投稿日 : 2021.02.24 更新日 : 2021.12.03
【小曽根真 インタビュー】30代の挫折「あのとき、生き直すことができたから今の自分がある」─60代の新章スタートはジャズ&クラシック独奏
取材・文/二階堂 尚
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デビューから37年。小曽根真の新作『OZONE 60』は、タイトルどおり今年60歳を迎える彼が一つの節目として録音した2枚組のソロ・ピアノ・アルバムだ。ジャズという決して平穏ではない世界で、40年弱にわたってトップ・ミュージシャンであり続けることの困難は、おそらく本人にしかわからない。これまでのキャリアを振り返りながら、クラシックとオリジナルのジャズ曲に取り組んだ意欲作について語ってもらった。
あの「53日間」があったから
──昨年の緊急事態宣言下、自宅からの連日のピアノ演奏配信が大きな反響を呼びました。53日連続というのは世界でも例がないのでないでしょうか。
辛い思いをしている人たちがいる中で、僕は音楽家としてできることをやろうと思って始めたのですが、逆に皆さんから自分がピアノを弾く意味を教えられた気がします。毎日リアルタイムで見てくれた人がたくさんいて、寄せられるコメントも温かいものばかりでした。音楽を奏でる一人の人間として、すごく勇気づけられました。
──あの時のソロ演奏から、今回のソロ・アルバムのアイデアが生まれたのですか。
60歳記念のアルバムは、以前からソロにしようと考えていました。そして、これまで応援してくださった皆さんに感謝の気持ちを伝えるのがこのアルバムの大きな意味で、それには今のありのままの自分の姿をさらけ出すことが必要だと思ったからです。
でも、自宅のスタインウェイを新作に使おうと思ったのは、あの自宅からの配信の日々があったからです。毎日1時間ずつ弾きこんだピアノを、レコーディングをする水戸芸術館まで運びました。その意味では、新作はあの53日間と確実につながっています。
──アルバム・デビューが1984年ですから、40年近く演奏活動を続けてきたわけですよね。これまで音楽家としてのターニング・ポイントのようなものはありましたか。
幸いなことに、壁にぶつかったり迷ったりしたことは、音楽面では一度もありませんでしたね。本当に恵まれたキャリアを歩ませてもらったと思っています。ほぼ年に1枚のペースで新作を発表する機会をいただいたし、そこでは色々な表現にチャレンジさせてもらいました。いくつかのレコード会社を渡り歩いてきましたが、誰からも音楽の方向性を指示されたことはありません。その時々の小曽根真を信頼していただいて、好きにやらせてもらいました。
デビューアルバムを発表した1984年、小曽根はゲイリー・バートン・カルテットのメンバーとして抜擢され、ワールドツアーに参加。日本のジャズフェスティバル(Budweiser Newport Jazz festival In 斑尾)にも出演した。このとき23歳。
よく「100回のリハより1回の本番」と言いますが、僕らアーティストは、その時に「ベスト」だと信じることのできるアルバムをつくって、それを世に発表する。そのプロセスがあるから、そのつど次のステップに進むことができるんです。その積み重ねがあったからここまで来ることができたと思っています。ですから、レコード会社とファンの皆さんには感謝しかありません。
シーンに馴染めず、孤立を感じ、ふてくされ…
──挫折したことは一度もなかった?
音楽的にはね。でも、一人の人間として生き方を変えなければならないと思ったことはあります。アメリカから日本に帰ってきて何年か経った頃で、30代の後半くらいでした。僕はアメリカをもう一度活動の拠点にしたいと思っていたのですが、ビザの問題などでそれが叶いませんでした。当時の日本のジャズ・シーンにもあまりなじめず、孤立感を感じてふてくされているような時期がしばらく続きました。
今にして思えば、アメリカに住めないなら住めないなりにやり方はいろいろあったはずだし、僕が孤立していたのは自分に驕りがあったからです。それを他人のせいにしていたんですよね。そのことに気付いた妻にそこを指摘されて生き直すことができたから、今の自分があると思っています。
【プレイリスト】
小曽根真が選んだ “私の半生を彩る大切な10曲”「これまでの人生で出逢った音楽の中から、忘れられない大切なナンバーを10曲厳選しました。僕のルーツも垣間見られると思います」(小曽根真)
──クラシックに取り組み始めたのもその頃ですか。
それはもう少しあとですね。2003年だから、42歳の頃です。札幌交響楽団の定期演奏会でソリストをやってほしいと頼まれたのがきっかけでした。それまではクラシックの楽しさがよくわからなかったし、そもそも譜面を読むのが苦手だったので、ずっと距離を置いていました。
クラシックの素晴らしさを知ったのは、ピアニストとしてよりも作曲家としてでした。作曲家の視点でモーツァルトの楽譜を見ると、本当に素晴らしかった。200年以上前にこんなことをやっていたんだとびっくりしました。そこからですね、クラシックに真剣に取り組もうと思い始めたのは。
クラシックにアドリブは禁じ手?
──新作『OZONE 60』は2枚組。1枚目は「CLASSICS + IMPROMPTU」と題されたクラシック曲集となっています。“IMPROMPTU” はインプロヴィゼーション(即興演奏)ということですね。
そうです。クラシックを演奏し始めた頃は、とにかく譜面通りに弾いてクラシックの「言語」をしっかり身につけたいと思っていました。でも、17、18年くらいクラシックをやってきて、それぞれの曲の世界に僕なりの語り口を加えてもいいかなと思えるようになりました。それで今回はアドリブを入れてみました。
──クラシックの側から見ると、クラシックの曲にインプロヴィゼーションを混ぜ込むのは禁じ手という気もしますが……。
クラシックの演奏家でも即興をやりたいと思っていらっしゃる人はたくさんいますよ。モーツァルトだって即興演奏家でしたよね。でもね、ベートーベンの作品は即興をするスペースを与えてくれません。譜面どおりに演奏した方がはるかにいい音楽になるんです。即興が合うかどうかは、作品によりますよね。
──ソロでの多重録音にも挑戦しています。
以前にも一度、『フォーリング・イン・ラヴ・アゲイン』の「インプロヴィゼーション #6」で試した手法です。まさに、自分の中の自分と即興を通じて対話したという感じですね。完全即興ですからまさしく「一期一会」、二度と再現することはできません。
──2枚目は「SONGS」と題されたジャズ篇ですね。すべてオリジナルで、曲のスタイルが多様なのが印象的です。
多様ではあるのですが、多くの曲に共通するのがブルースの要素です。自然に曲をつくって演奏したら、そうなったということなのですが、今回書き下ろしたオリジナル曲は今までで一番ブルース色が強い作品だと思います。
──コード進行がブルースというわけではなく……。
そう、表面的な形式ではなく、フィーリングです。どうしようもなさを感じながら、その悲しみを昇華させながら、前に進んでいく。そんなポジティブなエネルギーがブルースにはあると僕は感じています。音楽においてはとても大事な要素ですよね。
僕の中にあった “スラブの感覚”
──1枚目がクラシック編なら、2枚目はブルース色の強いオリジナル編ということですね。一方、スパニッシュ・タッチの曲があったりもします。
「オベレク」ですね。フラメンコのようなフィールも入っていますが、じつは「オベレク」というのは東ヨーロッパのダンスの名前なんです。10年くらい前、『ロード・トゥ・ショパン』のレコーディングでポーランドに行っていた頃に書いた曲で、スラブ系の音楽のフィーリングを意識的に取り入れています。
──1枚目で取り上げているプロコフィエフもモシュコフスキもスラブ系の作曲家ですね。
スラブのフィーリングが僕にはよく合うみたいです。『ロード・トゥ・ショパン』で共演したボーランドのボーカリストのアナ・マリア・ヨペックにも、僕の演奏にはスラブの感覚があると指摘されたことがあります。
──こうやってお話を聞くと、音楽言語が非常に豊かな作品ということがよくわかります。
とてもリラックスした状態でつくれたので、奥の方からいろいろなものが自然に出てきたんでしょうね。曲のスタイルは多様ですが、「自然さ」という点ではっきりした統一性があるアルバムだと感じてます。
──コロナの影響も心配されますが、ライブが楽しみです。
サントリーホールからスタートして、47都道府県をすべて回る予定です。ファンの皆さんに感謝の気持ちを直接伝えられる機会なので、僕自身とても楽しみにしています。
──このアルバムから新しい章がスタートしそうですね。
そう思います。60歳が折り返し、と言うと120歳まで生きなければならなくなってしまいますが(笑)、ここが一つの節目になることは間違いないですね。コロナショックの中で、以前よりも「素」の表現ができるようになったと僕は感じています。ここから先、新しい自分を見せていきたいですね。
取材・文/二階堂 尚
小曽根真 60TH BIRTHDAY SOLO
OZONE 60 CLASSIC × JAZZ2021年3月25日に60歳の節目を迎えるジャズ・ピアニスト小曽根真が贈る、クラシック×ジャズの2つの顔で綴るソロ公演。
●3/25(木)19:00開演 会場:東京・サントリーホール
●3/27(土)14:00開演 会場:名古屋・愛知県芸術劇場コンサートホール
●3/28(日)15:00開演 会場:秋田・アトリオン音楽ホール
●4/3(土)14:00開演 会場:大阪・ザ・シンフォニーホール
●5/1(土)17:00開演 会場:茨城・水戸芸術館コンサートホールATM
●5/3(月・祝)15:00 開演 会場:宮崎・メディキット県民文化センター
●5/22(土)15:00 開演 会場:福岡・福岡シンフォニーホール
●5/25(火)19:00開演 会場:盛岡・キャラホール・都南公民館
●6/6(日)15:00 開演 会場:埼玉・川口総合文化センターリリア音楽ホール
●7/17(土)17:00 開演 会場:滋賀・滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール
●7/31(土)17:00 開演 会場:福島・いわき芸術文化交流館アリオスほか、順次発表予定
小曽根真『OZONE 60』
2021年3月3日(水)発売
SHM-CD仕様 UCCJ-2190/1 \4,400(税込)
Verve/ユニバーサルミュージック
CD 1 – CLASSICS + IMPROMPTU
01.ラヴェル:ピアノ協奏曲 第2楽章 ホ長調 / Ravel: Piano Concerto in G Major, M. 83: 2. Adagio assai
02.ディパーチャー / Departure
03.モーツァルト:小さなジーグ ト長調 K.574 / Mozart: Eine kleine Gigue in G Major, K.574
04.プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ 第7番 変ロ長調 作品83《戦争ソナタ》第3楽章 / Prokofiev: Piano Sonata No.7 in B-Flat Major, Op. 83: 3. Precipitato
05.モシュコフスキ:20の小練習曲 作品91 第8番 ロ短調 / Moszkowski: 20 Petit Etudes, Op.91: No. 8 in B Minor: Moderato
06.2台のピアノによる即興~パート1 / Conversations With Myself – Part 1
07.2台のピアノによる即興~パート2 / Conversations With Myself – Part 2
08.モシュコフスキ:20の小練習曲 作品91 第20番 変ト長調 / Moszkowski: 20 Petit Etudes, Op.91: No. 20 in G-Flat Major: Allegro Moderato
CD 2 – SONGS
01.ガッタ・ビー・ハッピー / Gotta Be Happy
02.ニード・トゥ・ウォーク / Need To Walk
03.ザ・パズル / The Puzzle
04.耳を澄ませて… / Listen…
05.ストラッティン・イン・キタノ / Struttin’ in Kitano
06.オールウェイズ・トゥゲザー / Always Together
07.オベレク / O’berek
08.誰かのために / For Someone
※カタログ再発
OZONE 1994-2010
2021年3月3日(水)発売
全15タイトル SHM-CD仕様 各\1,980(税込)
Verve/ユニバーサルミュージック
<ラインナップ>
小曽根真 『ブレイクアウト』(UCCJ-4163)
小曽根真 『ネイチャー・ボーイズ』(UCCJ-4164)
小曽根真THE TRIO 『ザ・トリオ』(UCCJ-4165)
小曽根真THE TRIO 『スリー・ウィッシズ』(UCCJ-4166)
小曽根真THE TRIO 『ディア・オスカー』(UCCJ-4167)
小曽根真THE TRIO 『ノー・ストリングス・アタッチト』(UCCJ-4168)
小曽根真THE TRIO 『パンドラ』(UCCJ-4169)
小曽根真THE TRIO 『ソー・メニ―・カラーズ』(UCCJ-4170)
小曽根真 『トレジャー』(UCCJ-4171)
小曽根真THE TRIO 『リボーン』(UCCJ-4172)
小曽根真THE TRIO 『新世界』(UCCJ-4173)
小曽根真THE TRIO 『REAL』(UCCJ-4174)
小曽根真 『フォーリング・イン・ラヴ・アゲイン』(UCCJ-4175)
小曽根真 『ロード・トゥ・ショパン』(UCCJ-4176)
小曽根真&塩谷哲 『デュエット』(UCCJ-4177)
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