【ハクエイ・キム】「ステージでブーイングの可能性さえあった…」パリで成就した即興ライブがアルバムに

取材・文/東端哲也  写真/内田遊帆

2019.04.12

ハクエイ・キム インタビュー

パリの空気を封入した“即興デュオ”

初の海外ライブ録音、共演者も初セッション、初の全編アドリブ演奏。と、3つの「初」要素が入るアルバムになった。ジャズピアニスト、ハクエイ・キムの新作『カンヴァセーションズ・イン・パリ』である。

本作は、パリのジャズクラブで行われたライブを収録したもので、前述のとおり、日本在住の彼にとって初めての海外ライブ録音作。共演者であるグザヴィエ・デサンドル・ナヴァルとのデュオも初だ。さらにこのセッションが、すべて即興で行なわれたことも、本作の大きな特徴になっている。

しかも、これだけの “初めてづくし” を、まるで手練れの秀麗な一編に仕上げた。ハクエイ自身は「グザヴィエがリードしてくれたおかげ」と謙遜するが、無論それだけではない。

ハクエイ・キム&グザヴィエ・デサンドル・ナヴァル 『カンヴァセーションズ・イン・パリ』(ユニバーサル・ミュージック)

ちなみに、共演者のグザヴィエはフランスを代表するパーカッショニスト。映画『レオン』や、FIFAワールドカップ(仏)式典への楽曲提供をはじめ、デヴィッド・サンボーン、ジョン・スコフィールドといった著名ジャズ奏者とも数多共演。さらには、タニア・マリアやマヌ・ディバンゴのワールドツアー要員としても活躍。その一方で、テクノ界の巨星、ローラン・ガルニエとのコラボ仕事までこなす “欧州のスーパー打楽器奏者”だ。

そんなグザヴィエとハクエイ・キム。そもそも、どんな経緯で共演にこぎつけたのか?

5年前の約束を果たしに…

──グザヴィエとは初共演ですが、どんな経緯で?

彼と初めて会ったのは、韓国の『光州ワールド・ミュージック・フェスティバル』(2013年)。たまたま朝食のテーブルで知り合って「いつか一緒にプレイしよう」って話をしました。

その後(2018年に)、僕がフランスに行く機会があったので、フェイスブックでグザヴィエに「今度パリに行くのでお茶でもしよう」って連絡したんですよ。

──でも“お茶” だけじゃなかった。

そうですね(笑)。彼がライブの場をセッティングしてくれていて。しかも会場のジャズクラブ「サンセット・サンサイド」は結構な有名店。フランスで名も知れていない自分のようなミュージシャンでは、なかなか演奏させてもらえないようなところです。

──グザヴィエがすべてお膳立てしてくれたわけですね。

はい、彼が交渉してくれて。初対面で「いつか一緒にやろう」と話してから5年の歳月が流れ、いきなりトントン拍子にその機会が訪れるとは夢にも思っていませんでした。

即興ライブ成功の決め手

──そんな “5年ぶりの再会&初共演” は大成功。で、こうしてアルバムになりました。

はい。パリでグザヴィエとのライブを終えて、次の目的地であるローマに移動したときに彼からメールがあって。「これ聴いてみて!」って音楽ファイルが送られてきたんですよ。

──つまり、今回の共演ライブの録音?

そうです。驚きました。レコーディングなんか意識してなかったし、ライブ中はひたすら夢中で、演奏の実感すらも曖昧だったので(笑)。

ところがその録音を聴いてみると、期待をはるかに上回るものだった。 その後、彼が音源をスウェーデンでマスタリングしてくれて、さらに美しい仕上がりで戻ってきて。そのときに「これは絶対リリースしよう」って思いました。

──アルバムタイトルに「カンヴァセーションズ(=会話)」とありますが、このライブはまさに会話のような即興演奏で構築されていますね。

初めての共演ということで、事前にお互いのアルバムを送り合って聴いていました。それで一応、今回のセッションのために何曲か用意していたんです。ところが、前日のリハーサル時に即興で弾いてみたら、彼の反応も良くて。手応えを感じました。

さらに、本番前にちらっと話したときにも楽曲の提案がまったくなかったので、全編インプロヴァイズ(即興演奏)することにしました。このアルバムに収録されているのは、あのステージで起きたこと(アンコール以外)のすべて。曲順も、そのままです。

──即興でステージ全編を構成することに対して、リスクや怖れは感じなかった?

“即興”って、ジャズの文化のひとつですが、やり方はいろいろ。特に“完全な即興”って、なかなか成功に結びつかないことも多いと思うんです。どうしてもプレイヤーの自己満足になりがちで。

もちろん、このときの即興ライブもぐちゃぐちゃになってブーイングの嵐を受ける可能性だってあった。でも、そうならなかったのは、グザヴィエがうまくリードしてくれたからだと思います。

あと、僕自身が “レコーディングを意識してなかった” ことも功を奏した。とにかく、彼と初めて一緒に演奏できたことが嬉しくて、楽しんで弾けたので、そこが良かったのだと思います。

“さぐりあい”から始まって…

──流れに任せた即興とはいえ、局面に合わせて「曲名」をつけましたね。

「ル・ミュゼ(美術館で)」と「ラビリンス(迷宮)」の2曲は、僕がタイトルをつけましたが、それ以外のタイトルはすべて、グザヴィエがフランス語で考えてくれた。しかも、彼の目から見た「パリで過ごす僕(ハクエイ)の一日」っていうイマージュで、まとめあげてくれたんです。

──アルバム冒頭のささやかな「イントロダクション(MC)」を経て、「ス・レヴェイエ(目覚め)」の演奏が始まります。ここでは、たっぷりと時間をかけて互いに相手の楽器に対してゆっくりと目をひらいていく感じが素敵です。

最初はお互いに様子を見ながらのさぐりあい。途中でMCを挟むまで、一切なんの説明もせずに演奏を始めたので、お客さんがいちばん「これ一体どうなるんだろう?」っていう気持ちで見守ってくれていたと思います。

──続く「ランデヴー・パリジャン(パリでの集い)」では、グザヴィエさんに呼応してハクエイさんのピアノもかなりパーカッシブ。まるで音色の豊富な打楽器のようでした。

グザヴィエはいろんなジャンルの音楽をやってきた人だけあって、引き出しが多いしグルーヴも深い。決して一方的ではなく、二人でアイデアを出し合いながら一緒にその場でコンポーズしていく感じが気持ち良かったですね。

“初めてのパリ”が与えた高揚感

──マイクで声を取り入れてエフェクトをかけた摩訶不思議なサウンド「ワンダリング・ソウル(彷徨える魂)」から、ちょっぴり小粋な「コンタプレ・ラ・セーヌ(セーヌ川に見惚れて)」へと繋がる展開にも痺れましたよ。

あのとき、彼が何か面白いことやっているのは目に入ったのですが、演奏している最中はあまり気になりませんでした。何かのきっかけであれが始まり、僕もつられていった感じです。

そしてやはり、花の都パリを初めて訪れているという高揚感…というかオノボリさん感(笑)が、今回の僕のインスピレーション源になっていますね。

──中盤の「ドゥ・ソレイユ・シュル・レ・グラン・ブールヴァール(グラン・ブールヴァールでの太陽)」はすごくエキゾチック。   

世界中を旅してキャリアを積んでいるから、彼の持っているハーモニーはとても色鮮やか。この曲は彼の方から先に音を出してきて雰囲気を決めたところがある。僕がリードしていたらもっと沈んだ感じの曲になっていたかもしれません。

──グラン・ブールヴァールっていうのは、オペラ座などがあるパリの中心エリアのことですね。

つまり、この曲には、外国人の持つパリのイメージとはまったく違う、地元の人ならではのパリに対するイメージや想いが映されていると思いますね。

──その後の「レ・ゼスカリエ・サン・ファン(終わりの無い階段)」と「ラビリンス(迷宮)」まで来たところで、まだひと波瀾ありそう。でも何となく旅が終わりに近づいているような予感も訪れます。

本番前の打ち合わせで「トータル70分くらいに収めよう」っていう話はしてあって。あそこは、最後にひとつのドラマとして、調性から離れてハッとする瞬間を入れつつ、そろそろお互いに全体の “締め” を意識していた頃ですね。

各曲の長さは事前には決めていませんが「この辺で終わりそうだな…」とか「まだ続きそうだな」っていうのは、微妙なニュアンスながらセッションしていて何となくわかるんですね、不思議と。

──少し感傷的な「デパール・アン・ヴォヤージュ(旅立ち)」は、ラストにふさわしい余韻を残します。

彼は優れた作曲家でもあるので、場面だけでなく曲の全体像を思い描きながら演奏しているのがよくわかった。それと同じように、この日のステージ全体のことも考えて、うまい落としどころをみつけてくれました。

──ところで、スウェーデンでのマスタリングを経て、全体のサウンドはどう変わりました?

グザヴィエが音源を託したラーシュ・ニルソンはさすがの名エンジニア。送る前はどことなくじっとりとしていたものが、北欧の澄んだ空気を含んだかのような、からりと突き抜けた音になって戻ってきましたね。

──いろんな奇跡が重なって、今回の傑作が生まれたのですね。ジャズ・ファンだけでなく、パリを愛するすべての人に聴かせたいアルバムです。ここにはみんなが夢に描く、憧れの街パリの空気が封入されている気がするから…。

思いきって、パリまで行ってみてよかったです。またあの街で演奏したい。そしてグザヴィエともまた! 欧州のフェスとかで共演が実現したら最高ですね。

ハクエイ・キム&グザヴィエ・デサンドル・ナヴァル 『カンヴァセーションズ・イン・パリ』(ユニバーサル・ミュージック)
ハクエイ・キム/Hakuei Kim
ジャズピアニスト/作曲家/編曲家。1975年に京都市に生まれ、札幌市で育つ。韓日クォーター。5歳からピアノ演奏を始め、オーストラリア、シドニー大学音楽院(ジャズ科ピアノ専攻)卒業を経て、初作『Open the Green Door』(DIW/2005年)を発表。同レーベルより3枚のアルバムをリリースする。2010年には渡辺貞夫『Sadao with Young Lions』ツアーに参加。翌年、アルバム『Trisonique』(ユニバーサル ミュージック/2011年)でメジャー・デビュー。現在までに、香港、韓国、アメリカのなど、国際的なジャズフェスティバル出演をはじめ、フランス、イタリア、ドイツなどでの公演も成功させている。また、『美の巨人たち』(テレビ東京)や、日韓合作映画『道〜白磁の人〜』(高橋伴明監督作品) のエンディング・テーマ作曲。『越路吹雪物語』(テレビ朝日)で大地真央が歌う主題歌の編曲。クリスタル・ケイ、新妻聖子、綾戸智恵、平賀マリカ、平方元基、川島ケイジらのレコーディングや編曲、コンサートでの音楽監督なども務める。

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