投稿日 : 2018.12.28 更新日 : 2020.11.25

【横浜・日の出町/shelter people】趣味人たちの避難小屋

取材・文/富山英三郎  撮影/高瀬竜弥

いつか常連になりたいお店 #32

「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は、ジャズのみならずアウトドアや古美術、料理など、多彩な趣味を持つ店主が1年前にオープンした『shelter people(シェルター ピープル)』を訪問。ディープエリアの地下にある、小粋な空間というだけで胸が踊ります。

横浜のディープスポットにようこそ

京急の日ノ出町駅から徒歩約4分。住所は横浜市中区長者町だが、すぐそこは福富町というディープエリアに位置する『shelter people(シェルター ピープル)』。「横浜」と聞くとオシャレな港町を思い浮かべる人も多いが、その実は港湾エリアであり、下町の怪しい雰囲気を漂わせている。その代表格に野毛があるが、最近はブームになってしまい怪しさも半減。生来の呑んべえたちは、ジワジワと福富町周辺に避難し始めているという話も聞く。

「『はま太郎』(星羊社刊)という、横浜の酒場を紹介しているローカル誌があるんです。私はその愛読者で、店の場所も名前も決まっていないのに、広告枠をおさえるために編集部へ行ったんです。そこで紹介してもらったのが、このエイトセンターだったんですよ」と語る、店主の山田達也さん。

一瞬、頭が混乱する話だ。お店を始めようと決意して、最初に向かったのが不動産会社ではなくローカル誌の編集部。そこでおすすめの物件を聞き、帰りに建物を見て、2日後に内見、約1週間で契約したという。

「戦後、桜木町デパートという呑み屋が集まったビルがあったらしいんです。そこが解体になったとき、野毛の都橋商店街と、このエイトセンターに分散したんです」

5席のみの隠れ家的スポット

由緒正しき呑み屋ビルというわけだが、老朽化により、同店のある地下フロアにガスは通っていない。そのため、アウトドア界で人気のSOTOのシングルバーナーでお湯を沸かしている。「シェルター(テントや避難小屋)に集まる人」という意味を持つ、『shelter people』にぴったりな演出だ。しかも、店内は5席のみのカウンターというコンパクトサイズ。壁面はすべてコンパネの木目で、写真家の村越としや氏にプレゼントされたというフォト以外は装飾がない。そんな室内に肩を寄せ合っていると、まさにテントで和気藹々と過ごしているような感覚になってくる。屋外がディープな繁華街であることや、時間の流れも忘れさせてくれる空間だ。

「いま54歳ですが、もともとはIT関連の仕事を30年近くやっていて、昔から人をもてなすのが好きだったんです。友人や同僚を呼んでホームパーティをよくやっていました。50歳を過ぎたら違う仕事をしたいと思いつつ、会社を辞めて1年くらいは山に行ったり遊んでたんですよ」

東日本大震災時、職場の東京から横浜の自宅まで歩いて帰り、足を痛めたことをきっかけに旧東海道を歩く趣味をスタート。その後、登山に目覚め、現在は軽量な装備で軽快にアウトドアを楽しむ、ウルトラライトハイキングに熱中している。そのほか、古美術にも造詣が深いというのだから多趣味だ。肝心の音楽の話になると、高校時代までさかのぼる。

「子供の頃は、父親が買ってきたビートルズやカーペンターズなどを聴いていました。中学に入るとギターの上手い奴が同級生にいて、彼の影響でツェッペリンやキッス、クイーンなどを聴きながら自分もギターを始めたんです」

何事もシンプルなものが好き

その後、高校入学の初日に仲良くなった友人がジャズギターをやっていた縁で、一緒にジャズ研究会へ入部。そこからジャズを聴くようになった。

「当時はフュージョン全盛期だったので、ラリー・カールトンやリー・リトナーを聴いたり、学園祭で演奏したりしていました。その後、大学時代はモダンジャズ中心。最初に好きになったのはスタン・ゲッツで、それと同時にアル・ヘイグとかジョージ・ウォーリントンとか、白人バップ系のピアニストが好きになっていったんです。音楽自体がシンプルということもあって、50年代のジャズが中心ですね。ジャズに限らず、複雑になると興味がなくなっちゃうんですよ。制限があるなかで何をするのかに面白みを感じるタイプなんです」

社会人になって10年目あたりに一度ジャズを離れ、日本文化に傾倒。現代陶芸を皮切りに、古美術や仏教美術、縄文土器に至るまで幅広くコレクションしていったという。そのため、『shelter people』ではカレー皿に江戸時代のものが使われたり、お猪口に古い磁器が使われていたりする。店内に貴重な美術作品が展示されることも。

「50歳を過ぎて会社を辞めて遊んでいた期間に、マシュマロ・レコードで知られる上不三雄さんが中華街でジャズ喫茶をオープンしたと、いきつけのバーのマスターに聞いたんです。すぐに遊びに行ったら上不さんに声をかけていただいて、2回くらいレコード・コンサートをしました。そこからジャズが再燃しちゃって(笑)。レコードもオーディオも家にあるし、自分もお店を始めてみようかなと」

趣味を通じて人と人とをつなげたい

ジャズ喫茶に限らず、飲食店を始める人の多くは「長年の夢だった」という人が多い。しかし、山田さんは人との出会いをきっかけに「自分が通いたい店を作りたい」という思いが急激に高まったというのが面白い。お店の音響は、スピーカーが東ドイツ製のシュルツ、ターンテーブルはエラック、フォノイコライザーはボリューム付きのEAR。それをカトレアの真空管アンプにつないでいる。

「ジャズ熱が復活してからは、1950~60年代初頭までの10インチとヨーロッパのオリジナル盤EP専門。なので、中音域がきれいなシステムにしています。店内には300~400枚置いていますが、基本的にすべてのレコードをかけています」

人が聴いたことのないレコードを、足を使って探している山田さん。検索するとすぐにいろいろとわかってしまい、面白みがないのでネットは一切見ないのだとか。あくまでも店舗に足を運び、試聴して買うという、オーセンティックなスタイルを貫いている。

なお、料理も好きなため、定番のプリンや季節のフルーツを使ったスイーツに至るまですべて手作り。ジンジャーエールもオリジナルというのだから、なかなかのものだ。珈琲豆は、横浜市内のテラコーヒーにブランドしてもらっている。中煎りでコクがあり、すっきりと飲みやすい一杯だ。

「これまで自分が培ってきた趣味を通じて、人と人をつなげられたらいいなと始めたので、そういう話で盛り上がっているときは楽しいですね」

ジャズ喫茶というよりも、趣味人たちの隠れ家といった風情の『shelter people』。それでいてオープンマインドな空気が流れているのは、すっきりとシンプルな内装にあるのかもしれない。


・店名 shelter people
・住所 神奈川県横浜市中区長者町8-136-8 エイトセンター地下1階(右奥)
・営業時間 13:00~21:00 L.O(水~日曜・祝日)
・定休日 月曜(祝日の場合は営業)、火曜
・オフィシャルサイト https://shelterpeople-yokohama.amebaownd.com/

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