ジャズとヒップホップを行き来するピアニストが語るビジョン

取材・文:原雅明 写真:難波里美

2015.07.24

ロバート・グラスパー

 ロバート・グラスパー・エクスペリメントは、『Black Radio』と『Black Radio 2』をリリースし、ジャズからヒップホップ、R&Bのフィールドへと積極的にコミットして成功を収めた2010年代を代表するユニットだ。
「アメリカのジャズ・クラブでは、もう、エクスペリメントとしての演奏をしていないんだ。ヒップホップのクラブなどでエクスペリメントは演奏をしている」
今回、ロバート・グラスパーにインタビューをして、本人からそうはっきり聞かされて、“やはりそうなのか”と改めて思った。もちろんアコースティック・ピアノがない演奏会場に呼ばれる機会も増えれば、自ずとエクスペリメントとしての演奏になるのだろうが、ピアノ・トリオと、ロバート・グラスパー・エクスペリメントの明確な棲み分けが進んでいるのかもしれない。
「観客の人たちがどういう趣味なのか? というのをまず見てから、どの曲をやるかというのがあるんだ。観客がジャズ寄りのものを好きな人たちだなと思ったら、もっとジャズ寄りのものをやるし、R&Bが好きそうならそれをやるし、ヒップホップが好きそうだったらそういうものを多くやる。なぜそうするかというと、来てもらったからには楽しい経験をしてほしい。楽しくなければ、また戻ってきてはくれない。だから、それぞれのジャンルの人が楽しいと思ってまた帰ってきてもらえるように観客に合わせているんだ」

まだグラスパーがいまのようにブレイクする前、ジャズの演奏を求めている観客が大半だった頃の来日公演で、J・ディラに捧げた「J Dillalude」を身体を揺さぶりながら演奏しても、まばらな反応しか返ってこなかった光景を見ていた身としては、彼のスタンスに大きな変化を感じる。実際、今回の来日では、初の野外のフェス「TAICOCLUB’15」にも出演して、ドラムとベースで踊らせるビートを繰り出し、ジャズ・クラブから完全に抜け出した姿を見せた。
「TAICOCLUBでは、ヒップホップやR&B、ダンスという要素を求めている人が多いと思ったから、そういう演奏をした。そして、今回のビルボードライブでは普段よりジャズっぽい演奏をしていたんだ。だから、今回両方のセットでは、まったく違う曲を演奏していた。バンドとしても、ジャズ・バンドとして単にピアノがいて、サックスがいて、ドラムがいて、という感じに確立はさせたくない。毎回、バンドとしてのカテゴリーにははまらずに、トリオにプラス、シンガーというカテゴリーにもはまらずに、いつもその間を行き来していきたいと思っている。こういうバンドって、他には存在していないと思うんだ。いつも高い意識を持ってやり続けている。実際、今回バンドとしてプレイしているときにはジャズっぽくなかったとしても、ソロをプレイするときには、“ジャズをやっている人のプレイだな”って分かってもらえると思うし、実はジャズをやれば、ジャズになるし、ヒップホップをやればメンバーみんなもヒップホップになる。その両面を持ち合わせたバンドというのはほとんどないと思う。これが、自分たちのバンドの良いところであり、僕が自分のバンドを好きな理由なんだ。ケイシーがR&Bを歌う時でも、いろいろな要素の間を取って演奏していきたいという気持ちが強いから、ああいう形になっているんだ」

以前、インタビューした際には、リスナーの層の拡がりを感じたのは『In My Element』のリリースからだと言っていた。「J Dillalude」やレディオヘッドのカバーが収録されていたアルバムだ。
「2007年にピアノ・トリオで『In My Element』をリリースしたときから変化は感じていたんだ。あの時にヒップホップのファンが増え、そして『Black Radio』でR&Bのファンが増えたことを感じた。そのことをとても嬉しく感じているよ。というのは、普段はインストの音楽なんて聴かないような人たちを楽しませることができるわけだから」
また、フライング・ロータスのジャズへの言及(グラスパーらの新しいジャズの台頭に刺激を受けているが、まだそのサウンドはクリーンすぎる、という主旨のコメント)を受けて、こうも答えている。
「ジャズというのは、いまだにこの音楽業界の中でアンダーグラウンドな存在だと思う。自分としては、いまはアンダーグラウンドなところには行きたくなかったんだ。彼は友人だし、言っている意味はすごくよく分かるよ。だけど、ジャズをやっているといまだにアンダーグラウンドで、ハービー・ハンコックがやったように、そこを抜けてメインストリームに行って、まずはメジャーの場で活動して、それからダーティなサウンドにも行きたかったんだ。そうすれば自分に付いてきてくれる人が増えた状態で、そういうことができる。そこは計画的に考えているんだよ」

「自分だって、ピアニストとして最高のピアニストでなくても、“ロバート・グラスパーのサウンドがあるよね”と言われる方が嬉しい」

彼のその計画はどうやら順調に進行しているようだ。エクスペリメントの『Black Radio』、『Black Radio 2』の成功後、再びジャズに戻り、今年ピアノ・トリオによるカバー・ライブ・アルバム『Covered』をリリースした。ヴィンセント・アーチャーのベース、ダミオン・リードのドラムという長年一緒にやってきたアコースティックのトリオでの演奏だが、アルバムは、ロサンゼルスのキャピタル・スタジオに観客を入れてライブ録音された。
「このアイディアはキャノンボール・アダレイから頂いたんだ。彼も同じスタジオで『Mercy, Mercy, Mercy! Live at “The Club”』を録音した。やはりライブ録音するということは、観客からのエネルギーを得ることができるからね。それにスタジオで録音しているので、音を素晴らしいものにできる。どうしてもクラブでライブ録音すると、エネルギーは得られるが、素晴らしいサウンドという部分は犠牲にしないといけなくなるからね」
1966年にデイヴィッド・アクセルロッドのプロデュースでリリースされた『Mercy, Mercy, Mercy! Live at “The Club”』は、グラミーのベスト・インストゥルメンタル・ジャズ・パフォーマンス賞を受賞した。タイトル曲であるジョー・ザヴィヌル作曲の「Mercy, Mercy, Mercy」が当時のジャズとしては異例のヒット(ビルボードの一般チャートで最高11位)を記録したためだ。実際、この録音は、観客の反応も含めた臨場感のある雰囲気も後押しして、メンバー間の緊密な関係性がいかに演奏をより良いものに導くかを示してもいる。グラスパーもその点を咀嚼したというわけだ。
「僕らも、このトリオで一番長い間、一緒に演奏をしているというのがあって、3人で自分たちのサウンドというものを作り上げてきた。2007年の時点でもう“自分たちのサウンドがあるね”と言われていた。それはなぜかというと、ミュージシャンにはすごくいいミュージシャンというのはたくさんいると思うんだ。でも、いいミュージシャンに“あなたは自分のサウンドがありますか?”と問うてみると、ない人の方が多いと思う。だから、演奏が下手でもすごくオリジナルのサウンドがある人もいる。自分だって、ピアニストとして最高のピアニストでなくても、“ロバート・グラスパーのサウンドがあるよね”と言われる方が嬉しいので、やはり、そのサウンドを作り上げたメンバーとやるのが一番なんだ」

このトリオの録音の話をしているときに、「実は面白いエピソードがあるんだ」と話し始めてくれたのが、ケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』のことだった。グラスパーのピアノをこのアルバムの要所要所で聴くことができる。
「あれは、『Covered』の録音と同じ日に録ったんだよ。トリオの録音が終わって、すぐケンドリックのスタジオに行って作ったんだ。ケンドリックとは、テラス・マーティン(ロサンゼルスのサックス奏者/プロデューサーでケンドリックのアルバムも手掛けた)を通じて知り合って、ほんとうは1曲目で弾くだけということでスタジオに行ったんだ。もう最悪の経験だったよ。っていうのは冗談で(笑)、ほんとうに素晴らしかったよ。ケンドリックというのはジャズのマインドがある人だと思ったんだ。ジャズのマインドというのは、その場その場で突拍子もないことをやってしまうということで、ほんとうに今を生きている、そういう人だと思う。1曲目を弾いてみて、その演奏を彼は聴いてすごく興奮して、“これも弾いてみてよ”、“あれも弾いてみてよ”と続々と曲を出してきて、僕がそれに合わせて演奏すると、“それもいい”、“それもいい”とどんどんやる曲が増えていったんだよ。その結果、あれだけのたくさんの曲に参加することになったんだ。ほんとうにクールで、瞬間瞬間に生きているような人と仕事ができたことは、素晴らしかったよ。そして、ケンドリックのアルバム全体が、ほんとうにオーガニックにでき上がっている作品なんだ」

テラス・マーティンの導きがあって、『To Pimp A Butterfly』にはグラスパーの他にも、サンダーキャット、アンブローズ・アキンムシーレ、カマシ・ワシントンなど、注目すべきプレイヤーが多数参加している。そして、『Covered』では、それとシンクロするように、ケンドリック・ラマーの「I’m Dying of Thirst」がカバーされている。この曲の前には、ハリー・ベラフォンテをフィーチャーしたグラスパーの新曲「Got Over」が演奏される(「ロックの殿堂」授賞式でパブリック・エネミーを紹介したベラフォンテのスピーチを知っている者にとっては尚のこと感慨深いフィーチャーだ)。この終盤の2曲は、カバー・アルバムというややリラックスしたムードに、違う空気を送り込んだ。明確なメッセージがそこには込められている。
「今の時代を記録したかったんだ。先輩である偉大なミュージシャン/アーティストは、皆そうしていた。マーヴィン・ゲイ、アレサ・フランクリン、ニーナ・シモン、アイズレー・ブラザーズ、ダニー・ハサウェイ、スティーヴィー・ワンダーらは、時代を象徴し、アメリカの社会的状況を描写した歌を持っていた。だから、政治についてはあまり発言するタイプじゃないんだけど、音楽を通じてできる限りメッセージを伝えたいと思っている。「I’m Dying of Thirst」では、6歳になる僕の息子も参加しているけれど、息子は自分の言葉で、自分の思っていることを語ったんだ。何を言えとか、全く指示を出していない」

6月8日(月)今回の来日の最後に、エクスペリメントと西本智実が指揮するイルミナートフィルハーモニーオーケストラとの公演が東京芸術劇場でおこなわれた。「J Dillalude」、「For You」、「Let It Ride」など、グラスパーの楽曲がオーケストラ・アレンジで演奏された(アレンジメントは日本の4名の編曲家が担当した)。
「すごく楽しかったよ。西村さんたちも経験したことがないことをやったので、どうなることかと思ったが、すごくオープンで、流れとしても素晴らしく、うまくできたと思う。実は西村さんは一切英語を話さない人だった。だから、コミュニケーションの部分がまず問題だったんだけど、そこさえクリアできればあとは問題なかったよ。アレンジも事前には何も言わなかった。ただ、昔の曲はいま自分たちがまったく違う形で演奏していたので、そうした要素を追加してアレンジし直すリクエストを出しただけだね」
このコンサートは筆者も実際に観ることができた。実は、エクスペリメントは2014年にオランダのノース・シー・ジャズ・フェスティバルにおいて、ヴィンス・メンドーサが指揮するメトロポール・オーケストラと同様の試みをおこなっている。ヴィンス・メンドーサは多くのジャズ・ミュージシャンの曲を手掛け、メトロポール・オーケストラもジャズのビッグ・バンドのグルーヴを理解するオーケストラであったので、エクスペリメントのグルーヴをオーケストラのアンサンブルに置換させるようなダイナミズムを聴くことができた。それに対して、イルミナートフィルハーモニーオーケストラは純粋にクラシックのオーケストラで、そうした演奏を聴くことはできなかった。率直な感想を述べると、演奏者側のジャズ/ヒップホップへの理解というのがやはり不可欠ではないかと感じた。しかし、「J Dillalude」が日本のコンサートホールで演奏されるのを目の当たりにして、ようやく一歩進んだという思いを強くした。公演のアンコールに、『Black Radio 2』でも象徴的な曲である「I Stand Alone」が演奏されたときは、素直に心に響くものがあったことは書き添えておきたい。

※本記事のグラスパーの発言は、今年5月の来日時のインタビューを中心に、筆者が過去におこなったインタビューと、『Covered』についてのオフィシャルのインタビューより一部引用している。

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