投稿日 : 2020.06.08

【ジョアン・ジルベルトの名盤】ブラジル音楽の達人が “おすすめのアルバム”を解説

ブラジル音楽のなかでも特に認知度が高く、日本での人気も高いボサノヴァ。その創始者のひとりジョアン・ジルベルト(2019年7月6日に死去)が遺した名演・名盤を紹介。解説は、ブラジル音楽に造詣の深い音楽プロデューサーの中原仁さん。

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ジョアン・ジルベルトの代表作

解説:中原 仁

『想いあふれて/Chega De Saudade』(1959年)


アントニオ・カルロス・ジョビン曲のほか、ドリヴァル・カイミ、カルロス・リラなどの作品を歌った、記念すべきデビュー・アルバムです。打楽器の使い方などに少々、古臭さあって、ジョアンの斬新さに当時の制作陣がついていけていなかったことがわかります。最後の「エ・ルッショ・ソー」のギターの異次元のグルーヴ感をぜひ聴いてほしいですね。

『愛と微笑みと花/O Amor, O Sorriso, E A Flor』(1960年)


アルバム・タイトルは、収録曲「メヂタサォン」の歌詞の一節から取られたもので、当時の平和なブラジルの世相を象徴するタイトルです。ジョビンとの共同作業の頂点をなすアルバムといってよく、曲も粒よりです。「ワン・ノート・サンバ」「コルコヴァード」などジョビンの有名曲のほか、晩年までのレパートリーであったサンバ「オ・パト」も収録されています。

『ゲッツ~ジルベルト/Getz/Gilberto』(1964年)


主役はもちろんスタン・ゲッツとジョアンですが、じつはジョビンの存在が非常に大きい作品です。レコーディングで無理難題を押しつけるゲッツに対して、ジョアンはしばしば気分を害したと伝えられていますが、それをまとめたのがジョビンでした。これがジョアンの4作目になりますが、ブラジルでレコーディングされた最初の3枚を音質の面で大きく上回っています。

『三月の水/João Gilberto』(1973年)


日本語タイトルは「三月の雨」とすべきですが、それ以外はケチのつけようがない名盤です。1曲目の「三月の雨」は、ボサノヴァの黄金時代が過ぎた70年代になってジョビンが作った曲で、彼のバックグラウンドにある自然賛歌をシンボリックに表現しています。文にならない単語の連なりで作られた歌詞を、ジョアンは言葉の間合いをつめる独特な唱法で歌っています。この歌い方は、晩年になっていっそう顕著になりました。ブラジルでは「ゼン(禅)ボッサ」という愛称で呼ばれているアルバムです。

『イマージュの部屋/Amoroso』(1977年)


プロデューサーはトミー・リピューマ、録音エンジニアはアル・シュミット、オーケストラ・アレンジはクラウス・オガーマン。黄金トリオが手掛けた、誤解を恐れずに言えば “AOR路線”とも言える作品で、ストリングスを使ったジョアンのアルバムの中では断トツに出来がいいと思います。最後の「白と黒のポートレート」を聴くと、別世界に連れていかれるような感覚になります。

『海の奇跡/Brasil』(1981年)


ブラジルの大作曲家アリ・バホーゾの代表曲「ブラジルの水彩画」。その史上最高のバージョンで幕を開けるアルバムです。ジョアン、カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジルが交代でワンコーラスずつ歌っています。また、カエターノの妹マリア・ベターニアも一曲に参加しています。自分を師とあおぐミュージシャンたちとともにジョアンがつくり上げた本当に美しいアルバムです。

『ジョアン~声とギター/João:Voz E Violão』(2000年)


プロデューサーはカエターノ・ヴェローゾ。ジョアンのスタジオ作品の中で完全弾き語りは、じつはこの一枚だけです。過去の代表曲「想いあふれて」と「ヂザフィナード」の弾き語りバージョンが貴重ですが、初録音のサンバ古典も聴きものです。収録時間は30分程度と非常に短いけれど、何も足す必要はないし、何も引くことはできない。そんな作品です。

『イン・トーキョー/João Gilbert in Tokyo』(2004年)


2003年の初来日では、2日目の公演が圧巻でした。その2日目のステージを記録したライブ作品です。ジョアンのチェック用にDATで録音していた音源でしたが、あまりにも出来がいいので作品化することとなったという経緯があります。DATの長時間テープは薄く、最後の方の曲はノイズが入って使えませんでした。したがって、収録されているのはステージの後半途中までですが、それで何の文句もありません。巨匠が日本のオーディエンスとともにつくり上げた素晴らしい音と雰囲気をぜひ味わっていただきたいと思います。

 

解説:中原 仁(なかはら じん)
音楽・放送プロデューサー/選曲家。1954年・横浜生まれ。77年からFM番組の選曲・構成を始め、並行して84年までジャズ・フュージョン系のマネージメントとプロデュースに従事。85年から現在まで約50回ブラジルを訪れ、現地でショーロ・クラブ、ジョイス、Saigenji、akiko、村田陽一 with イヴァン・リンス、高野寛などのCD制作、山下洋輔ブラジル公演(95年)のコーディネート、国際交流基金主催リオ公演&東京公演の演出などに携わる。放送31周年を迎えるブラジル音楽中心の番組 「サウージ!サウダージ」(J-WAVE)をはじめとするラジオ番組のプロデュースからコンピレーションCDの監修、コンサートの企画プロデュース、ライター、DJ、MC、講師まで幅広く活躍している。近年も『アーキテクト・ジョビン』(伊藤ゴロー アンサンブル)の共同プロデュース、コンピレーションCD『SAÚDE! SAUDADE…30+beyond』の監修/選曲、著作『21世紀ブラジル音楽ガイド』の監修などを手がけている。
http://blog.livedoor.jp/artenia/