反骨と苦悩とアイロニー満載の最新作
ハーバートが考える「創作の姿勢」

取材・文/山本将志 写真/大森えりこ

2015.11.05

マシュー・ハーバート

豚が生まれてから死ぬまでの鳴き声や、その豚が調理されて人に食べられるまでの「音」を記録し作成したアルバム『One Pig』(2011年)。大英博物館の床でコンドームが擦れる音や、大量のクレジットカードを断裁する音を素材にしつつ、ジャズバンドとともに作成したアルバム『There’s Me and There’s You』(2008年)。マシュー・ハーバートによるこうした作品群は、政治、経済、環境問題など、社会が抱えるさまざまな難事をテーマにしている。そんな彼が2015年5月に最新アルバム『The Shakes』を発表。これまでいくつもの名義を使い分けながら作品を発表してきた彼だが、今作はキャリア初期を代表する「ハーバート」名義でのアルバムとなっている。作中ではどのような趣向を凝らし、どんなメッセージが込められたのだろうか?

――新作『The Shakes』は“ハーバート”名義のリリースですね。そういった意味で本作は、かつて同じ名義でリリースされた『Bodily Functions』(2001年)や、『Scale』(2006年)と比較するのが妥当なのかもしれませんが、私は“マシュー・ハーバート”名義でリリースされた『One One』(2010年)に近い印象を持ちました。ハーバートとマシュー・ハーバート、それぞれの名義に作風の違いはありますか?
今回の作品は音楽の構築の仕方が『One One』と近かったので、あなたはそう感じたのかもしれない。ちなみにハーバート名義でつくる作品は、ポップ・ミュージックとソング・ライティングとハウス・ミュージックを組み合わせたものだ。例えば、クラブから帰ってきて聴きたくなるような音楽だね。で、マシュー・ハーバート名義の作品は、一風変わった作品とでもいうのかな……。
――政治や経済に対するメッセージは、今作にも含まれていますか?
そうだね。私はこの世の中が間違った方向に進んでいると強く感じているんだけど、そんな世の中で子どもを育てていかなきゃいけない。崩壊しそうな世界や社会の中で子どもを育てる苦悩。そして、生きることの難しさや辛さというさまざまな苦悩を、私も子を持つひとりの親として表現した。
――「世の中が間違った方向に進んでいる」とは、具体的に何を指しているのですか?
地球の資源をどんどん使い切ってしまっている現状。資源は減っていくけど、それを使う世界の人口は増加し続けていること。生きている人たちの幸福感も減っているとすら感じる。にも関わらず、政治に対して興味を持つ人は減っている。いちばんの問題は、世界を司っているのが民主主義ではなく、経済や大企業が世界を牛耳っているところじゃないかなと思うよ。
――今作でサンプリングした音や事象はありますか?
例えば「STRONG」では、叫び声や笛の音など、いろいろ聴こえてくるはずだよ。その曲のビートは、僕の家のゴミ箱をパーカッションとして使った。世界のゴミ問題も深刻だけど、こうしていろいろ訴えている私も、世の中にゴミをいっぱい作り出してる原因の一人なんだ。

 

――このアルバムは、男性ボーカル曲と女性ボーカル曲が交互に配置されていますね。何か意図があるのですか?
権力をもっているのは今でもおおむね男性で、この世の多くの問題を引き起こしているのもまた男性だと思うんだ。男性と女性の社会における役割や立ち位置の隔たり、差別も依然として存在する。そういったことを表したかった。
――これまでの作品内にも、さまざまな問題提起やメッセージを込めてきましたね。いつしか周囲はあなたに「そんな作風」ばかりを期待するようになった。そう感じることはありますか?
周囲から感じるプレッシャーより、自分の中からの生まれるプレッシャーの方が強いよ。私は自分の作品が、大企業の広告に使われるような音楽であったり、ただの飾りであってほしくない。
やはり、世の中が間違った方向に進んでいることを、声を大にして言いたいし、そういった議論のなかに参加していきたい。自分の意見をしっかり言いたいし、そういった音楽を作りたいんだ。ジャーナリストのナオミ・クラインが書いた『This Changes Everything』という本があって、そのなかで彼女は「この世の中を滅ぼす一番の原因は、何もしないことだ。現状に満足して何もしないことが、この世の中を破滅に追いやる一番大きな原因だ」と書いている。私もね、音楽を作る上で「何もしない」ってことはしたくないんだよ。
――ずっとその考え方で創作を続けている?
そうではなかった。初めて音楽を作る時っていうのは、音楽と純粋に向かい合って「理想の音楽を作りたい」と思うわけだよ。しかし、純粋な気持ちで作っていても、世に出した時点で「それを聴いてくれる人がいる」ってことを知るんだ。そのことを一回わかってしまうと、純粋な気持ちで音楽を作っていた頃には戻れなくなる。その人たちに向かって自分は何かを発信する立場にある、ということを自覚してしまうから。いわゆる「処女性」を失ってしまうんだよね。
――あなたが、その処女性を失ったと感じたのはいつですか?
アルバム『Bodily Functions』の後かな? すごくヒットしたんだ。その直後は、作曲している傍でジャーナリストやファンから「んー、ちょっと違うんじゃないか?」って言われてるような感じがした。次に私がどういう音楽を作るのか、みんながすごく注目してるのが、肉体的に近くに存在しているかのように感じたぐらい。世界中の何十万、何百万という人が注目してるわけだからね。例えばエイミー・ワインハウスのように、ちょっとおかしくなってしまうアーティストがいるのも、わかるような気がするよ。

――では、逆に純粋に音楽を楽しんでいた時の話を聞かせてください。幼少期にピアノとバイオリンを学んでいたそうですが、どんな10代を過ごしましたか? その頃すでにエレクトロミュージックに興味はあった?
80年代は電子楽器が急速に進化して、シンセサイザーの価格も安くなりはじめた時代。私がエレクトロニック・ミュージックに興味を持ったのは1985年。13歳か14歳のときだね。通学で使ってたバス停の近くに楽器屋さんがあって、そこに初めてローランドのJUNOが入荷したんだ。それまではピアノ、ギター、バイオリンが置いてある普通の楽器屋さんだったから、私にしてみれば宇宙船到来くらいの衝撃だったね。そこでJUNOを弾かせてもらい、2年後に親に買ってもらったんだ。安くなってきたといっても、当時としてはやはり高価な楽器。それを親が生活費を切り崩して買ってくれたんだよ。2年前、父に「あのとき、生活費を切り崩してまでシンセサイザーを買ってくれたのは、僕にとってすごく大きかった。今は少しお金があるから返すよ」って言ったら、「大丈夫だよ」って(笑)。
――いま音楽を作る上で、自分自身に課していることはありますか?
自分に強い信念があったら、それを声に出す責任があると思うんだ。私はそれを音楽で表現してきたと思っている。その上で2つ大事にしていることがあってね。まずひとつは批判精神を持つこと。ただ批判をするのではなく、しっかりとした知性を持って、考え抜かれた根拠のある批判であることが重要だ。もうひとつは、それと同時に代替案を持つこと。解決策をしっかり提示することが大切だと思う。もし、私がこういう音楽を作っていなければ、他にどういう音楽を作っていたんだろうね……。恋愛を歌ったポップ・ミュージックだったかもしれない。それはそれで悪くはないけれど、まぁ、つまんないよね。

 

– リリース情報 –

タイトル:The Shakes
アーティスト:Herbert
レーベル:Accidental/Hostess
価格:2,400円(税別)
発売日:2015年5月27日(水)

■Hostess
http://hostess.co.jp/matthewherbert/

トラックリスト

01. Battle
02. Middle
03. Strong
04. Smart
05. Stop
06. Ones
07. Bed
08. Even
09. Safety
10. Silence
11. Warm
12. Peak
13. Maybe(日本盤ボーナストラック)

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