投稿日 : 2020.08.18

西山 瞳 ─ジャズ・スタンダードからヘヴィ・メタルまで…「どっちのファンも裏切らないように」【Women In JAZZ #24】

インタビュー/島田奈央子 構成/熊谷美広

西山瞳 インタビュー

西山瞳は、2006年のデビュー以来、繊細かつリリカルな演奏で高い人気を獲得する一方、ヘヴィ・メタル楽曲をジャズにアレンジしてアグレッシブに演奏するなど、大きな“振れ幅”を持ったピアニストだ。そしてその自由なスタンスが、彼女の音楽をより一層魅力的で個性的なものにしている。そんな彼女が約7年ぶりとなるソロ・ピアノ・アルバムをリリースした。

ソロ・ピアノは弾きたいことを自然に

──最新アルバム『Vibrant』は、ピアノ・ソロ作品です。今回、独奏というフォームを選んだ理由は?

2019年の1月頃に、あるレコード会社からソロ演奏のアルバムのお話をいただいて。そこから曲を書き始めました。でもそのレコード会社が抱えている他のアーティストが急に売れて忙しくなって、私のアルバムが後回しになってしまって。「だったら自分でやります」と、許可をもらって自主制作でやることにしたんです。

西山瞳『Vibrant』(Meantone Records)

──作曲する上で、どんなことに気を遣いましたか?

ニュートラルで、いちばん弾きたいものを弾く、という感じで作っていきました。実際は収録曲の倍ぐらいの曲を書いていて、もっと抽象的な感じの曲もあったんですけど、結果的に曲のメロディや形がはっきりしているものが中心になりましたね。そっちのほうがまとまりが良かったので。

 

──とても自然体でソロに挑んでいるなという印象を受けます。

ソロでライブする時もそうですけど、事前にこうしようとか思っていたら、あまりいいことにならないというか、打算的になっちゃうというか。だからなるべく脚色がないように、素直に弾きました。ちなみに、レコード会社が介在すると、どうしても演奏にトピックを作らなきゃならない。オンエア推奨曲とか、この曲が売りだとか。でも今回は全部自分でやったので、何もノイズが無い状態というか、そういうことをまったく考える必要がなかったので、やりたかったものがそのままできたと思います。

──アルバムの核になるような曲もない、ということですか?

タイトル曲の「Vibrant」は、ひとつの軸になっています。この曲は、ベースの安ヵ川大樹さんとバイオリンのmaikoさんと3人で作った『The Tree Of Life』(2019年)というアルバムに入れていたんです。けど、ソロでもう1回やりたいというのはずっと思っていて、それが軸になって、他の曲を選んでいったというところはありますね。

『The Tree Of Life』(D-neo)

──2013年にもソロ演奏のアルバムをリリースされています。今作との違いを挙げるなら、どんなところでしょう?

年々、適当になっていってるというか、あんまり頑張らない方向に進んでいます。そのほうがいい結果になるんじゃないかな、と感じていて。思ってもないことは弾きたくないし、逆に「弾きたい」と思えることを増やさなきゃいけないな…とも感じています。

──今回、演奏したピアノはファツィオリ(注1)なんですね。

注1:Fazioli s.r.l. 社。パオロ・ファツィオリが1981年に創業したイタリアのピアノ・メーカー。

昔からファツィオリは好きだったし、憧れの楽器だったので、使える時はなるべくファツィオリで録音したいなと思っています。

──ファツィオリのどんなところが好き?

とっても人間らしい音がする。スタインウェイ(注2)も気持ちがいいんですけど、“すごくよくできた精密機械”っていう感じがするんです。これに比べてファツィオリは楽器のキャラクターが全然違う。奔放というか、自由に楽器が歌ってくれるような感じがすごく好きです。

注2:スタインウェイ・アンド・サンズ(Steinway & Sons)。1853年にニューヨークでドイツ人ピアノ製作者ヘンリー・E・スタインウェイによって設立されたピアノ・メーカー。世界中のピアニストたちから愛され続け、高い評価を得ている。

──ファツィオリは鍵盤が重いし、重厚すぎて圧倒されてしまうという人もいるようですけど。

それは弾き慣れていないだけだと思います。あと、いいファツィオリの録音を聴いていないと、イメージしにくいとは思いますね。私は、ありがたいことに何回も弾かせていただいているのと、好きなエンリコ・ピエラヌンツィ(注3)の録音をいっぱい聴いていたこともあって、自分のイメージする「いい音」というのが、たぶんファツィオリになっちゃってるんだと思います。

注3:イタリアのベテラン・ジャズ・ピアニスト。1970年代から世界的な活動を展開し、これまでに60枚以上のアルバムをリリースしている。ビル・エバンスから影響を受けつつも、独特の感性で奏でる繊細でメロディアスなプレイは、日本にもファンが多い。

“女性ピアニスト”って紹介されたくない

──西山さんって、すごくおしとやかなイメージがあるんですけど、実際の活動はすごくアグレッシブですよね。

全然おしとやかじゃないですよ。20年くらい演奏活動をしていると、周りのミュージシャンの中には辞めたりする人も多いんですよ。音楽を続けるのって、楽天的であることも重要だと思っていて。幸いなことに、私はあまり物事を深刻に受け止めすぎないというか、受け流すことが上手みたいで。

──ジャズ界って、圧倒的に男性ミュージシャンが多いですよね。その点で、何か思うところはありますか?

素晴らしいジャズ・ミュージシャンの方々って、共演者を性別でみていないし、自立したミュージシャンとして向き合ってくださいます。ただし、女性同士だと、旅はメチャメチャ楽しいですよ。一緒にご飯食べに行ったり、お互いに抱えている悩みとかを話し合ったり。

──ビジュアル面で気を遣っていることなどはありますか?

汚くない程度にしているくらいです。お金を払ってライブに来ていただいているので、失礼にならないようには気をつけてます。あと、健康上の理由で、去年から眼鏡をかけて演奏するようになったんですけど、眼鏡をかけて演奏する女性ミュージシャンってあまりいないですよね。これって、見た目も含めて(女性ミュージシャンたちが)自主規制していたところもあったと思うんです。私はある程度の年齢を重ねてきたので、そんなこと気にせずに好きなことをやってもいいだろうと思って。これからは眼鏡で演奏するって宣言しました。

──“女性”ということに、必要以上にこだわらないということですね。

私がデビューした頃は、どうしても「女性ピアニスト」って紹介されることが多かったんですけど、今は時代も変わってきましたよね。外見も込みで売り出すとか、女性だから集客のために何かをしなきゃいけないとか、そういうのはもう止めたほうがいいかなって。最近は、私のことを “女性ピアニスト”とか書かれると、やめてって言ってます。そういうレッテルの貼り方で、道をひとつに決めてしまうのは、あまり良くないなって思いますから。

──西山さんは、色っぽさで売っているわけでもなく、中性的な魅力もあるのかなって感じます。

中身が女性っぽくないですからね。今までもレコード会社に撮っていただいたアルバム・ジャケットやアーティスト写真に対して「これはちょっとエロいから止めて」とか「これは私の見られ方としてはあまり良くないかな」とか、言いたいことは言ってきました。

ジャズとメタルは同じ“掘り方”ができる音楽

──西山さんといえば、ヘヴィ・メタルの曲をジャズで演奏したNHORHM(New Heritage Of Real Heavy Metal)というプロジェクトも話題になりました。それまでの活動とは全くイメージが異なっていたので、けっこう驚きがありました。

そう感じる方もいらっしゃるでしょうね。ジャズもそうですけど、メタルもジャンル的な偏見というか、ステレオタイプのイメージがありますから。

──そもそもメタルの曲をジャズでやろうという発想は、どんなところから出てきたのですか?

レコード会社のディレクターの、お酒の席での提案です。アニソンのカバーとか、ビートルズのカバーとか、いろいろなジャズのカバーはあるけど、メタルのジャズ・カバーって、どう? って。それを聞いて、もし誰かがやるのなら、私が先にやりたいなと思って。

西山自身が影響を受けたヘヴィメタルの楽曲をピアノトリオでカバーするというコンセプトでスタートした”NHORHM” (エヌ・エイチ・オー・アール・エイチ・エム)これまでに4作のアルバムを発表。写真左上から時計回りに『New Heritage Of Real Heavy Metal』(2015年)、『New Heritage Of Real Heavy Metal Ⅱ』(2016年)、『New Heritage Of Real Heavy Metal』(2018年)『New Heritage Of Real Heavy Metal extra edition』(2019年)。

──それまでヘヴィ・メタルを聴いたことは?

高校生の時にずっと聴いてました。メタルも、ジャズみたいに歴史とか共演者を追って聴く文化があるんですね。私も高校時代にそんな音楽の掘り方をしていたので、メタルやジャズをあまりわかっていない人に、洒落でやられたらイヤだな…という思いもあったので、「私がやりたい!」って飛びつきました。

──ヨーロッパのメタルのミュージシャンには、クラシックをルーツに持つ人も多いですよね。

そうですね。だから、何でこんな音楽になってるのかな、という興味もあって聴いてました。(メタルとクラシックの)共通点としては、高度な演奏技術が要求されること。あと、リスナーの凝り方だったり、ジャンルに対するリスペクトみたいなものがすごく高い。なので、どっちのファンも裏切らないようにしないと…とは思っています。

──メタルの曲のジャズ・アレンジって、どんな風にやっていくんですか?

曲を採譜して、構造を分析して、というところから始めるんですけど、NHORHMの場合、普段ジャズを聴いていないお客さんが半分以上いる状態なので「どうやったら馴染みのないジャズを楽しんでいただけるか」ってところにすごく注力しています。ジャズ的な面白さと、メタルへの理解の深さを両立させるアレンジって、けっこう時間がかかるんですけど、その作業がすごく面白いんです。

──さっき、エロいジャケットはイヤだという話がありましたけど、NHORHMのファースト・アルバムのジャケットって、女性のヌード写真でしたよね。

最初はヌードの予定じゃなかったんです。でも彼女もカメラマンも乗ってきて、楽しくなってヌードになっちゃって。ちなみに、「男性社会の中で男性が女性の裸を利用すること」と、「女性が自らの意思で脱いで表現すること」は、全く別の話です。問題は、主体的にそれを選ぶか、客体として消費するのかの違い。この撮影は、モデルのルキノさんと、女性カメラマンと、私と、女性が主体的に選んだ表現行動です。

『New Heritage Of Real Heavy Metal / NHORHM』(Apollo Sounds)

ジャズのアルバムジャケットの歴史の中で、女性のセクシーなジャケットがこれまで沢山ありましたが、そのほとんどは男性社会の中で売るために選ばれたイメージであり、女性が主体的に選んだものは少ないでしょう。制作側も購買層も、圧倒的に男性が多かったですからね。

私たちは主体的に選びました。カメラマンも私も、彼女の全身で表現するポーズの一々に、綺麗、かっこいいと思って、エロいなんて視点は微塵もなかったんです。女性としてかっこいいと思う。誰にも媚びない自立した美しさというか。

でも多くの方には、客体として選ばれてきたエロジャケと変わらないように伝わるでしょう。問題ジャケットになると思っていましたよ。でも私たちの美意識はちゃんと表現できましたし、これで良かったと自信を持っています。

──そこは非常に大事なポイントだし、このインタビュー連載の重要なテーマでもあります。

この5年ぐらいの間に、急速にジェンダー観が世界的にアップデートされてきました。しっかりこうやって発言しておけば、いずれ見方も変わってくると思います。大事なのは、売る側か社会によって選択させられるものか、本人が選べる表現なのか。

本人が嫌ならエロく見られる写真を使用するのは避けなければいけないし、本人の意に反して売る側から「女性プレイヤー」と紹介されるのなら、やめた方がいい。

逆に、本人がやりたくて楽しんでいるなら、水着で演奏するのも全く非難されなくていい。女性が自分で選んだアクティブな表現には、どんどんやれ!いえーい! と思っていますよ。本来、我々女性は何だって好きに選択したらいい一人の人間で、社会の見えない空気に選択を狭まれることがあるのならば、変えていかないといけないと思っています。

西山 瞳/にしやま ひとみ
大阪府出身。6歳よりクラシックピアノを学び、18歳でジャズに転向。2004年に自主制作によるアルバム『アイム・ミッシング・ユー』を制作。2006年に『キュービウム』で本格的デビューを果たす。2007年には、日本人リーダーとして初めてストックホルム・ジャズ・フェスティバルに招聘され、また2010年にはアメリカのインターナショナル・ソングライティング・コンペティションにおいてジャズ部門で3位を受賞するなど、世界的に高い評価を受ける。その後も様々なライブやレコーディングで活動し、2015年にはヘビー・メタルの名曲をカバーしたアルバム『ニュー・ヘリテージ・オブ・リアル・ヘヴィ・メタル』をリリースし、ヘビー・メタルとジャズの両面から話題となった。【西山瞳 公式サイト】http://hitominishiyama.net/

島田 奈央子/しまだ なおこ (インタビュアー)
音楽ライター / プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書「Something Jazzy女子のための新しいジャズ・ガイド」により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲・監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。