【カマシ・ワシントン】LAのジャズ遺産とヒップホップを繋ぐサックス奏者

取材・文/バルーチャ・ハシム、原雅明 写真/バルーチャ・ハシム 構成/原雅明

2015.08.10

カマシ・ワシントン インタビュー

フライング・ロータス主宰のレーベル<Brainfeeder>から、CDにして3枚組全17曲というボリュームのフル・アルバム『The Epic』をリリースし、10月には来日公演も決まった、ロサンゼルス出身のサックス奏者カマシ・ワシントン。ケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』にもフィーチャーされ、ジャズのみならず、ヒップホップのシーンでも、その名を聞くようになった。5月4日には、自身のバンドに加えて、サンダーキャットやミゲル・アトウッド・ファーガソン、ダディ・ケヴやラス・Gなど、ジャズやクラシックからビート・ミュージックまでを横断するアーティストを一同に集めて、壮大なアルバムのリリース・コンサートがロサンゼルスのリージェント・シアターで開催された。このインタビューはそのコンサート後におこなったものだ。

カマシ・ワシントンは、ロサンゼルスの豊かなジャズの遺産を受け継ぐ存在でもある。アメリカを代表する作曲家/バンド・リーダーのジェラルド・ウィルソンのビッグ・バンドに若くして参加し、その腕を磨いた。オーネット・コールマンのドラマーとして、またBlue Noteのハウス・ドラマーとしても有名なビリー・ヒギンズがサウス・セントラルに設立したジャズ・ミュージシャン育成のための文化センター、ワールド・ステージは、カマシ・ワシントンたちが自由な演奏を繰り広げる場だった。そして、ジャズのみならずヒップホップにも影響を与えたピアニストのホレス・タプスコットが、若いミュージシャンの育成を目的として結成したパン・アフリカンズ・ピープルズ・アーケストラは、カマシ・ワシントンが理想とする音楽コミュニティの在り方を教えた。こうしたロサンゼルスのジャズの歩みと、スヌープ・ドッグやケンドリック・ラマーのロサンゼルスのヒップホップの現在までが繋がるような貴重な話をお届けする。

――リリース・コンサートでは、お父さんも一緒にサックスで共演してましたが、音楽を始めたきっかけ、これまでのキャリアについて教えてください。 

「父はミュージシャンで、母はフルート奏者なんだ。だから2歳から楽器を演奏してるよ。じつは最初に演奏し始めたのがドラムで、5歳からピアノ、8歳からクラリネットを演奏し始めた。父は70年代にサックス奏者として活動してたんだけど、当時のサックス奏者というのはサックス、フルート、クラリネットの全部が演奏できないといけないんだ。俺はサックスをやりたかったんだけど、クラリネットの方が難しいから、クラリネットを先に習わないといけないと言われたんだ。10歳か11歳くらいからジャズにのめり込んで、ウェイン・ショーター、チャーリー・パーカーみたいな人にハマった。彼らが演奏していたレコードを、クラリネットでコピーしようとしたんだけど、すごく難しかったよ(笑)。ある日、父がサックスを家の中の見えるところに置いてたんだ。サックスを触ってはいけないと言われてたけど、手に取ったんだ。なぜか、俺はすぐに自分の好きな曲を演奏できたんだよ。でも、どの音符を演奏しているかもわかってなかった。ウェイン・ショーターの“Sleeping Dancer Sleep On”という曲だったんだけど、サックスの仕組みがある程度クラリネットと似ていたから演奏できたんだ」

――ロサンゼルスのどのエリアで育ったんですか?  

「サウスセントラルだよ」

――そのエリアで、ジャズを聴く子供は珍しかったんじゃないでしょうか?

「そうだね。結構危険なエリアだった。小学校の頃、友達はみんなN.W.A.とかギャングスタ・ラップを聴いてた。でも、俺は父の影響でジャズに慣れ親しんでたんだ。年上の従兄がジャズを聴いていて、アート・ブレイキーのミックステープをくれたんだ。そのテープを聴いていくうちに、俺はアート・ブレイキーの音楽がなぜかN.W.A.に似てるんじゃないかって思うようになったんだ(笑)。ジャズを聴いている子供は珍しかったけど、叔父や親戚はジャズが好きだったんだよ。俺が真剣にジャズを演奏したがっていることを知った親戚は、レコード、テープ、CDを聴かせてくれたんだ。あのエリアでジャズが好きな若者がいることを喜んでくれてるみたいだった」

――リリース・コンサートでも一緒に演奏していたドラマーのロナルド・ブルーナー・ジュニアやベーシストのサンダーキャット(二人は兄弟)も、子供時代からの友達なんですよね?

「そうなんだ。父とロナルドたちのお父さんが一緒にゴスペル・フュージョン・バンドをやってて、それで友達になったんだ。俺が6歳か7歳のときに、父はそのバンドを辞めたから、高校までロナルドとサンダーキャットとは会わなくなった。高校生のときに、マルチ・スクール・ジャズ・バンドに加入して、またロナルドたちと再会したんだ。このバンドは、いろいろな地域の高校から、才能あるミュージシャンを集めたバンドだった」

――師事したミュージシャンはいましたか? 

「父はプロのミュージシャンだったけど、音楽の先生に転身したんだ。だから、父が先生だった。音楽理論も父から学んだよ。あとは、アイザック・スミス、ロナルド・ブルーナー・ジュニア、テラス・マーティンといった友人でありミュージシャンからも学んだね。サックスにのめり込んでから、仲間と毎日8、9時間は練習してたよ。ピアノ奏者のキャメロン・グレイヴスの父さんやロナルドの父さんも関わってたから、家族ぐるみで作った“小さな音楽村”みたいなものができあがっていた。お互いにレコードを見せ合ったり、お互いに影響し合った。堅苦しい環境のなかで勉強してたわけじゃないんだ」

――練習場所は家のガレージの中だと聞きましたが、本当ですか? 

「そう。父の家の裏に部屋があって、そこでずっと練習してた。家で一日中練習してるなかで、ロナルド、キャメロン、サンダーキャットが来て、ジャム・セッションをやったりしたんだ。そのあとはワールド・ステージ(※故ビリー・ヒギンズがロサンゼルスのラマート・パークに設立したジャズ・ミュージシャン育成のための文化センター)に行って演奏したりした。家に戻ってから、さらにまたみんなで朝の4時まで演奏したよ(笑)。俺たちは音楽しか興味がなかったから、パーティも行かなかったし、クラブにも行かなかった。でも、ジャズ・ミュージシャンが来ると、クラブに行ったんだけど、お金がなかったから忍び込んでたよ(笑)。高校生のときに、ロナルド、サンダーキャット、キャメロンと一緒にザ・ヤング・ジャズ・ジャイアンツというバンドを始めたんだ。ジョン・コルトレーン・コンペティションというジャズ大会が開催されて、それに出場するために結成した。俺たちが優勝したんだけど、ラヴィ・コルトレーンが現場にまだ13歳のフライング・ロータスを連れてきてたよ。だから、その時がフライング・ロータスとの初対面だったね。ザ・ヤング・ジャズ・ジャイアンツが今やってる、ザ・ウェスト・コースト・ゲット・ダウンというバンドの出発点だったんだ」

――セロニアス・モンク・インスティテュート・オブ・ジャズでも演奏したそうですが、どんな組織なのでしょうか? 

「学生にジャズを広める団体だよ。マルチ・スクール・ジャズ・バンドをスポンサーにしたり、ジャズのレジェンドを招待して、一緒に演奏させてもらえたりもした。そのときにウェイン・ショーターに会って、一緒にジャズ・フェスティバルでも演奏させてもらえた。そのプログラムで、テラス・マーティンとも出会ったんだよ。一緒に演奏して、仲良くなったんだ。テラスの紹介で、俺はスヌープ、ケンドリック・ラマーと仕事できるようになった」

――大学でも音楽を勉強したんですか? 

「UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に入って、そこで民俗音楽学と作曲を専攻した。ワールド・ミュージックの勉強はもちろんなんだけど、クラシックの作曲法やジャズ・バンドに加入してビッグ・バンドで演奏したり、インドネシアのガムランとか、いろいろな音楽に触れられて幅広い勉強ができたよ」

――ジャズに惹かれた理由を教えてください。なぜ近所の他の子供のようにヒップホップには行かなかったのでしょうか? 

「ジャズもヒップホップも両方好きだったよ。ジャズとヒップホップは俺の人生の一部なんだ。子供の頃、ヒップホップは友達と一緒に聴く音楽だった。ジャズとサックスに同時期にのめり込んだけど、そうするとジャズとヒップホップの関係性も見えるようになったんだ。ア・トライブ・コールド・クエストの曲を聴くようになったとき、当時からすぐに元ネタのジャズがわかったんだ(笑)。だから、わかりづらいかもしれないけど、ヒップホップの要素も俺の音楽には入っている。高校生のときに、初めてサックス奏者としてプロの仕事をしたのが、スヌープのライブ・バンドだった。ジャズを仕事としてできるようになったのは、ずっと後だった。大規模なツアーで演奏するようになったのも、スヌープ、ラファエル・サディーク、ローリン・ヒル、パフ・ダディのようなヒップホップ・アーティストだった。だから、俺のジャズの演奏は、間違いなくヒップホップに影響されてるよ。ヒップホップのアーティストは、独特のアングルからジャズをとらえてるんだ。スヌープと演奏したときは、技術的なことよりも、どういうフィーリングで演奏しているかのほうが重要視された。だから俺がジャズを演奏するときも、どんなフレーズを演奏するかだけじゃなくて、どういう気持ちで演奏するかが大事なんだ。それはジャズではなく、ヒップホップから学んだことなんだ。あと、ジャズのエモーショナルな面に魅力を感じたんだ。ウェイン・ショーター、ジョン・コルトレーン、ファラオ・サンダースのようなパワフルな音楽を演奏している人が大好きなんだ。彼らから多大な影響を受けたね」

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