投稿日 : 2020.10.12

米シンガーソングライター、ジョニー・ナッシュ死去 ─レゲエ音楽人気に貢献

1972年にシングル「アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ(I Can See Clealy Now)」を大ヒットさせ、レゲエ音楽の認知度を高めた米シンガー・ソングライターで歌手、ジョニー・ナッシュが6日、老衰のためテキサス州ヒューストンの自宅で死去した。80歳だった。

40年ヒューストン生まれ。子どもの頃から教会で歌い始め、ラジオやテレビに出演。50年代末にプロデビュー。「ホールド・ミー・タイト(Hold Me Tight)」「レッツ・ムーブ・アンド・グルーブ・トゥゲザー〈Let’s Move and Groove(Together)〉」などがヒットした。

ジャマイカで初めてレコーディングした非ジャマイカ人のミュージシャンとされ、「アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ」はビルボート・チャートの1位を記録、米国でレゲエ音楽の認知度を高めた。

同曲はその後、レイ・チャールズ、ダニー・オズモンド、ウィリー・ネルソン、ソウル・アサイラムなど様々なアーティストらがカバー。88年のカナダ・カルガリー冬季五輪に初出場したジャマイカのボブスレー・チームの実話を基にしたスポーツ・コメディ映画「クール・ランニング」(93年)でもジミー・クリフのバージョンが使われ、話題となった。

ナッシュは60年代にジャマイカで、無名だったボブ・マーリー、バニー・ウェイラー、ピーター・トッシュらザ・ウェイラーズを紹介され、プロデューサーらと立ち上げた自らのレーベル「JADレコーズ」と契約を結び、「アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ」を収録した同名のアルバムではマーリーの曲などを収めたほか、同レーベルから彼らのシングルを発表。英国ツアーに同行させ、マーリーらの世界進出のきっかけを作った。

訃報を受け、ザ・ウェイラーズはツイッターで「70年代にレゲエを英国や世界に紹介した、ジャマイカのソウルを持った米国のブラザーだった」と悼んだ。