの、オープン当初から強みとしているワインのセレクトはピカイチだ。

「妻がソムリエの資格を持っているんです。業界の方々が多かった時期から、そのセレクトには定評がありました。すべてフランス産で揃え、ビオワインもブームになる前から仕入れていました。最近はこだわりのある小さなワイナリーのものを中心に揃えています。一周回ってボルドーのクラシックとかも人気がありますね」

ワイン以外にも、コールドプレスジューサーを使ったフルーツカクテルが女性にウケている。また、ブラジル・バイーア州の伝統料理である、干し鱈と海老をココナッツミルクとデンデ油で煮込んだ『ムケッカ(ライス付き)』や、『リンギッサ』と呼ばれるソーセージなど特色あるブラジル料理も堪能できる。

ボサノヴァの定番曲がかかる理由

肝心の音楽は、店名からもわかるとおりボサノヴァ。アントニオ・カルロスジョビンや、ジョアン・ジルベルト、アストラッド・ジルベルトといった定番のレコードがよく回る。

「ボサノヴァを謳っている店だけあって、定番曲が流れるのを皆さん期待されるんです。ジャズバーに行ったらビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビイ』、ソウルバーに行ったらマーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイン・オン』が聴きたいのと同じです。かつては、韓国のルシッド・フォール(ボサノヴァの影響を受けているSSW)などをかけたりしていましたけど、がっかりされて帰られる方が多いとネットの書き込みでわかって……」

「最近はあまり気にしなくなった」と言うものの、インターネットのおかげで店が盛り返したこともあり、ネットの評判には敏感にならざるえない。また、店主のコラムを読んでもわかるが、マーケティング的な視点で物事を考えるのが好きな方でもある。その資質は、バーを始めるまでの経緯でも伺い知ることができる。

店主の林さんは徳島県出身。大学進学で上京するものの中退。ロンドンに渡り音楽の仕事をしようと思うものの馴染めずに帰国。その後、レコードを立ち上げるためのノウハウを学ぶため『レコファン』に就職する。しかし、すぐに金銭的な余裕や特別なスキルがないと成り立たないビジネスであることを悟る。そんなときに出会ったのが現在の奥様で、一緒にバーを始めることを決意。ブラジル音楽が好きだったこともあり、まずはブラジル料理の店で2年間修行。その後、今では日本を代表する外食プロデューサーとなった中村悌二さんが営む、下北沢のバー『フェアグランド』で2年間修行をする。そこでの体験がターニングポイントとなった。

「僕もそうでしたが、音楽とかサブカル好きって自分のマニアックな部分を全面に出そうとしてしまう。インディーズ的な思考というか。でも、『フェアグランド』で大手広告代理店の方や一流企業の方とお話しする機会をいただいて。このままではダメだなって考え方を変えたんです。いろいろなことがようやく腑に落ちたというか」

店主の不思議なバランスが生む居心地

若い頃から自分の好きなことを仕事にしようとするものの、すぐに先細りの将来が見えてしまい方向転換。その試行錯誤から解放されたのだ。また、中村悌二さんからの教えも大きな参考となった。

「成功しているお店は、『雰囲気が良くて、ちょっとだけ安いお店』という話をよくされていて。うちもまさにそれなんですよね。美味しいものを作れば必ずお客様が来るというわけではなく、雰囲気が良くてちょっと安いがポイントなんです」

ミュージシャンを志していた兄の影響もあり、小さい頃からの音楽好き。高校ではヘヴィメタルやパンクのバンドをしていた。愛読書は『ロッキンオン』。大学で音楽サークルに入ってからは『ミュージックマガジン』も読むようになり、ワールドミュージックへと派生。その後、デヴィット・バーンのコンピレーションアルバム『ベレーザ・トロピカル-ブラジル・クラシックス1』の影響でブラジル音楽に傾倒していく。さらには、アシッドジャズの影響もありジャズを愛聴するようにも。

「でも、昔からコレクション癖がないんです。聴かなくなったら友人にあげたり、売ったり。あと、音響機器にも無頓着。開店当初は自分でセレクトした曲をMDでかけていました。いまはアナログ盤でかけていますが、これもレコードが回っているのを見たことがない若い子が喜んでくれるからなんです」

こうした発言を聴くと、林さんが音楽好きであることを疑う人がいるかもしれない。が、林さんはこれまでボサノヴァのガイド本を執筆するほか、現在も週に3~4回は渋谷のレコード店を巡るほどのディガーなのだ。ただ、コレクションや音響設備に関心がないだけで、ひとたび音楽の話をすれば淀みなく溢れてくる。この不思議なバランスが居心地の良さを生み、小西康さんや橋本徹さん、須永辰緒さんといった音楽マニアを含む、多くの人を魅了する理由かもしれない。

なお、この店は“おひとりさま”の来店を断っている。

「渋谷という土地柄もあると思いますが、閉店間際に来られる情緒不安定な女性や、女性グループに長々と話しかけるおじさんなど、これまでにいろいろトラブルがあって……」

この話はあくまで注意書きとしてお伝えしたほうが良さそうだ。

 

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