投稿日 : 2020.12.22 更新日 : 2021.12.03

【松丸契 インタビュー】日本生まれパプア育ち。米音大の首席を経て邦シーンの中枢へ─サックス演奏時にイメージするのは“金属の球”

取材・文/土佐有明 写真/廣田達也

松丸契は日本で生まれ、パプアニューギニア(以下パプア)で育ち、現地で独学によりサックスを体得。高校卒業後はバークリー音楽大学に進学し、首席で卒業したという異形の経歴の持ち主だ。

そして2018年に帰国すると、石若駿をはじめとする様々なミュージシャンからオファーが寄せられ、瞬く間にシーンの中央へと躍り出た。彼が演奏/表現に身を投じる理由はどこにあるのか。ソロ名義としては初となるリーダー作の内容と併せ、自身の音楽観について話を聞いた。

作品の解釈を聴き手にゆだねるための余白

──幼少の頃から住環境の変化があったということですが、状況の変化には順応できましたか?

小中学校のころ、日本に帰省した時に漢字が分からなかったり、パプアに戻ったら英語の綴りがわからなくなったりとかなり苦労しました。バークリーには日本人がたくさんいたので、そこで日本語が上達したんですけど、今も日本語を使いたい時に英語の方が先に出てきたり、その逆もたまにあります。自分の話す言葉ってアイデンティティにも関わってくるから、音楽にとっても重要な要素なんです。

──なるほど、「言葉を発する」という新作のコンセプトは、松丸さんの経験から醸成されたものでもあるんですね。

そうですね。アルバムでは「言葉を発する」という行為について、いろいろなアングルから表現しています。その解釈を聴く人にゆだねることで、ひとつひとつの曲が想像力の活性化につながるように工夫しました。骨組みのようなものを提示しつつ、自分(演奏する側)にもリスナーにも質問を投げかけた格好。聴き方にしても演奏方法にしても様々な解釈ができる余白を残しているんです。タイトルに冠した「Nothing Unspoken Under the Sun」もそう。冒頭に「There is」など、なにか付け足さないと文章として成立しません。その余白によって、新たに見えてくるものがある。


──石若(駿/ds)さんと松丸さんのデュオによるインタールードも2曲入っていますね。

この2曲はどちらも同じ音列を使っているんです。簡単な打ち合わせを経てレコーディングしたら、どのテイクも約1分半でバシッと決まった。時計もお互いの動作も見えない環境で、僕と石若さんが共有している時間の流れやコミュニケーションの仕方を確かめつつ、新しくヒントになるものを表現できたのではないかと思います。

──新作の内容も素晴らしいですが、松丸さんのサックスは音色が特徴的ですよね。一音で松丸さんだと分かる。

僕が好きなサックス奏者は皆、一音聴いたら分かるような音色をそれぞれ持ってるので、そう言っていただけるのはとても嬉しいです。でも、バークリーにいた頃は「もっとアルト・サックスっぽく吹け!」って、教員/ドラマーのテリ・リン・キャリントンにも言われたこともありました(笑)。でも、しょうがないですよね。自分の出したい音が別の方向にあったので。学びを深める上では大事なことですが、そこで無理に意識しても絶対につまらないものに聴こえてしまう。

チャーリー・パーカーやキャノン・ボール・アダレイをはじめいろいろなアルト奏者が好きで、コピーもたくさんしてきましたが、結局は自分自身で体験したことしか素直な音として出ませんから。

──「こういう音が出したい」というイメージは、いつ頃から持っていたんですか?

目指す音は、高校の頃からありましたね。具体的に言うと、コアにあるのは密度の高い金属の球体。その周りをふわふわした雲みたいな響きが覆っている……といえば伝わるかな。そういう音をイメージするうちに、現在のサウンドにたどり着きました。声みたいなものなので、単純に自分にとって一番自然に聴こえる音を出しているっていうのもあります。向上心がないわけではないけれど、今は自分の音が好きなんです。


2020年はSMTK名義でも『SMTK』、『SUPER MAGIC TOKYO KARMA』を発表するなど、松丸にとって飛躍の年となった。

尊敬する3人との演奏を記録することに意義があった

──近年、アルト・サックスの独奏によるライヴも定期的に開催されていますね。

はい。これは、国立にある”NO TRUNKS“っていうお店のマスターが勧めてくれたのがきっかけです。いまではいろいろな場所で、月イチくらいのペースでやるようになりましたが、よく考えればパプアでもずっと独奏にちかいことをやっていたわけです。合奏できる人もいないから、ひとりで適当に吹いていた時もあった。今ではコンセプトを決めてやっていますけど、(独奏をやっていると)あの頃を思い出すこともあります。

──初心に返った?

そうですね。さっき言ったインタールードの音列は、今年の6月に独奏で吹いたフレイズをアルバムの構想中にふと思い出したものです。こんなふうに具体的につながりが見えると、自分の体験が音楽に生きているということを実感しますね。独奏は反響を含めたパフォーマンスなので、演奏している空間や環境によっても聴こえ方がまったく変わるし、単音楽器一本だと聴く方も耳がすごく敏感になるんです。楽器の向きが変わったら、音の質感も伸び方も全然変わる。個人練習ともバンド演奏ともまったく異なるものが得られるので、今後も継続していきたいと思ってます。

──ご自分の音楽を、どのような層に聴いてほしいですか?

『Nothing〜』が、どういう人に喜んでもらえる音楽なのか自分でも分かってないんですよ(笑)ターゲットを定めてから作ったものではなく、世代も経験も違うこの4人でしか表現できないものを記録しました。演奏してる側をひとつの層に当てはめられないのと同じように、いろいろな層の方に聴いてほしいです。これだけ好き勝手に作ったものを、商品として出してくれるレーベルには本当に感謝しています。

それから、ミュージシャンが「作品を作る」ということの重要性については、ベースの金澤英明さんをはじめ仲間のミュージシャンともよく話すんですけど、楽しいからやっている……というのとも違う。もちろんやっていたら楽しいですけど、みんながみんな「楽しい」という理由だけで続けてきたわけじゃないんです。僕だってパプアで独学で練習している時は全然楽しくなくて、むしろ辛かった。

自分の快楽のためでもないし、使命感とも違うベクトルのことをやっていて、なんだか分からないけど作らなきゃいけない。そういう意味で今回のアルバムは、同じように音楽と付き合ってきた金澤さん、石井さん、石若さんとの演奏を記録することに最大の意義があったと感じています。これで満足して終わりなんてことはありえないけど、ひとつ理想的な形で作品を残せました。

取材・文/土佐有明
撮影/廣田達也


松丸契/まつまる けい
1995年生まれ。3歳から高校卒業までをパプアニューギニアで過ごす。音楽嫌いを直すため両親に勧められクラリネットを始めると、やがてアルト・サックスに転向。ほぼ独学でスキルを磨き、2014年にバークリー音楽大学へ進学した。2018年に帰国し、様々なアーティストと共演。2019年にデビュー作『THINKKAISM』を、2020年にはSMTK名義でEP『SMTK』、アルバム『SUPER MAGIC TOKYO KARMA』をリリース。同年11月には自身名義による1stアルバム 『Nothing Unspoken Under the Sun』を発表した。
https://www.keimatsumaru.com/
Twitter : https://twitter.com/keimatsumaru
Instagram : https://instagram.com/kmatsumaru/

リリース情報


松丸契『ナッシング・アンスポークン・アンダー・ザ・サン』
■発売日:2020年12月9日
■価格:2500円+税
SOMETHIN’ COOL(SCOL1045)

ライブ情報

Kei Matsumaru Quartet
『Nothing Unspoken Under the Sun』 Album Release Live
2021年1月8日(金)
場所:新宿 PIT INN
価格:¥3,000+税
Open 19:00 / Start 19:30
http://pit-inn.com/artist_live_info/0108kei-matsumaru-quartet/