投稿日 : 2017.05.26 更新日 : 2020.11.25

【東京・浅草/HUB浅草店】ニューオリンズ・ジャズを標榜するHUBの異端店

取材・文/富山 英三郎 写真/金田 大二郎、内田 遊帆

いつか常連になりたいお店|You And The Night And The Music #13

音楽をよりよい環境で聴くために、こだわって作られたミュージックバーやジャズ喫茶などを紹介する本特集。今回は、ジャズの生演奏が毎日楽しめる『HUB(ハブ)浅草店』にお邪魔しました。英国風パブとして知られるチェーン店が、なぜジャズの演奏が楽しめるお店になったのか? そこには興味深い歴史がありました。

はじまりは「浅草おかみさん会」とダイエー中内功会長(当時)の思い

古き良き英国パブを再現した店内で、サッカーの試合やミュージックビデオを眺めながら、エールビールとフィッシュ&チップスで乾杯する。『HUB(ハブ)』と聞けば、そんなスタイルを思い描くだろう。いまや全国で102店舗(82 ALE HOUSE含む)を展開する大型チェーン。しかし、浅草店だけは、そのどの店舗とも違う独自のスタイルを貫いている。

大きな違いは、毎日のようにニューオリンズ・ジャズを中心としたライブ演奏が聴けるということ。また、キャッシュオンではなくフルサービスであること。ライブの時間帯はチャージ料(ラストの第3部から入店の場合はフリー)がかかることなどが挙げられる。そのスタイルは1990年のオープン当初から変わらない。

「私がこのお店に配属されたのは2001年ですので、すべてを知っているわけではありませんが、もともとは浅草の組合である”浅草おかみさん会”と、当時HUBの親会社であったダイエーの中内功さんとのつながりから、このお店は生まれたんです」と、店長の若松映さんは語る。

詳細はこうだ。浅草の顔役的な存在である「浅草おかみさん会」は、これまでにも『浅草サンバカーニバル』などユニークな町おこしイベントをサポートしてきた。そんな中、80年代後半に“視察”として訪れたのがアメリカ・ニューオリンズ。街に音楽があふれ、美味しい料理があり、古き良き歴史を残す街並みや多様な文化がある。そんな街の背景に浅草との共通点を見いだし、おかみさんたちは「ジャズで浅草を活性化させよう!」と思い立つ。それが、1987年から現在まで続く、同会主催の「浅草ニューオリンズ・ジャズ・フェスティバル」へと具現化していくのだ。

その一方で、ジャズを根付かせるためには、その拠点となる発信基地が必要だということになり、「浅草おかみさん会」の後見人的な存在であったダイエーの中内功会長(当時)に相談。当時のダイエー傘下では唯一、実現可能そうな業態が『HUB』であったため、伝統的なニューオリンズ音楽のライブ演奏が毎日楽しめるお店としてHUB浅草店はオープンしたのである。

大ベテランたちのプレイにジャズメンの生きざまを体感

「バンドのブッキングに関しては外部に委託しています。最初の視察旅行でアテンドをされた縁で、その後もずっと浅草ニューオリンズ・ジャズ・フェスティバルに携わってきた東海林さんと、イベント企画などをやられている2名の計3方向から決まります。東海林さんはバンドメンバーとして、現在も月イチで演奏されています。他にも、外山喜雄とデキシーセインツや、中川喜弘とデキシーディックス、ハブデキシー ランダーズ、薗田憲一とデキシーキングスなど、私がここに来る前から出演されているバンドも多いですね。現在は、彼らのようなベテランバンドと若手のバンドが半々くらい」

ライブにお邪魔したのは、毎月第2水曜日に出演している外山喜雄とデキシーセインツ。第1部がスタートする前の19時頃、すでに7割がたの席が予約で埋まっている。集まってきたのは、おもに60代後半~80代の男性。女性だけのグループもいる。そのほとんどは常連さんということもあり、始まる前からすでに柔らかな雰囲気。そんな中、オンタイムで演奏がスタートした。ジャズ誕生の最初期を彩ったディキシーランド・ジャズを中心に、黒人霊歌やラグタイムをモチーフにした楽曲も演奏され、リクエストにも応じる構成。自然と手拍子が生まれ、客席からはかけ声もかかる。間奏でホーン隊が客席を練り歩くことも。バンドメンバーは還暦を越える大ベテランながら、それぞれがハードなソロを次々と演奏していくから驚きだ。「生きざまこそがジャズである」といった気迫に満ちたプレイ、それでいて安定感のあるアンサンブルには、ぐっと引き込まれる魔力がある。

当初、ご高齢の常連さんが多いゆえに、何かの会合にお邪魔しているような感覚にもなったが、いつの間にやら「音楽好きに年齢の差なんてない!」という思いが浮かび、会話はなくともそこにいる全員が仲間のような気分になってくる。まさに日本のニューオリンズ、約30年の歴史は伊達ではない。バンドは最後にディキシーランド・ジャズできっちりと締めて、第1部の幕を閉じた。ここは音楽の寄席であり、毎日のように名人芸が観られる場所なのだ。

常連は多いが敷居は低く、ふらりと入れるお店

「浅草店で長く働きすぎて、もはや他店との違いがよくわからなくなっていますけど(笑)。おじいちゃんやおばあちゃんが踊っている風景は日常です。また、近所に住んでいる方だけでなく、毎年お正月やGWに遠方から来られる方も。お客さんが勝手に接客をしてくれたり、手伝ってくれたり、飲み屋で意気投合した人を連れてきたりとかも多いですね。常連さん同士が仲良くなることもよくあります。うちは敷居の低さがウリなので、ジャズを知らなくても気軽に入れるお店なんです」

 21:40からのラスト(第3部)をノーチャージにしたことで、外国人観光客や、ジャズ好きというわけではない若いお客さんも増え始めているという。若松店長もまた、個人的に愛聴しているのはロックが中心だ。しかし、このお店で働くうちにジャズのイメージが変わっていったという。

「昔はオシャレなイメージがあったんですけど、今はもっとラフなものだと感じています。また、テクニック重視のジャンルなのかと思っていましたが、ジャズで大事なのはノリと勢いがなんだなって(笑)」

現在の「株式会社 ハブ」はダイエー傘下ではないが、いまでも先代の意思を引き継ぎ、会社としても浅草店を大事にしている。そこは尊敬に値するといえるだろう。そして、浅草の街にとっても、この店はなくてはならない存在となっている。浅草観光の最後に、ふらりHUB浅草店に立ち寄って、ジャズ演奏を気軽に楽しむ。そんなコースをぜひおすすめしたい。

・店舗名/HUB 浅草店
・住所/東京都台東区浅草1-12-2
・営業時間/18:00~23:30、17:00~22:30(日)
・定休日/無休
・電話番号/03-3843-1254
・オフィシャルサイト/http://www.pub-hub.com/

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