投稿日 : 2019.12.09 更新日 : 2022.01.05

【ボブ・ジェームス】最近の私にもっとも影響を与えたのはヒップホップだろうね…

取材・文/宇野維正 写真/山下直輝

ボブ・ジェームス インタビュー

2018年10月2日公開記事を再掲


2018年8月、ボブ・ジェームスの新アルバム『エスプレッソ』がリリースされた。トリオ名義としては約12年ぶりとなる本作は、“ジャズの言語で弾いた”という端正なピアノトリオ曲が主軸。しかし、本人はこうも語る。

「若かりし頃の“大胆さと前向きさ”を思い返すために制作した」

さらに “ヒップホップへのアンサーだ”という収録曲「サブマリン」は驚きの内容。そんなアグレッシブな新作を完成させたボブ・ジェームスを直撃した。

回り道した人生を振り返る

——新作のピアノ・トリオ作品『エスプレッソ』は、あなたの長く偉大なキャリアにおいてバック・トゥ・ルーツ的な意味合いを持つ作品であると思うのですが、どのような経緯で制作されたのでしょうか?

このくらいの歳(現在78歳)になると、人生を振り返って『果たして自分の人生はこれで良かったのだろうか?』ってことを考えるようになるんだ。自分にとって音楽は常に“冒険”であり続けてきたけれど、ピアノ・トリオからスタートした自分のキャリアは、想像していた以上にたくさんの回り道をしてくることになった。

ミズーリの田舎からニューヨークに出てきてから、本当にあらゆるタイプのバンドに参加してきて、自分たちでもフォープレイを結成して、ここまでやってきたわけだけど、この歳でまだ“自分の音楽”をやるチャンスに恵まれたことにとても感謝している。自分にとって今なお最も得意としていることは、こうしてジャズの言語を用いてピアノを演奏することなんだ。

ボブ・ジェームス 『エスプレッソ』(エボ サウンド)

——おっしゃるように、“ジャズの言語”というのは『エスプレッソ』という作品の中心にあるものだと思います。ただ、一方でこの作品はいわゆるジャズ・リスナーだけではなく、とても広い層のリスナーが楽しめる作品になっていると思いました。

リスナーが作品にどのように反応するのかということは、いつも自分自身にはわからないものなんだ。自分のこれまでの音楽家としての人生を振り返ってみると、常に周囲から期待されているものとの戦いの連続だったように思う。成功するためのフォーミュラ(決まりごと)のようなものを示された時でも、私は自分自身から湧き出てくるインスピレーション、サウンド、テンポに従ってきた。

今回のアルバムに〈モヒート・ライド〉という曲があるだろう? 自分にとって音楽というのは乗り物で、そこにライドしてドライバーとなるのは、常に自分自身なんだ。もしジャズ以外の音楽が好きな人もそのライドを楽しんでくれているのなら、それはとても嬉しいけどね。

エスプレッソ・カップを蒐集

——こうしてお話をしている時も、あなたはエスプレッソを注文して飲んでいます。今作のタイトル『エスプレッソ』には、何か特別な思い入れがあるのでしょうか?

もちろんエスプレッソは大好きなんだけれど、それ以上に自分はエスプレッソ用の小さなカップのコレクターなんだ(笑)。60年代から演奏のために世界中を旅してきたわけだけど、いつ頃からかその途中で世界中のいろんな国、いろんな都市のエスプレッソ・カップを家に持ち帰るようになったんだ。空港を探してみると、大体その街の名前やイラストが入ったエスプレッソ・カップが見つかるんだよ。

——ああ、お土産のスノードームみたいな感じですね(笑)。

そうだね(笑)。いつのまにか、自宅のリビングの棚にも、スタジオの棚にも、膨大なエスプレッソ・カップのコレクションが並ぶようになった。そうすると今度は、それを目にしたことのある友人やミュージシャン仲間が、誕生日やクリスマスになると珍しいエスプレッソ・カップをプレゼントしてくれるようになったんだ。だから、今でもそのコレクションは日々増え続けている。

今回の『エスプレッソ』のアートワークでも、当初は収録曲それぞれに、その曲のイメージに相応しいカップの写真を載せようと思っていたんだけど、『さすがにそれはやりすぎかも』と思いとどまったんだ(笑)。

——自宅とご自身のスタジオの話が出ましたけれど、それは隣接しているんですか?

その通り。今はミシガン州のトラバース・シティという街に住んでいて、自宅の横にスタジオも構えている。とてもいい街でね。日本でいうと、札幌のような感じだね。

——アメリカのプロ・ミュージシャンでミシガン州に在住というのは、わりと珍しいのではないですか?

故郷のミズーリからミシガンには、最初は進学のために出てきたんだ。ミシガン大学に通っていて、そのキャンパスで出会ったのが現在の妻で、ミシガンは彼女の故郷でもある。

プロのミュージシャンになってからは長いことニューヨークにも住んでいた。ジャズのミュージシャンにとって、もちろんニューヨークはとても刺激的な街だし、若い頃は街から多くのことを学ばせてもらった。でも、今はもっと静かな環境で音楽や人生と向き合うことを求めているんだ。それに静寂や自然だけではなく、自分が住んでいるトラバース・シティには様々なカルチャー施設があって、ミシガンの中でもとても文化的な空気が流れている街なんだ。

ヒップホップへのアンサー

——あなたがこれまで送ってきた長い人生や現在の生活は、あなたのピアニストとしての演奏に、どのように影響していると思いますか?

音楽がピュアでナチュラルなものだとするならば、それは必ず演奏者の人生が反映されていくものだと思う。特にジャズはインプロビゼーションの音楽だからね。きっと自分の演奏からは、南部出身の母親から受け継いだニューオリンズ・ジャズの要素や、故郷のミズーリで囲まれてきたカントリー・ミュージックからの影響も聴き取ることができるだろう。そんな中で、最も新しい影響元はきっとヒップホップだろうね。

私にとってヒップホップは自分から熱心に聴くものではなくて、数々のヒップホップ・アーティストから自分の音源をサンプルのネタとして使われることで意識するようになった、向こうからやってきた音楽だった。それでも、自分の音楽的ボキャブラリーの中で、ヒップホップの要素というのは確実にそのひとつとなっている。『エスプレッソ』の最後に収録した〈サブマリン〉という曲は、私からのヒップホップ・ミュージックへのアンサーなんだよ。

——今回(2018年10月)の来日時には、初めてDJとしてもプレイされますよね。

自分にとってまったく新しいチャレンジだ。今回はオファーを受けたから初めてやってみることにしたわけだけれど、長く生きていると、本当に何が起こるのかわからないね(笑)。基本的にはこれまで散々いろんなアーティストにサンプリングをされてきた、自分の音源を中心にプレイしたいと思っている。

——自分の音源を中心に回すって、まるでEDMのDJみたいですね(笑)。

そうなのか(笑)?

取材・文/宇野維正
撮影/山下直輝

オフィシャルHP
http://bobjames.com/