投稿日 : 2022.01.28

【東京・鶯谷/ロックバー叫び】ライブPA視点のサウンドに酔える不思議空間

取材・文/富山英三郎  撮影/高瀬竜弥

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いつか常連になりたいお店 #66

「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は鶯谷(東京都台東区)というディープなエリアに佇む『ロックバー叫び』を訪問。「音の良さ」の表現手法にこういう切り口もあったのか! と驚く、イコライジングを駆使したサウンドと美味しいお酒が堪能できるお店でした。

鶯谷には昭和のハードボイルドな空気がある

JR鶯谷駅北口から徒歩約5分。尾久橋通りのスタート地点である根岸小前交差点近くに位置する『ロックバー叫び』。鶯谷といえばラブホテルが林立するアンダーグラウンドなイメージが強いが、住所でいえば根岸であり、落語家 林家正蔵一門の家があることでも知られる。また、かつては正岡子規が暮らすなど風流な街であった。

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「下町特有の飲兵衛とか、威勢のいいおっちゃん・おばちゃん、昔は立ちんぼとかもいっぱいいて、昭和のハードボイルドな空気に魅了されたんです。鶯谷を起点として、浅草や上野、千住とかまで気軽に足を運べますし便利な街です」。鶯谷の魅力をそう語るのは店主の田中俊行さん。

音楽を「聴く」から「体験する」にアップデートするサウンド

2018年にオープンした同店は基本8席、最大10席の小さなカウンターバー。Twitterのプロフィールには「音楽を『聴く』から『体験する』にアップデートする最高のサウンドシステムを鳴らすロックバー」、Facebookのプロフィールには「上質な音楽、上質な酒、“叫び”たくなるような夜」とある。結論から言うと、その文言に嘘はない。

「音が良い」というバーは数多く存在するが、そのどことも趣が異なる。『ロックバー叫び』での体験は、名うてのPAを抱えたアーティストが、上質なコンサートホールでライブをしているような感覚に陥るのである。熱狂と同時にトリップできるサウンドだけに、ジャンルを問わず自分の好きな曲が流れたら思わず声をあげてしまいたくなる。

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「いわゆるピュアオーディオのような、心地よく耳に入ってくる、聴き疲れしない、邪魔にならないという考え方ではないです。“叫び”の名前のとおり、人の心を叫ばせる音を出したいんです」

音源はCDでもレコードでもなく、パソコンからのデジタル音源。DJ感覚で1曲ずつ選曲し、曲に合わせて細かくイコライジングしていく。

「音響はかなり試行錯誤しました。スピーカーはアダムオーディオというドイツのスピーカー。ノイズがなく、低音も出て、イコライジングで変えやすい素直な音が出るので気に入りました。イコライザーはマンレイのマッシブパッシブで、システムの肝になっています。その他、マスタークロック、ケーブル、電源などすべてこだわっています」

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基本はロックバーだが、お客さんの好みに合わせてシティポップやジャズ、テクノ、トランスまで幅広くかかる。

「自分の好みは主張しないです。とにかくお客さんが満足して喜んでくれるお店でありたい。ただ、王道ロックばかりかけているとカラオケ大会みたいになりがちなので、曲順を工夫してメリハリをつけるようにしています。DJでグルーヴを作って、知らない曲でも身体が動いてしまうような、みんなが音楽に集中している状態を大事にしています」

思わず身体が動くといってもクラブのような雰囲気ではなく、あくまでも音響のいいライブ会場にいるような空間が立ち上がる。

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小学校5年生でブラック・サバスをジャケ買い

1984年生まれ埼玉育ちの田中さんは、小学校5年生のときに大黒摩季のCDと一緒にブラック・サバスをジャケ買いしたという。その後、X JAPANを発端に手当たり次第速くて重い曲を聴き漁ったのだとか。ひとつ好きなバンドができるとそのルーツを探り、四方八方に枝葉を広げていった。

「高校はガレージ・リバイバルの時代で、ザ・ストロークスとかカサビアンが出てきて、そこからローリング・ストーンズやドアーズが大好きになりました。また、『BURST』(※) の影響でハードコアパンクやサイケデリックトランスも同時進行で聴き始めていて、ニューウェーブやフリージャズにもハマりました。四六時中音楽のことばかり考えていた気がします」

※『BURST』とは90年代の伝説的な雑誌。あらゆるアンダーグラウンドな事象を紹介していた。

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原点は新宿のロックバー『ローリングストーン』

その後、専門学校への入学と同時に歌舞伎町でひとり暮らしを始め、今はなき新宿のロックバー『ローリングストーン』に出入りするようになりそこでアルバイトも始めた。

「ローリングストーンが特別なお店だと思ったのは、みんな踊っていて楽しそうにしていたからです。お客さんそれぞれが、”ロックが好きだ”と叫んでいる気がして。他のロックバーにもたくさん行きましたが、静かに飲むか、ロックのうんちくを語り合っているお店ばかり。それは違うなと思ってローリングストーンに固執していたんです。ロックバーを出したいと思ったのはそこでの体験が大きいですね」

同時期に愛読誌だった『BURST』にもアルバイトとして入社。その後、雑誌が廃刊するなど編集への情熱も覚めた頃、飲み歩いていた鶯谷で偶然『東京キネマ倶楽部』(元キャバレーを改築したライブハウス)の募集を見つける。マネージャーとして約6年働いたが、今度は結婚を機に妻の地元である宮城県の田舎町へ転居。山形の造り酒屋で働き始めたという。

「酒蔵時代は苦労も多かったですが、酒を作ることの面白さに触れることができたのは大きな財産になりました。酒に詳しくなるにつれて、自分のロックバーをやれるかもという気持ちが湧いてきたんです」

そんなある日、一番好きなバンドだと語るキングクリムゾンの元ベーシスト、ジョン・ウェットンが亡くなったニュースを目にする。星も見えない雪降る田舎町でひとり「スターレス」を聴いたときに涙が溢れ、このままこの場所で終われないと東京に戻ることを決心。そこから、お酒をしっかり出す上野のハプニングバーで修行し、約1年後に『ロックバー叫び』をオープンするのだ。数奇な人生ではあるが、とにかくすべてがつながった瞬間であった。

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バーテンダーとしての意識を高く持ってお酒を提供している

「オープンにあたって思い描いたのは、ローリングストーンのような唯一無二のロックバーにすること。あの雰囲気をベースに、バーテンダーとしての意識を高く持って美味しいお酒を提供すること、高音質・大音量で音楽をかけること。このふたつを磨き上げたらすごいロックバーが作れるのではないかと考えました」

店内にミュージシャンのポスターなどはなく、ロックを感じる仲間のアートや浮世絵などを飾っている。これは特定のバンドの色やイメージを付けたくないからだという。客層は20~60代と幅広く、若いミュージシャンも訪れる。お酒に関しても、どんな好みにも対応できるよう豊富に取り揃えている。各種スピリッツやリキュールを用いての本格カクテルを楽しむこともできれば、500円からあるハイボール等で安く酔いどれることもできてしまう。

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「最終的には“ロックバーと言えば叫びだよね”と言ってもらえるようになりたいです。やってやるぞという色気もあります。鶯谷の片隅にあるロックバーがどこまでいけるのか自分でも楽しみなんです」

音作りに関しては、数万人を集める大物バンドから実力派シンガーまで、さまざまなアーティストのコンサート音響オペレーターを手がける、小松”K.M.D”久明氏も手伝ってくれているとか。

そして今日も『ロックバー叫び』では音と酒への探究が続いていく。

取材・文/富山英三郎
撮影/高瀬竜弥


・店舗名 ロックバー叫び
・住所 東京都台東区根岸2-16-11 1F
・営業時間 20:00~28:00
※コロナ禍で営業時間が変動する可能性がありますので来店時は下記SNSをご確認ください
・電話番号 03-6240-6935
・定休日 日曜
・Facebook https://www.facebook.com/ROCKBARSAKEBI/
・Instagram https://www.instagram.com/rockbarsakebi/?hl=ja
・Twitter @ROCK_BAR_SAKEBI

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