投稿日 : 2019.09.10

「ここから未開の地へ足を運ぶ気分です」 勝沼恭子が三宅純と創りあげたファーストアルバム『COLOMENA』発売!

取材・文/富山英三郎 撮影/十文字美信

三宅純 勝沼恭子
勝沼恭子インタビュー
リサ・パピノーやコスミック・ヴォイセズ合唱団、アート・リンゼイなど、三宅純作品にはさまざまな個性派シンガーが登場するが、彼ら彼女らと並ぶ大事なピースに勝沼恭子がいる。妖精のような透明感と、幻想的な光を放つ浮遊感。ステージ上で美しい歌声を響かせる彼女の姿にくぎづけとなる人は多い。
そんな勝沼恭子のキャリア初となるソロアルバム『COLOMENA』が、三宅純プロデュースにより発売される。今回のアルバムはどのように生まれたのか? 彼女がこれまで辿ってきた軌跡とともに探っていく。

人と喋ることができなかった幼少期

──勝沼恭子さんの歌声は知っていても、人となりはあまり知られていないように思います。今回のアルバムは、2005年にパリに拠点を移されたことがきっかけのようですが、まずはそこまでの道のりからお聞きしたいと思います。

「はい。よろしくお願いします」

──5歳からピアノ、7歳から合唱、そして10歳でNHK みんなのうた「シャッキシャキの転校生」でデビューされるんですよね。そもそもは、ご両親が音楽教育に熱心だったのでしょうか?

「幼少期、私はほとんど喋らない子どもだったんです。でも音楽にだけは反応したらしく、母親としては藁にもすがる思いで、”この子には音楽しかない” と習わせたようです」

──そうなんですね。勝沼さん自身は、喋らない理由を自覚されていたのですか? それとも、後から聞いて「そうだっけ?」という感じですか。

「言葉を覚える以前から、自分の住む世界に変化を加えることが、なぜかすごくいけないことだという感覚があったんです。なので、人と喋ることも、丸い粘土を四角に変えるという遊びさえ怖くてできませんでした」

──とても繊細な子どもだったんですね。

「その後、6歳のときに大きな事故に巻き込まれそうになったのですが、突然びっくりするような声で ”いま!” という音が聞こえてきたんです。その声に驚いて思わず逃げたら助かったんですけど……。その体験以来、自分の中に知らない声が聞こえる、もしかしたら自分ってひとりだけじゃないのかな? という感覚が生まれたんです。

──漫画やアニメみたいな話だ。

きっかけは、舞台の上の般若心経

「同じ頃、私が通っていたのは仏教系の幼稚園だったので、般若心経を覚えさせられたんです。毎週、お経を少しずつ区切って、口伝えで覚えていく。そうやってお坊さんの音を真似て声を出すと、心が軽くなるような箇所がいくつかあって、これはなんなんだろう? って」

──はい。

「お経のレッスンの最終日。お坊さんが ”舞台の上でひとりで言える人!” って言ったときに、誰も手を挙げないから私が立候補して、舞台の上で般若心経を唱えたんです」

──クララが立った!

「そう(笑)。これまで一度も喋らなかった子が突然舞台に立ったので、”歌か何かを習わせたほうがいい” と担任の先生が母親に助言したんです。その後、1年生になってすぐに、新聞に載っていた合唱団に入れてもらいました」

──すごい話ですね。合唱団では15歳のときに海外公演もあったようですが、その頃には引っ込み思案も治っていたのでしょうか。

「小学校5年生くらいからファルセットしか出なくなってしまって、合唱団で歌っていても自分の声が聞こえず、無理に出そうとすると裏返ってしまったり。完璧にハッピーではなかったですね、いつもドキドキしていました」

──それでも続けられたのはなぜでしょう。

「身体や心の中に、存在を忘れている回線が沢山ある気がして……それを繋ぎ直したいんです。きっとそれが私のライフワークで、回線を探す方法が、私には歌しか無い気がしたから続いているんだと思います」

勝沼恭子インタビュー

音楽制作会社で出会った三宅純サウンド

──短大のピアノ科を卒業されたのち、CMの音楽制作会社に入社されるんですよね。

「最初は事務として入社したんですけど、業界では飛ぶ鳥を落とす勢いの会社で。何もできない私は気まずかったんです。でも、あるとき ”仮り歌” をお願いされて、やってみたら喜んでもらえたんです。その後、本番で使用されることも増えてフリーランスになりました。なので、CM音楽はたくさん歌ってきました」

──その間、ライブ活動をすることもなく?

「していないですね」

──そこも意外です。三宅純さんとはCM音楽でつながったんですか?

「三宅さんの音楽には、就職してすぐに出会いました。社内にスタジオがあったんですけど、あるとき前を通ったら三宅さんが作業をされていて。漏れてくる音を聞いた瞬間に ”コレは!” と思ったんです。本来ならデスクで留守番をしなくてはいけないのに、意を決してスタジオに出向いて、作っている音楽を聴かせてもらったのが出会いです。それが1991年くらい」

──そこから交流が始まるんですね。

「ふたりの姉がCMの世界でお仕事をさせていただいているので、共通の知り合いもたくさんいることが分かって」

作曲活動は、パリに拠点を移してから

──その後、2005年に三宅さんがパリに拠点を移す際に同行されるわけですが。それはどういう流れだったのでしょうか?

「三宅さんのご家庭には以前からお邪魔させていただいていて、娘さんと仲が良かったんです。私にとって理想の家庭だったのですが、95年に離婚されて父子家庭になられて。大丈夫かしらと心配しているときに、娘さんから ”時間があったら遊びに来てね” と言われ、ちょくちょく顔を出すようになったんです。以来、不思議なトライアングルの関係が続いています」

──とはいえ、かなり勇気のいる決断ですよね。

「ですよね、自分でも驚いています。こっちに来てからは主にスタジオのお手伝い。三宅さんのデータから譜面を起こしたり、マイクのケーブルを巻いたり、録音で色々な国に同行したり、勇気を出した甲斐は十分にありました(笑)」

──すでにパリ生活は15年近くになるわけですが、いかがですか?

「すごく大好きな街というわけではないですけど……。みんなが自分の人生に集中しているので、人のことを気にする必要がなくてラクですね。だからこそ自分のことを考えられるようになって、曲が作れるようになったんです」

──2007年から作曲を始めたようですが、移住して2年、パリでの生活に慣れたことが大きかったんですね。

「DAW機材(パソコンで音楽を創るツール)を買ったという理由もあるんですけど。それよりも、三宅さんは仕事が回り始め、娘さんもフランス語で現地の人とやり合うまでになって、それぞれ成果が出始めてきたんです。私はそこに焦りを感じて、感情をどこにもぶつけられず、パソコンで曲を作るようになったのがきっかけです。その後、2013年にアコースティック・ギターを買ってからは、また違うインスピレーションが湧くようになりました」

”チビリ・モーメント”という名のプロジェクト

──今回のアルバムは、これまで作り貯めたものから厳選されたのですか?

「そんなにたくさんあったわけではないんですよ。というのも、自分の心や風景を写し出すものとして作り始めたので。ちょこちょこ書いては、気持ちが育ったらまた足してという作り方なんです。もちろん、コンセプトも何もなく」

──ある種の日記のようなものだったんですね。そんなプライベートなものが、アルバムとして発売されるきっかけはどこにあったのでしょうか?

「20代の頃からお世話になっているCMプロダクションの方が、2017年にカンヌ広告祭のついでにパリに寄ってくれたんです。そのときに ”曲を作りためているんです” と語ったら、”応援しなくちゃ!” と言ってくれて。そこからいっきに動き出したんです。三宅さんも協力してくれることになって」

──曲を作っていることは三宅さんも知っていたわけですよね?

「知っていました。2014年頃、突然思いついて ”私、バンドを作ろうと思う” と三宅さんに言ってみたんです。”入りませんか?” って聞いたら、”俺はバンドはやらないけど、バンド名ならあげるよ” って言われて」

──どんな名前だったんですか?

「これだけ音楽に長くたずさわってきたのに何も作らずにいるなんて、もう、ちびりそうだろう? って。”プロジェクト名はチビリ・モーメント!” ”バンド名はチビリ!” だって(笑)。それでバンドは辞めました」

──あははは。アルバム発売に向けて動き出したときは、ついに念願が叶った! という感じですか?

「驚きと同時に、三宅さんのレベルに達する楽曲を作らなくてはいけないプレッシャーのほうが大きかったですね。なので、初めて自分の曲を聴いてもらったのは三宅さんではなく、彼のお友だちのピーター・シェラー(*1)さんだったんです。CD-Rに焼いてお渡しして、いろいろとアドバイスをもらいました」

(*1)アート・リンゼイとの共同プロジェクト「アンビシャス・ラヴァーズ」や、映画音楽の作曲で知られる、スイス人キーボーディスト

──長年一緒にやられていても、やっぱり怖い存在なんですね。

「そうですね。”ファイナルアンサーの状態になったら、ファイルを渡してほしい” と言われて。散々試行錯誤して提出したら、”これはファイナルアンサーじゃない!” と戻されたり」

──それはビビりますね(笑)

「はい、チビリました!  ”ではコレで” となった後は、すべてお任せしました」

勝沼恭子+三宅純『COLOMENA』のCDジャケット
勝沼恭子+三宅純『COLOMENA』のCDジャケット。この写真の表紙は作曲を始めた頃(2007年)に三宅純が撮ったスナップ。開くと十文字美信が都内スタジオでその再現を試みた現在の写真が出てくる。

歌詞はすべて勝沼オリジナル語(シラブル)

──アレンジにダメ出しをすることはなかったんですか?

「アレンジについて質問をすると、体が硬直するほど怖い目線が飛んできたりしましたけど(笑)。でも、自分なりに咀嚼すると意味がわかってくる。それに、私の曲の良いところも悪いところも、すべてをちゃんと学習してくれていて。共感できる部分は、どんな短いフレーズでも残してくれていたので、そこは感動しました。先行試聴会(*2)では、私のバージョンと三宅さんのバージョンを並べてお聴かせしようかと思っています。恥ずかしさもありますけど、それよりも、三宅さんがおこなっているアレンジのマジックを皆さんとシェアしたいなって」

(*2)9月16日(月・祝)に、代官山「晴れたら空に豆まいて」でおこなわれる『COLOMENA』先行試聴会。http://haremame.com/schedule/67216/

──歌詞カードに対訳がなかったので、せめてタイトルでもと思って翻訳してみたんです。そうしたら、エスペラント語やポルトガル語などであることがわかって。改めてレーベルの方に歌詞の対訳がないか確認したら、「勝沼さんのオリジナル言語なんです」と聞かされてビックリしたんです。

「タイトルはあとから付けたので、実在する言葉なんですけど。歌詞に関しては、これまでもCMの仮り歌とかではシラブル(ヴォーカルサウンド)で歌うことも多くて。いつの間にか、それが普通になっていたんです」

──シラブルというのは、いわゆるハナモゲラ語みたいなものですか?

「特定の意味を限定する言語ではありませんが、器楽の人が楽器を演奏する時のように、私にとっては言語以上に音だけで純粋に表現できるものです。何年経っても、同じシラブルを歌詞カードなしに再現できるんですよ」

──いつでも正確に再現できるのはすごいですね。意味のある歌詞の場合は感情を込めたり、何かしらの表現をしていると思うのですが、シラブルの場合はどういう感じになるのでしょう?

「クラシックの指揮者の中に、まるで音が光で見えているようなアクションをしながら、オーケストラを導いていく人がいますよね? うまく言えないけど、そういう感じに近いと思います」

アルバムの完成により、私の第1章が終わった

──なるほど。今回、カバー曲として「Dido’s Lament」と「Niji wa Tohku」が収録されています。

「コンテンポラリー・ダンスのピナ・バウシュさんが、『カフェ ミュラー』という作品で、<Dido’s Lament>を使って踊られていたんです。それを観たときに人生が変わるほどの衝撃を受けました。それがきっかけとなって、いつかこの曲のアレンジをしてほしいと、三宅さんに頼んでいたのが叶ったんです。<Niji wa Tohku>は、私がギターで弾き語りをしていたら、聴いていた三宅さんが ”やってみる?” と言ってくれて。今回歌えることになりました」

──1st.アルバムが完成した現在の心境はいかがですか?

「いろいろなことを引きずっていた、私の第1章が終わった感じがします。今後、これらの楽曲をどうライブで体現するのか、どう光を注いでいくのかはゼロからの勉強。未開の地へ足を運ぶような気分です」

──最後に、『COLOMENA(コロメナ)』というタイトルを付けた理由を教えてください。

「『ミツバチのささやき』という映画の色や風景が大好きで。そこから、ミツバチをキーワードにいろいろな言語を探っていたんです。そのときになぜか ”色彩” という意味で ”COLOMENA(コロメナ)” という単語が出てきて、音の響きがいいなと思って候補に挙げていたんです。後日、調べ直したら ”色彩” なんて意味はなくて。Oがひとつないスペイン語の ”COLMENA(コルメナ)” に、”ミツバチの巣箱” という意味があった。それと同時に、カタロニア語で ”COLOR(コロ)” という発音で “色” という単語を発見して。そのふたつの単語を合わせた造語として『COLOMENA』にしました」

──そのエピソードもどこか神秘的ですね。今日はありがとうございました。


<アルバム情報>

勝沼恭子+三宅純『COLOMENA』
Kyoko Katunuma + Jun Miyake / COLOMENA
[P-VINE RECORDS]
2019年9月18日(水)リリース
¥2,600+TAX
参加ミュージシャン:
三宅純 / ピーター・シェラー / ヴァンサン・セガール / 青葉市子 / 渡辺等 / 伊丹雅博 / 宮本大路 / 林正樹 / 田中綾子 / ルノー・ガブリエル・ピオン / マニュ・マルシェス / ニコラ・モンタゾー / ディディエ・アヴェ / アンディー・ベヴァン / アブドゥライェ・クヤテ / フェルベル・ストリングス / ブルガリアン・シンフォニーオーケストラ


<イベント/ライブ情報>
■先行試聴会:勝沼恭子ファースト・アルバム [COLOMENA]
Talk & Listening Session with & Jun Miyake & Takayuki Terakado
・会場:代官山 晴れたら空に豆まいて
・日時:2019年9月16日(月/祝) Open 18:00/Start 19:00
・料金:¥3,000(前売り)/¥3,500(当日) 共に+1drink代別
・出演:勝沼恭子/三宅純/寺門孝之
・詳細:http://haremame.com/schedule/67216/

■ライブ:勝沼恭子+三宅純『COLOMENA』発売記念ライブ
・会場:渋谷 WWW
・日時:2019年10月24日(木) Open 18:30/ Start 19:30
・料金:¥5,600(前売り)/¥6,100(当日) 共に+1drink代別 一部座席あり
・チケット:発売中 (e+ / ローソンチケット / チケットぴあ / WWW店頭)
・出演:勝沼恭子 (voc) / 三宅純 (Rhodes, piano, flugelhorn) / 青葉市子 (guitar, choir) / 渡辺等 (basses) / 伊丹雅博 (guitars) / ヤヒロトモヒロ (percussion) / zAk (sound)
・詳細:https://www-shibuya.jp/schedule/011403.php