投稿日 : 2018.10.26 更新日 : 2020.11.25

【東京・四谷三丁目/喫茶茶会記】新しい芸術が毎日生まれているジャズ喫茶

取材・文/富山英三郎  撮影/高瀬竜弥

いつか常連になりたいお店 #30

「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は、表現者として日々模索を続ける猛者たちが集まる文化サロンであり、歴としたジャズ喫茶でもある『喫茶茶会記』を訪問。2018年の日本にまだこんな場所があったのか! という、古くて新しい空間が生まれた背景に迫りました。

住宅街に隠れた怪しい喫茶室

東京メトロ「四谷三丁目」駅の1番出口から徒歩約3分。住宅街のなかにひっそりと佇む『喫茶茶会記』は、ホームページからすでに不思議な雰囲気をまとっていた。クラシックなwebデザインのトップには「総合芸術茶房」と掲げられており、ジャズの演奏のみならず朗読や即興パフォーマンス、コンテンポラリーダンス、落語などさまざまなイベントがラインナップされている。

きっと店主は一癖も二癖もある老齢な方に違いないと思いながら、外壁に蔦が絡まる建物に入る。玄関でスリッパに履き替えると、すぐ右手にカウンター、壁際にはテーブル席。薄暗い店内は、ヴィクトリア調ともいえるアンティークの家具が置かれ、怪しい老舗の喫茶室に迷い込んだかのよう。

しかし、現れた店主の福地史人さんは予想に反して見た目が若く、年齢を聞いても47歳だという。オープンしたのは2007年5月、わずか約10年でこの空間を生み出したとは思えないほど整合性が取れている。どちらにしても、店主に一癖あることだけは間違いなさそうだ。

「この場所は以前、ヴィンテージオーディオサロンだったんです。当初は客として来ていて、ご縁があって引き継いだ感じなんです」

喫茶室の奥はイベントスペースになっており、毎晩のようにさまざまなパフォーマンスが繰り広げられている。各界のマニアックなスターが集まることで知られ、その面々は『喫茶茶会記 – Profile 1 – 』という装丁の美しい本にまとめられている。しかし実際には掲載されている4倍近くのレギュラー陣がいるとか。

ジャズ喫茶に入り浸る日々

店主の福地さんは函館出身。小学6年生でYMOに興味を持ち、その後はアート・オブ・ノイズやプロパガンダなど前衛的なエレクトロやニューウェーブを聴くようになっていった。ジャズへの興味は、高校時代にアート系の仲間と出会ったことが大きい。

「彼らからバウハウスを教えてもらって、影響を受けたんですよね。そこからビバップやモダンジャズを聴くようになって。そもそもブルーノートのアルフレッド・ライオンはドイツからの移民ですし、写真家のフランシス・ウルフも、デザイナーのリード・マイルスもみんなバウハウスの影響を受けていた。そういう文脈で聴くようになったんです」

しかし、本格的にジャズを聴くようになったのは、高専卒業後システム管理者として東京で働くようになってからだ。

「システム管理者の仕事は、医者みたいに常に連絡が取れる場所にいないといけないんです。だから、映画やライブなどにあまり行けなくて。ジャズ喫茶なら何かあってもすぐに戻れるので、入り浸るようになったんです。店主や空間の怪しさに魅了されたのも大きいんですけどね(笑)」

当時は、渋谷のジャズビデオ喫茶『スウィング』や『音楽館』、そして『メアリージェーン』。新宿『ナルシス』、四ツ谷『いーぐる』、明大前『マイルス』、吉祥寺『メグ』、銀座『ジャズカントリー』など、挙げればキリがないほど巡ったという。現在もなお、時間があれば新旧問わず足を運んでおり、「ジャズ喫茶に行った回数であれば、どこの店主にも負けない」と胸を張る。

アートなお茶会の主催者としても活動

一方で、仕事柄コンピュータに詳しいこともあり、インターネット黎明期の1998年からジャズ系のサイトを立ち上げていた。当時はまだウェブサイト自体が珍しいこともあり、新しもの好きな人々が集まってきたという。そこではジャズのみならず、宝塚や落語など幅広い趣味を持った人がおり、現在でいうオフ会のようなファンの集いのような“お茶会”をよく開催していた。同店のルーツはここにもある。ちなみに、店名でもある「茶会記」は茶道用語のひとつで、茶会の日時・場所・道具立て・懐石膳の献立、参加者の名前などを記したものを意味する。

「2007年にここをオープンしたときは副業で考えていたんです。でも、半年後くらいに勤めていた会社が傾いたこともあって、すぐにここを専業するようになって」

福地さんはインテリアにも造詣が深く、オープンにあたり、自らが愛するジャズ喫茶の怪しい空間をアンティーク家具や什器で表現した。そんな、これまで培ってきた美学を集結させた場所で、以前から続けているお茶会のようなものができればと思いお店をスタートさせているのだ。

ジャズ=新しいことをやる勇気や精神性

「僕にとって、新しいことをやる勇気や精神性がジャズであり、ただの演奏スタイルを超えたものなんです。そういうことは昔から考えていたので、『総合芸術茶房』を名乗っています。でも、それだけだと多岐に渡りすぎてブレてしまうので、喫茶スペースはあくまでもジャズ喫茶としてやっています」

ここでライブをやっている人たちの音源もかかるが、基本的にはハードバップを中心としたジャズが流れる。ウリは故郷の函館で焙煎されている『函館美鈴』の珈琲。深煎りで人気のプレミアムブレンドは、コロンビアのスプレモテケンダマ、ブラジルのアララ18、キューバのETLが使われている。また、茶会記のために作られた浅煎りは、タンザニアのAA、マンデリンのグレード1、ブラジルのアララ18、キューバのETLがブレンドされている。

「お客さんの6割は打ち合わせで訪れる演者などの関係者、3割はジャズ好き、そして1割がふらっとやってくる方です。個人的には、ふらっとやってくるお客さんが嬉しいんですよね」

珈琲やソフトドリンク、アルコール類がどれも一杯500円。なお、夜8:30以降は別途500円のチャージがかかる。トラピストバタートーストとアイスや、缶詰を使った気まぐれ丼などの軽食を楽しむことも。 ジャンルや時代を問わず、アンダーグラウンドな文化が醸し出す怪しい空気や思想を愛しながら、人好きで聡明な店主・福地さん。その不思議なバランスが、懐古主義だけではないモダンさを感じさせる『喫茶茶会記』。ここでは日々新しい芸術が生まれている。


・店舗名 喫茶茶会記
・住所 東京都新宿区大京町2-4 1F
・営業時間 15:00~23:30 定休日 無休
・電話番号 03-3351-7904
・オフィシャルサイト http://gekkasha.modalbeats.com/

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