投稿日 : 2020.11.27 更新日 : 2021.03.31

【東京・渋谷/INC COCKTAILS】世界的なバーの潮流を取り入れながら、上質なアナログ・サウンドを響かせる店

取材・文/富山英三郎  撮影/高瀬竜弥

インクカクテルズの写真1、INC COCKTAILSの写真1
いつか常連になりたいお店 #52

「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は、渋谷1丁目にひっそりと佇む、最適な音楽、美味しいお酒、気の利いたフード、そしてスマートな空間が見事に調和した『INC COCKTAILS(インク カクテルズ)』を訪問。オーセンティックな重厚感がありながらも、気がつけば馴染んでいる秘密の空間でした。

インクカクテルズの写真2、INC COCKTAILSの写真2

バーというには広く、ダイナーらしさもある落ち着いた空間

渋谷駅から宮益坂を登り、青山通りをワンブロック歩いた裏路地に灯る「BAR」のサイン。意を決して鉄の扉を開けても階段しか見えず、この先にどんな空間が広がっているのかわからない。少し緊張しながら降りていくと、美しくも重厚感のあるバーカウンターが目に飛び込んでくる。バーというには広い、カウンター8席・テーブル30席という空間はアメリカンダイナーの雰囲気すらある。音楽好きであればALTEC(アルテック)のスピーカー612A、通称「銀箱」が置かれていることにもすぐ気づくだろう。

「2008年に神戸の東灘区で小さなバーを始めて、2013年に三宮(神戸の中心街)に移転してBAR INCと名乗るようになりました。その後、2016年に大阪で2号店となるINC & SONSをスタートして、2018年に三宮を閉めて東京に出てきたんです」。そう語るのはマネージャーの森岡賢二さん。

インクカクテルズの写真3、INC COCKTAILSの写真3

絶品のエスプレッソ・マティーニ

『INC COCKTAILS』と名乗るだけあり、カクテルの種類が豊富でどれも個性的で美味しい。看板メニューである「エスプレッソ・マティーニ」は上品なデザートのようで、驚きに満ちている。また、ALTECスピーカーの魅力を引き出した、中低域のきいた原音に忠実ゆえに奥深いサウンド。その見事な調和は、ここがのべ4店舗目であることも大きい。『INC COCKTAILS』を紐解くには、その歩みを知ることが近道のようだ。

インクカクテルズの写真4、INC COCKTAILSの写真4

「オーナーと二人三脚でやっていますが高校の同級生なんです。その後、彼が地元に戻って起業したこともあって、最初の店が東灘区だったわけです」

森岡さんの最初のキャリアは、今はなき六本木のDJバー『ROOTS N』。クラブNUTSの流れを汲むお店で、毎日のようにさまざまなDJがプレイしライブもおこなわれていた。そこが閉店になったことで、高校時代の友人とバーを始めたというわけだ。

「それまではDJバーだったので、何杯ものお酒を一度にさばくみたいなスタイルだったんです。でも、神戸はバー文化がしっかりあって、勉強のためにいろいろなお店に足を運んで、一杯を大切に作るようになりました。オーセンティックなバーを目指して、基本を身につけていった感じです」

インクカクテルズの写真5、INC COCKTAILSの写真5

新しいカクテルの流れで自由になった

お店も順調になり、さらなる飛躍を求めて5年後に三宮に移転。内装はコンクリートと鉄とウッドで構成し、インダストリアルな空間にした。

「そのあたりから、SNSの普及もあってカクテル文化が大きく変わったんです。掘っていくと面白いバーがたくさん見つかって、斬新なカクテルがいろいろ生まれていました。それまではオーセンティックなものを目指していましたが、“自由でいいんだ”と意識が180°変わっていったんです。そこにサードウェーブ・コーヒーの流れもあって、大阪にINC & SONSを出店するときはコーヒー&カクテルを謳い、夜でも美味しいカフェラテが楽しめるお店にしたんです」

大阪の『INC & SONS』はオープンキッチンのような広めのスペースがあり、飲食も含め美味しいお酒と音楽が楽しめるようになっている。

インクカクテルズの写真8、INC COCKTAILSの写真8

「新しいお店を出す前には必ずオーナーとふたりで海外にいくのですが、大阪のお店に関してはアメリカの西海岸にあるBARに影響を受けました。内装もそうですが、バーフードなのに手が混んでいてさくっと食べられる。カクテルがメインのお店なのに気の利いたアテがあるんです。これまでそんなお店は見たことがありませんでした」

2018年に誕生した渋谷の『INC COCKTAILS』は、そんな自分たちなりの新しいバー・スタイルがベースとなっている。東京進出した理由は、森岡さんの地元が埼玉にあり40歳を前に馴染みの場所で勝負したいという気持ち、さらにはオリンピック開催が背中を押した。

ALTECのスピーカー、GARRARDのターンテーブル、UREIのミキサー

「内装はINC & SONSのテイストを踏襲しつつ、アメリカの東海岸で見つけたお店の雰囲気を取り入れました。音響に関しては、ずっと使っているALTECのスピーカー612Aに、ALTECのパワー・アンプやプリアンプという組み合わせ。ターンテーブルは、東京の電源周波数が50ヘルツなので念願のGARRARD401(ガラード)を入れて、ミキサーはUREI1620(ウーレイ)にしています」

ハウスのDJから高い支持を集めるUREIのミキサーにしたのは、すべてをアナログ出力にした状態で究極を求めたから。また、週末にはDJ KENSEI氏などがプレイし、クラブとは違った選曲で空間を作り上げていくことも大きい。

インクカクテルズの写真6、INC COCKTAILSの写真6

「通常営業の選盤は、年齢層に合えばいいかなと思っています。若い子しかいないときにモダンジャズばかりかけてもあまり馴染まないというか。基本的には50年代後半から70年代初期くらいまでのジャズ、ソウル、ラテン、ブルースを揃えています。そこにプラスして、渋谷ではムーンチャイルドのような新しい音もかけるようにしています。とはいえ、新譜でも生楽器で録音されているのがひとつの基準。あとは雰囲気を見ながら、サックスが続いているからピアノにしようとか、楽器で変えつつ季節感を出すようにしています。でも、一番大事にしているのは録音されている音を忠実に再現すること」

大人数でも対応できるボックス席も用意

現在、主な客層は20代半ば~30代後半。女性ふたりで来店し話し込んでいるお客さんも多い。

「長居できる環境を心がけています。音楽で雰囲気を紡ぎつつ、そこにシェイカーや氷の音がリズムよく鳴っているような。ボックス席も用意しているのは、バーの来店は最大3人までみたいな常識を取り払いたいという気持ちもあります。今夜は6人いるけど、みんなで美味しいお酒を飲みたいときってあるじゃないですか。そういうときに対応できるバーでありたいんです」

インクカクテルズの写真7、INC COCKTAILSの写真7

これまでお酒がメインだったが、生牡蠣や鯖サンドなど徐々にフードも充実し始めた『INC COCKTAILS』。落ち着いた空間でひとり、または仲間たちと素敵な時間が過ごせるお店だ。


・店名 INC COCKTAILS(インク カクテルズ)
・住所 東京都渋谷区渋谷1-5-6 B1F
・電話 03-6805-1774
・営業時間 19:00~3:00(L.O.2:30)
・定休日 無休
・HP http://www.bar-inc.co.jp/
・Instagram https://www.instagram.com/inc.cocktails/
・ON LINE STORE https://inconlinestore.stores.jp/

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