投稿日 : 2017.02.02 更新日 : 2020.11.25

【東京・渋谷/Bar Music】音楽がすっと心に響く、居心地のいいバー

取材・文/富山英三郎 写真/松丸 猛

よい音楽で、より時を #10

 音楽をよりよい環境で聴くために、こだわって作られたミュージックバーやジャズ喫茶などを紹介する本特集。今回は、DJ、オーガナイザー、コーディネーター、音楽ライターと幅広く活躍するマスターが作り出した『Bar Music』。自然とみんなが集まってしまう部屋のような空間で楽しむ、美味しいお酒や食事、そして湯加減の丁度いいグッドミュージック。その源泉はどこにあるのか? 秘密を探った。

ウッドを基調とした、アンティークな雰囲気の室内

 渋谷駅西口。井の頭線とつながる渋谷マークシティと、東京オリンピックに向けて再開発中の旧・東急プラザに挟まれた一角は、一般的な渋谷のイメージとは異なるディープな繁華街となっている。そんな街の路地を入ったところにある雑居ビル5Fに、音楽好きの業界人やDJたちから愛される『Bar Music』がある。間接照明の優しい光に包まれた店内は、カウンター側の壁一面にアナログレコード、もう一方の壁には厳選された購入可能なCDやレコードが並ぶ。

「もしも自分がお客さんだったら、お店でかかっていて良いなと思った音楽がその場で手に取れて、そのうえ買って帰れたら嬉しいじゃないですか」と、店主の中村智昭さん。

店内にはウッドを基調としたアンティークのインテリアが置かれ、奥にはテーブル席、手前にはDJブース。そして、お店には週に2~3日ほどDJたちがプレイしにやってくる。松浦俊夫さんや竹花英二さんなど、その顔ぶれは豪華だ。しかし、そこで流れるのはあくまでも『Bar Music』とそのゲストのための音楽であり、クラブのような騒がしさはない。

「いつでもどなたでも、フラットに気兼ねなく立ち寄っていただけるような通常営業のスタイルを何よりも大切にしているので、あくまでもこの場所の価値観を共有してくださる方々にお願いしています。そのうえで先輩や後輩に友人、つまりは“仲間”が場に馴染む最高の選曲をしてくれるんです。そこからまたお客様とコミュニケーションが新たに生まれるのも嬉しいですね」

『Bar Music』は海外アーティストからも愛されており、日本デビュー以前から付き合いのあるベニー・シングスはよく来店するとか。また、大雪でお客さんが誰もいない日に、ホセ・ジェイムズがふらりとやってきたなど逸話は多い。

もちろんすべてではないが、『Bar Music』でよくかかる音楽が買えるコーナーも。CDだけでなくレコードも置かれている。中村さんが運営するレーベル「ムジカノッサ・グリプス」による、店名を冠にしたコンピレーションCDも人気。
DJブースには、テクニクスのSL-1200MK3 ×2、針はオルトフォン コンコルド プロ S 、そしてパイオニアCDJ-350×2、ベスタクス PMC-37Proを設置。音響は、パワーアンプにBGW 6000とBGW 7500、スピーカーにJBL 4318とアコースティック リサーチAR-3aを使用。

音楽がしかるべきところに刺さっていく場所

 店主の中村さんが『Bar Music』をオープンしたのは2010年。それまでは、日本のカフェブームを牽引してきた『カフェ・アプレミディ』に立ち上げ当初から関わり、店長役を務めてきた。また、それと並行するように、自身の活動拠点である『ムジカノッサ』を主宰。ポルトガル語で「僕たちの音楽」を意味し、自らが愛する音楽をDJとして、オーガナイザーとして、ときにライターとして、さまざまな角度から広める活動をおこなってきた。『Bar Music』もまた、『ムジカノッサ』の飲食部門という側面を持っている。

「例えば、大切なひとのために特別に選曲したカセット・テープを作ってプレゼントするような気持ちや行動、それこそが“ムジカノッサ”=“僕たちの音楽”なんです。価値ある音楽遺産が、求める人たちにきちんと刺さって広がっていくような状況と場所を作りたいんです。当たり前に美味しいお酒やコーヒーも、その供として欠かせない要素だと思っています」

店内の選曲は、お客さんの雰囲気を見ながらセレクトするのが大前提。無意識にリズムを取っているのが見えたり、「この曲知ってる!」などの会話が聞こえてきたり。スタッフも含め、その場にいる人たちの表情を見ながら空間を作っていくのだとか。ゆえに、幅広いジャンルの音楽がかかるが、そのどれも、美しい時間が流れていくグッドミュージックなのである。

「高校生の頃からジャンルレスで、人生初DJのときもスティーヴィー・ワンダーにファーサイド、オアシスなんかを一緒にかけていました。あの頃と根っこは変わっていなくて、時を経てその間がゆっくりと埋まって、さらに広がっていった感じです。思い返すときっかけは当時の地元広島が文化的に充実していたこと。洋服店のお兄さんはみんなDJをしていて、それぞれのジャンルとシーンのトップでした。様々な先輩方に多くの影響を受ける中で、これは音楽に限らずですが、物事の幅やフィールドを自ら限定してしまうよりも、好きなものはより多く自由であるほうが人生は豊かになると感じるようになったんです」

コーヒーは、実家の喫茶店『中村屋』で焙煎された
オリジナル・ブレンド

 広島出身の中村さんのご実家は、祖父の代から70年以上続く自家焙煎の喫茶店。編集者から婿入りし二代目となった父親の代からは、月に1度、ジャズやボサノバのライブをおこなうようになった。中村さんが音楽好きになったのも、アンティークなインテリアが好きになったのも、原点はその喫茶店にある。現在、『Bar Music』で提供されるコーヒーは、実家の喫茶店『中村屋』で焙煎されたオリジナル・ブレンド。コーヒーを使ったオリジナルカクテルの、エスプレッソ・クーラーや、コーヒー・ベルも人気だ。

「コーヒーはハンドドリップで淹れています。何より旨味を引き出せること、そして淹れる人によって味に個性が出ることが魅力ですね。その日の豆の状態や変動する気候の中でベストな味となるよう心がけているので、美味しいって言われると素直に嬉しいです」

お店で使用されている、広島の自家焙煎喫茶『中村屋』のオリジナル・ブレンド豆は購入可能。深煎りでコクのある、懐かしい味わいはファンが多い。
編集者だった中村さんの父が作った『中村屋』音楽会の写真集。ジャズやタンゴ、クラシックなどの演奏シーンや、骨董品のインテリアが置かれた店内の様子が窺える。

一見意味がなさそうに見える物や時間にも、
じつは理由があるんです

 幅広い世代のお客さんに愛されているが、メインとなるのは20代後半から40代後半。比率でいえば男性のほうが若干多いが、女性ひとりで来店する人も増えている。それもそのはず、ふと時計を見ると、こんなにも長くいたのかと思うほどの時間が経っていることが多い。それほど、この店は快適なのだ。そこで、中村さんにインテリアのセレクト方法も含め、居心地の良さを生み出す秘密を聞いてみた。

「違和感のある物を置かないことですかね。また、違和感のある時間を作らないこと。店内にある一見意味がなさそうに見える物や時間には、じつは理由があるんです。それが、“理由はよくわからないけど好き”っていう感覚を生むような気がします。選曲や選盤についても、同じですね」

仕事帰り、ちょっと休憩を兼ねてふらりと。また、飲んだ後のクールダウンにと、さまざまな使い方ができる『Bar Music』。そこにあるのは、よい音楽で、よい時を。まさにこの連載にふさわしい、知る人ぞ知る名店といえる。

店内の壁一面に、幅広いジャンルの6000枚近いレコードがずらりと並ぶ。表には出ていない7インチなどと合わせると、合計で1万枚程度が置かれているとか。
CD化されていない音源や一般的にはあまり知られていない楽曲を中心に、それぞれコンセプトを立てて中村さんが選曲した人気コンピレーション。写真左は、アナログ化されていないものを7インチでまとめたもの。

・店舗名/Bar Music
・住所/東京都渋谷区道玄坂1-6-7 5F
・営業時間/19:00~Midnight(日曜のみ16:00~24:00)
・定休日/不定休
・電話番号/03-6416-3307
・オフィシャルサイト/http://barmusic-coffee.blogspot.jp/

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