投稿日 : 2020.09.25

【東京・渋谷/STUDIO MULE】カジュアルなのに隙がない、文化が交差するリスニングバー

取材・文/富山英三郎  撮影/高瀬竜弥

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いつか常連になりたいお店 #50

「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。記念すべき連載50回目を飾るのは、「エキセントリック・エレガント」なクラブミュージックで、世界中から称賛を集めている音楽レーベル『MULE MUSIQ(ミュール・ミュージック)』がオープンさせた『STUDIO MULE(スタジオ・ミュール)』。ファッション業界出身であり、世界的なDJであり、凄腕のA&RというToshiya Kawasakiさんらしさに溢れた、ハイセンスでありながらカジュアルに使えるお店でした。

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コツコツと集め続けた自然派ワインが楽しめる

渋谷の東急本店から井の頭通りへと抜ける道は、近年「奥渋谷」と呼ばれ独自性のあるインディペンデントな飲食店や雑貨屋などが林立している。NHKの関連会社やサイバーエージェントの本社、また近隣には住宅も多いため、ローカルでアダルトな盛り上がりを見せている。そんなエリアにある雑居ビル3Fに2020年8月8日にオープンしたのが『STUDIO MULE』である。

手掛けているのは、世界で活躍するDJのToshiya Kawasakiが主宰するレーベル『MULE MUSIQ』。ハウスやテクノといったクラブミュージックを基軸とした「エキセントリック・エレガント」なサウンドを発表し続けており、日本以上に海外のファンが多い特異なレーベルとして知られている。

「実は5~6年前に、『STUDIO MULE』という名前でレストランをオープンする予定だったのですが頓挫してしまった。当時すでにかなりの数のワインを集めていて・・・・、徐々に減らしてはいたのですがまだ実家に大量にあるんです。そんな話を友人にしたら、”何かやろう”と物件まで探してくれて、1ヶ月後にはこの場所を契約していました。それが今年の1月末くらいですね」。そう語るのは、同店のオーナーでレーベルを主宰するKawasakiさん。彼は毎日お店に立っている。

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新たなコンセプトで誕生した『STUDIO MULE』は、厳選された自然派ワイン、一筋縄ではいかないグッドミュージック、それらを良い音響で楽しめるお店となっている。

「自分の好きなものを詰め込んだお店になっています。ワインだけが素晴らしいワインバー、オーディオだけが素晴らしいミュージックバーはあると思うんです。でも、その両方を兼ね備えていて、インテリアにもこだわっていて、流れている音楽がユニークなお店はなかなか無いかなと思います。個人的にはバーではなくミーティング・スポットだと思っているんです。かつて入荷日にレコード店へ行くと友達に会えたような、そういう感覚のお店にしたい。そんな場所でいいお酒が飲めて、いい音楽がいい音で聴ける。バーという響きは好みではないので、それならば音楽喫茶と呼ばれるほうが好きですね」

70年代後半~90年代前半の音源と音響システム

スピーカーは70年代後半のコーンウォールを使ったKlipsch(クリプシュ)。ターンテーブルは同時代のTHORENS(トーレンス)。アンプ類は80年代後半のMark Levinson(マークレビンソン)で揃えた。

「70年代後半~90年代前半の、自分がやっているクラブミュージックの元になったような音楽や、クラブミュージック好きが聴ける古い音楽。そういうレコードが多いので、音源と同じ時代の音響で揃えています。きれいな低音は重視しているので、エレクトリックなジャズとかはフィットするかなと思います。でも、いい音って音響機器だけで無くレコードのクオリティー自体も重要だと思うんです。80年代はメジャーレーベルのいいスタジオで作られているものが多いので音がいい。自分がそういう仕事だからかもしれないですけど、そういう事も重要だと思っているんです」

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Kawasakiさんはジャズ好きとしても知られているが、モダンジャズを聴くわけではないという。

「マイルス(デイヴィス)であれば『Kind of Blue』ではなく『Bitches Brew』みたいな、そういう感じです。なので、トータスなどのポスト・ロックも好きです」

お店では珍しいオブスキュアなジャズもかかる。また、ブラジルのニューウェーブなど、レーベルカラーと同じくエキセントリック・エレガントな選曲がされていく。お客さんが少ないときは1曲単位でもかかるが、混雑すると片面ずつなど臨機応変に対応しているという。

「選曲だけでなくボリュームも大事にしています。オープンしてすぐの時間帯は、会話ができる範囲で音量をあげています。静かすぎるお店って飲みづらいじゃないですか。そうやって居心地の良さは大事にしていますけど、非日常感も同時に必要だと思っています。でも、写真を撮ってはいけないとか、声が大きいと怒られるとかはないです。最低限のモラルは求めますけど、お酒を楽しむ場所ですから」

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インテリア業界からも注目される空間設計

空間をグッドバイブスで満たす阿吽の呼吸は、店主であれば誰もが求めるものだろう。一方で、このお店は自然とそんな気分になってしまう空間となっている。カジュアルでリラックスできるのに、どこか敷居の高さを感じるのはインテリアによる効果も大きい。内装は、Aésop(イソップ)の店舗デザインで知られるCASE-REAL(ケース・リアル)が手掛けた。

「長年の付き合いでもありますし、優秀な方なので、打ち合わせでも”わかりました”しか言っていないです(笑)。どこかの国や都市に憧れたくないので、○○風ではなく、自分が立っていて似合うお店というオーダー。しいて言うならば東京らしさを感じるお店ですね」

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CASE-REALが手掛けたということもあり、ワインや音楽が目当ての人だけでなく、インテリア関係やファッション関係のお客さんも多いという。また、オープンして間もないにもかかわらず、以前からの知り合いではなく新規のお客さんが7割程度というのもすごい。

「配線とかエアコンのボタンとかが一切見えないようにしてあるんです。だからスタートの段階ですべての寸法を決めないといけなかったのでオーディオ選びは大変でした」

無機質にも感じる空間には、そんなこだわりがあったのだ。そう言われてよく見ると、各種コード類など無駄な凹凸が一切ない。また、オリジナルで作ったというハイチェアの背面はMULE MUSIQの「M」の文字になっているなど、細部に至るまで隙がない。

さらっと細部までこだわりぬいたセレクト

ツマミ類も、お肉好きには知られた目黒の『Cellar Fête(セラフェ)』のパテ、成城学園前のデリカテッセン『SALUMERIA 69(サルメリアロッキュー)』が選んだサラミなど、さりげなく美味しいものが用意されている。

「ワインのほかには、オーガニックなメスカルをおすすめしています。その他にもナチュラルなジンやバーボンといったハードリカーも置いています。その多くは自分がDJで海外に行ったとき買ってきたものなので、日本に入っていないものが多いです」

店内には電話ボックスのような試聴空間もあり、そこでは『MULE MUSIQ』を始め、ジャンルを問わず日本人アーティストをピックアップしているサブレーベル『STUDIO MULE』のレコードを購入することもできる。

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国境を越えた移動が再び活発化されてくれば、東京を代表するお店として外国人のお客さんも多く集まりそうな空間。そうなる前に、ふらりと遊びに行って常連になっておきたいお店だといえる。


・店名 STUDIO MULE
・住所 東京都渋谷区神山町16-4 ヴィラメトロポリス 3E
・営業時間 20:00-24:00
・定休日 日曜
・Instagram https://www.instagram.com/studiomule_musicanddrinks/

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