投稿日 : 2022.06.09

【インタビュー】小曽根 真「想定外のことをやる。それが僕の役割です」 ビッグバンド No Name Horses を率いて18年─冒険的ベストアルバム発表

このインタビューの5日前、小曽根真はウクライナの人々の前でピアノを弾いていた。場所はハンガーリーの首都ブダペスト。この地に避難したウクライナ人たちを招いてチャリティ・コンサートを開いたのだ。自らが望んだステージとはいえ、小曽根は悩んだという。彼らの前でどう振る舞うべきなのか、音楽家としてどんなことができるのか──。

親族や友人を亡くした人もいるし、安否がわからず不安に暮れている人もいる。単純に “どうぞ演奏を楽しんでください” という場ではなかった。いまも戦争は続いていて、心安まる時ではないのだから。“自分が伝えたいからやる” といった一方的な気持ちでは、絶対に成立しないコンサートでした

「勇気を与えたい」だの「元気を届けたい」などといった浅薄さや不遜はもっての外。通常のライブであれば当たり前の “伝えたい” という気持ちすら、思い上がりであると小曽根は考えたのである。そんな心づかいが、音楽とともに彼らへ寄り添った。演奏を終えてステージを去る小曽根に対し、聴衆は笑顔で「ありがとう」と告げたという。

これはおよそ3週間にも及ぶ “ワールドツアー” 最終日の出来事だ。じつはその前にもスリリングでタフなステージをクリアし続け、数日前にようやく帰国の途に着いた。にもかかわらず、小曽根真はまるで何事もなかったかのように飄々とインタビューに答える。

ワールドツアーの全貌

──今回のツアーはどんな行程だったのですか?

まずブラジルのサンパウロでコンサートをやって、そこからニューヨークとトロントへ行って、次はヨーロッパ。ドイツのシュトゥットガルトと、ハンガリーのブダペストで演奏しました。およそ3週間で地球ぐるっと一周して帰ってきました。

──軽く言いますね(笑)。

でも今回はなかなかハードでした。というのも、普通のワールドツアーはだいたい一つの決まった形態で演奏するわけです。ところが今回は、5か所のうち2つは似た感じでしたが、ほかは全然違う内容だったので。

──つまり4つのチャンネルを切り替えながら世界を回らなければならなかった。

そういうことです。サンパウロはソロ演奏で、ニューヨークとトロントはトリオ。ドイツはオーケストラで、ブダペストはデュオでした。

──ツアーの締めくくりはブダペストだったんですね。

リチャード(サニスロ/Richard Szaniszlo)という素晴らしいビブラフォン奏者とデュオでした。その最終日、ハンガリーに避難しているウクライナ人の方々を招待してチャリティ・コンサートを開きました。

ただ、ウクライナの人たちの前で、僕はどういう気持ちで演奏すべきなのか悩みました。相手が見ている景色や気持ちをちゃんと捉えて、謙虚に誠実に向き合わなければならない。僕は何をすべきか、どうやって届けるか、慎重に考えました。

──その気持ちは、ウクライナの人たちに届いたようですね。

はい。こちらの思いをほんの少しでも受け取っていただけたのでは、と感じました。

──それが今回のツアー中、最も苦心したステージだったのでは?

もちろんウクライナの人たちの前で演奏するのはかなり思い悩みましたが、ある意味、最もデンジャラスでスリリングだったのはドイツです。

あまりに危険なプロジェクト

──ドイツの会場はシュトゥットガルト。オーケストラとの共演でしたね。

今回は僕がアレンジしたモーツァルトをやろう、という内容でした。モーツァルトをやるとなると、いわゆる室内楽のオケなので普通は20人くらいの編成ですよね。ところが僕の場合は80人のオーケストラ用にアレンジし直して、ベースとドラムも入っている。しかも、本来は30分の曲なのに50分くらいあるのです。

これをドイツのシュトゥットガルトのオーケストラで、しかもクラシックのオーディエンスの前でやるわけです。

──ある意味、本拠地ともいえるような場所でモーツァルトをアレンジする。場合によっては冒涜と見做される危険性もありますよね

そうです。ベースとドラムまで入っていますから、ある意味、破壊していますよね。このアレンジ版をやる危険性をじつはオケのメンバーも感じていたようで、下手すると途中で帰っちゃうお客さんがいるかもな……と覚悟を決めてステージに臨みました。

──で、結果は…。

みなさん最後まで聴いてくださいました。とても良い反応でした。終わってすぐに帰ったおじいちゃんが1人だけいましたけどね(笑)。コンダクターも「またこのモーツァルトをいろんなところでやりたいよ」って言ってくれて。嬉しかったです。

──小曽根さんのアレンジが秀逸だったわけですね。

「モーツァルトをジャズでアレンジするとこうなります」みたいな思いで弾くと、おそらくブーイングが来たと思います。クラシック音楽の表面だけを持ってきてイージーリスニングっぽくなるのも危ない。

今回の僕は「モーツァルトの音楽が好きで好きでたまらないジャズピアニストの自分がいる。そんな僕には、モーツァルトがこんなふうに聞こえて来るんです」というものを書きました。それを、ドイツ人やオーストリア人もいるオーケストラのメンバーたちが笑顔で受け入れてくれた。そこがお客さんにも上手く伝わったのかもしれませんね。とにかく今回のツアーはドキドキが多かったですよ。

──そのスリリングな状況も楽しんでいますよね?

もちろん。僕は怖いところに行くのが大好きなんです。ただし、挑戦して成功することもあれば失敗することもある。特に今回のようなクラシックの舞台で、トラウマになるような失敗もやってきましたから。

痛恨のミスで “譜面もの”を封印

僕は25歳ぐらいのときにクラシックのステージで大失敗したことがあります。それが原因で「もう人前でクラシックは弾かない」って周囲に漏らしたほどです。

──その話、詳しく教えてもらっていいですか?

バッハの生誕300周年記念コンサートでベルリンに呼ばれました。そのステージは即興だけやればいいという話だった。ところが現場に行ってみると、即興ともう1曲、バッハの曲を弾いてくれと言われて。そんな話は聞いてないって拒みましたが、相手は「とにかく何か1曲弾いてください」って譲らない。弾けそうなのはインベンションくらいしかないって言ったら「それでいいです」と。

──バッハの中でもいちばんシンプルな部類の曲。

そう、中学生くらいの時に弾いて以来だったから、急いで楽譜を買ってきて、その日に覚えて弾いたのですが、緊張して3か所くらい間違えました。しかも「あ、間違えた」ってわかる間違え方だった。それがヨーロッパ全土にテレビで流れたんですよね。かなり評判が悪かった。それがあって「もう二度と “譜面もの” はやらない」って一度は宣言しました。

その後、譜面のある音楽を人前で弾いたのは97年だったかな。「ラプソティ・イン・ブルー」を弾く話があって、相棒の神野三鈴(※1)に「やりたくないんだ」って話したら「あの時は準備する時間がなかったけど、今回は半年の猶予があるから、練習すれば大丈夫よ」って言われて。そこからですね、再び譜面ものやクラシックをやり始めたのは。

※1:かんの みずず/女優。1992年に舞台「グリーン・ベンチ」でデビュー以降、舞台演劇やテレビドラマ、映画などで活躍。

──やはり練習なんですね。

結局、プレイヤーにとって一番危ないのは「できるという思い込み」なんです。だから、弾いたことのある曲ほど危ない。そこはクラシックでもジャズでも同じです。自分の曲でさえ安心してはいけない。これはもう単純にフィジカルなことなので、前もって練習をやってなかった自分にすごい腹が立つ。なんで弾けると思ったの? って。だからいま僕は全ての曲に対して「弾けません」っていう気持ちです。それを前提に、すべてを組み立てている。

でも、あんな恥をかいたことで「あれ以上ひどいことにはならないだろう」っていう開き直りというか、チャレンジできる強みを得たことも確かです。

──確かに、小曽根さんはジャズとクラシックの双方で、多彩なチャレンジを続けています。今回、ベスト・アルバムが出る「No Name Horses」もそのひとつ。

小曽根真 featuring No Name Horses『THE BEST』(ユニバーサルミュージック)

このバンドは総勢15名のビッグバンド。2004年の結成だから、もう20年近く活動しています。結成当初は、僕が無茶苦茶するからメンバーはみんな面食らっていましたけど、やがて皆それを楽しめるようになっていって、どんどんバンドの音が熟していった。今もずっと楽しさが継続していますね。だから “いぶし銀のベテラン・バンド” には絶対なりたくない。

“吹いていない時”も曲に参加する

──メンバーみんながフレッシュでいるために、小曽根さんは何をすべきですか?

無茶する。想定外のことをやります。

──ははは

もちろん、嫌がらせとか意地悪をするわけじゃないですよ。ただ僕はイタズラ好きなので、彼らが驚くようなイタズラを思いついちゃうんですよ。

このバンドはもう20年近くやっていますが、いまだに、メンバーが驚き呆れるようなことをやりたいと常に僕は企んでいます。僕自身が常識に囚われて小さくまとまっていたら新鮮さは維持できない。だから想定外のことをやりたい。ちょっとした悪戯心が、思わぬ良い結果をもたらすこともありますから。

──メンバーも気を抜けないですよね。

みんな最近はかなり免疫がついてしまいましたが「こいつ、何やり出すかわからないぞ」って心のどこかで思っている。気を抜かずにちゃんと構えている。その状態が重要なのです。想定外の出来事に対しても上手く反応できるし、ハプニングを面白がる心を持つこともできる。つまり、演奏中に気を抜いてなんかいられなくなる。

──ビッグバンドなので、パートによって演奏していない時間もある。そんな “弾いていない時” もきちんと曲に参加している状態を維持したいわけですね。

それが大切なことなのです。音を出していない時も演奏に “参加” してないと、次のセクション入っていざ自分が音を出すときに、同じ気持ちで入れないし同じ状態を引き継げない。

たとえば芝居でも、セリフがない時に気を抜いて休んでいる役者がいたら、お客さんにも伝わっちゃうし、いい舞台にならないですよね。ビッグバンドも同じです。このバンドのメンバーは、自分が音を出していないときも全体をきちんと聴いて、お互いの演奏をしっかり捉えあって、しかもエンジョイしながら参加している。そういう集団でありたいのです。

──だからイタズラもやる。

そうそう、楽しいから休憩している場合じゃない。そんな気持ちにさせるのが僕の役目だと思っています。

新曲を搭載した「ベスト盤」

──今回のアルバム『THE BEST』は、いわゆるベスト盤ですが、過去の楽曲(これまでに6作のアルバムをリリース)に加えて、新曲も収録されていますね。

まず既存の曲については、僕が思う “強い曲” の中から、アルバムを通してメンバー全員がフィーチャーされるように選びました。ノーネームというバンドにはこんなに素晴らしい音楽家が集まっている。そのことを皆さんにぜひ知ってもらいたくて。

たとえばベース・トロンボーンという楽器は滅多にソロがないのですが、「オーケー、ジャスト・ワン・ラスト・チャンス!」という曲では山城純子(ベース・トロンボーン)のソロを存分に聴くことができる。あと「カーネイ」っていう曲が入っていますが、これは宮本大路のバリトンサックスをフィーチャーした曲です。

──残念ながら、宮本さんは2016年に亡くなった…。

彼はノーネームのオリジナルメンバーで、僕にとってすごく大切な存在。ノーネームの歴史を語る上でも絶対に忘れてはならない人です。そんな想いでこの曲を選びました。

──その一方、新録が3曲も。

ベスト盤って言いながら、いきなり新曲「ザ・パズル」で始まりますからね(笑)。

──その「ザ・パズル」は小曽根さんの作曲。あと2つの新録「ノリーンズ・ノクターン」「ラ・フィエスタ」はそれぞれオスカー・ピーターソン、チック・コリアの楽曲ですね。

尊敬するふたりのピアニストの曲を僕がアレンジしました。じつは以前にオスカー・ピーターソンの追悼コンサートでこの曲を演奏したことがあって、機会があればアルバムに入れたいと思ってずっとチャンスを窺っていました。今回ようやく新たに録音できました。

小曽根 真(piano) No Name Horses:エリック・ミヤシロ(trumpet)/木幡光邦(trumpet)/奥村 晶(trumpet)/岡崎好朗(trumpet)/中川英二郎(trombone)/半田信英(trombone)/山城純子(bass trombone)/近藤和彦(alto saxophone)/池田 篤(alto saxophone)/三木俊雄(tenor saxophone)/岡崎正典(tenor saxophone)/岩持芳宏(baritone saxophone)/中村健吾(bass)/高橋信之介(drums)

──チック・コリアの「ラ・フィエスタ」については?

ご存じのとおり彼も昨年亡くなってしまって。

──小曽根さんとチック・コリアの深い友情と、彼へのリスペクトが垣間見えるアレンジでした。

これをチックに聴かせたかった。きっとね、曲の途中で4拍子になるところで「あれはいらない」ってチックは言うと思います(笑)。彼はそれをやらないけど「僕がやるとこうなるよ」っていうアレンジですね。

──過去曲と新録それぞれに物語があり、選曲の意図がある。同時にその配置も絶妙で、アルバムを通して聴くとキュレーションの美しさに気づかされます。たとえば、2枚組CDそれぞれのエンディング曲が「ノー・シエスタ」と「ラ・フィエスタ」になってたり。

韻を踏んでますね(笑)。

──しかも両者は過去曲と新曲で、ラテン音楽としての対比も効いている。これはほんの一例で、アルバムの随所にそうした趣向が施されています

そこは選曲した僕だけでなく、このプロジェクトを知り尽くした担当ディレクターのアイディアにも助けられました。

強烈なトルク感とトリップ感

──このバンドは、そもそもどんなきっかけでスタートしたんですか?

始まりは伊藤君子(※2)さん。彼女のアルバムのレコーディングで集まったメンバーでした。そのとき僕はアレンジャーとして参加して、ビッグバンドを指揮する役回りでした。それで、棒を振りながら自分がアレンジした管楽器の音を聴いて「おい、ちょっと待て。このバンド…凄い音するな!」って思って。

※2:いとう きみこ/ジャズボーカリスト 1982年にアルバム『バードランド(THE BIRDLAND)』でレコード・デビュー。小曽根真をプロデューサーに迎え、ビッグ・バンドを擁したアルバム『一度恋をしたら』を2004年に発表している。

で、レコーディングの3日間で別れてしまうのが惜しくなって「このメンバーでツアーをやりたい」ってみんなに提案しました。でも各々の意思もあるだろうから、お互いに見えないように下を向いて目を閉じてもらって「僕の提案に賛成の人は手を挙げて」って。

──結果は?

全員が手を上げてくれました。その半年後に伊藤君子さんのツアーをやりました。するとメンバーの間で「こういうバンドがあった」っていう記念に1枚アルバム作りましょうよ、って話に自然となっていって、僕やエリック(・ミヤシロ)、三木(俊雄)くんや(中川)英二郎がインストの曲を書いて。それで最初のアルバムができたのです。

──で、気づけば…。

ベストアルバムが出るという(笑)。結成当時は夢にも思わなかったことです。

ビッグバンドを維持するって大変なことです。さっきお話ししたような創意の面だけでなく、メンバー全員が心を一つにできるようなチームづくりにも気を配らなければならない。さらに、お金もかかるので採算を取るための方策も考える必要があります。

──そうした事情で、演奏曲やスタイルに制限がかかってしまうこともありますよね。

そうです。しかし幸いなことに、このバンドのメンバーは皆それぞれが独立したプレイヤーです。各々がこのバンド以外に自分のフィールドを持っている一流の演奏家。だから僕も安心して冒険できる。

──そんな冒険と挑戦の結晶ともいえる今回のアルバムを聴いて、このバンド特有の “トルクの強さ” みたいなものを改めて実感しました。

ああ、素晴らしい表現! その感覚は僕もすごくよくわかる。アクセル踏んだ瞬間にホイルスピンして腰から押されるような、グイグイ進んでいく感じとワクワク感。

──それをグルーヴ感とかスイング感と表現してもいいのかもしれないですけど、ダイレクトなトルク感とでも言いたくなるような駆動力。これと相まって、管楽器特有の “音波の重なり合い” にも、ぶっ飛びますよね。

あれはもう宇宙ですよね。ピアノでは作れない、あの空間とトリップ感を生み出せるのが管楽器なんですよ。

そのことをメンバーのみんなもよく知っています。サウンドをブレンドしてハーモニーを作るときの、音色とか微妙なピッチの取り方とか、入るタイミングとか。それでもう一つの楽器になれる。だから強いトルクを生み出すこともできるのだと思います。僕も毎回、泣けてくるんですよ。「よくもまあ、いちばん欲しい音を、そうやって出してくれるよなぁ…」って。

だからこそ、僕自身も成長していかなければならない。メンバーから「ずっと同じ事やってるな…」って思われちゃダメだし。そこだけは裏切らないように、新しいことに挑み続けなければなりませんね。

──つまり、これからもイタズラは続くと。

あはは、間違いなくそういうことです。

取材・文/楠元伸哉


小曽根真 featuring No Name Horses
THE BEST』(ユニバーサルミュージック)

https://www.universal-music.co.jp/makoto-ozone/products/uccj-2209/

【全国ツアー・スケジュール】

小曽根真 featuring No Name Horses 〜THE BEST〜

6月16日(木)、17日(金)【東京】ブルーノート東京
6月18日(土) 【東京】府中の森芸術劇場 どりーむホール
6月21日(火)【熊本】熊本県立劇場 演劇ホール
6月23日(木)【福岡】福岡サンパレス ホテル&ホール
6月24日(金)【大分】iichiko グランシアタ
6月25日(土)【山口】山口市民会館 大ホール
6月26日(日)【広島】東広島芸術文化ホールくらら
6月30日(木)【福井】ハーモニーホールふくい
7月1日(金)【愛知】刈谷市総合文化センター アイリス
7月2日(土)【三重】三重県総合文化センター 三重県文化会館
7月3日(日)【兵庫】川西市キセラホール

小曽根真クリスマス・ジャズナイト2022
12月21日(水)、22日(木)【東京】Bunkamuraオーチャードホール

【2023年】
2月5日(日)【東京】かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール
2月10日(金)【大阪】フェニーチェ堺
2月11日(土)【兵庫】アクリエ姫路 中ホール
2月12日(日)【奈良】大和高田さざんかホール

〈小曽根真 公式サイト〉
https://makotoozone.com/