投稿日 : 2020.04.20

マイルス、コルトレーンと現代のクラブ・シーンをつなぐ名作【ライブ盤で聴くモントルー /Vol.20】

文/二階堂 尚

黒人霊歌(スピリチュアル)を思わせる旋律やアフリカ由来のポリリズムに、モード・ジャズやファンクなどの当時の最新音楽の要素を加えることで誕生したスピリチュアル・ジャズ。ジョン・コルトレーンに端を発するそのジャンルの代表的プレイヤーのひとりと見なされているのがゲイリー・バーツである。彼はマイルス・デイヴィスのバンドに加入後に本格的に実力を発揮することになる。その経験とコルトレーンの影響のもとに、彼は1973年のモントルー・ジャズ・フェスティバルのステージで素晴らしい演奏を繰り広げた。現在のクラブ・シーンでも評価の高いその記録を紹介する。

モダン・ジャズの二大巨頭の影響下で

ゲイリー・バーツがマイルス・デイヴィスのバンドに加入したのは1970年7月である。エレクトリック期のマイルス・バンドのレギュラーとしては、ウェイン・ショーター、スティーヴ・グロスマンに次ぐ3人目のサックス・プレイヤーであった。バーツが加入してひと月余りが経った時期のバンドの様子を映像作品『ワイト島のマイルス1970』で観ることができる。ザ・フー、ジミ・ヘンドリックス、ドアーズ、ジョニ・ミッチェルといったロック・ミュージシャンが演奏した同じステージで、マイルス・バンドは60万人の観客を前に40分弱の渾身のプレイを繰り広げたのだった。

1968年から70年にかけて開催され、2000年代に入って復活したワイト島音楽祭。マイルス・バンドは70年、ジャズ系のアーティストとしては異例の出演を果たした。メンバーはマイルス、バーツの他、デイヴ・ホランド(b)、チック・コリア(kb)、キース・ジャレット(kb)、アイアート・モレイア(perc)、ジャック・ディジョネット(ds)。

しかし、この時点でバーツはまだマイルス・バンドに馴染み切れてはいなかったようで、それほど目立った活躍は見せていない。バーツが歴史に残る名演を残したのは、さらにその4カ月後のワシントンD.C.のライブハウス“セラー・ドア”においてである。ひと晩の演奏が4つのパートに編集され、スタジオ録音曲とともに2枚組のLPに収録された。それが、エレクトリック・マイルスの代表作のひとつである『ライヴ・イヴル』だ。このアルバムにおける激しく燃え盛る炎のようなソロによってバーツの評価は定まったと言っていい。

バーツがマイルス・バンドにいたのは、72年の問題作『オン・ザ・コーナー』のレコーディング直前までで、在籍したのはわずか2年ほどであった。しかしそのマイルスのもとでの経験によって大きく成長したことが『アイヴ・ノウン・リヴァーズ・アンド・アザー・ボディーズ』を聴くとよくわかる。73年7月に出演したモントルー・ジャズ・フェスティバルの記録であり、現在ではスピリチュアル・ジャズの代表作のひとつに数えられているアルバムである。

スピリチュアル・ジャズという言葉は、90年代の日本のクラブ・シーンから発祥した由だが、モード・ジャズ、フリー・ジャズ、ジャズ・ファンクなどの狭間で名をつけられることを待っていた音楽スタイルをうまく言い当てた優れたネーミングだと思う。現在ではこの流派の一員に数えられることの多いバーツであるが、スピリチュアル・ジャズの始祖とされるジョン・コルトレーンを横綱、ファラオ・サンダースとアーチー・シェップを大関とするなら、初期のバーツはせいぜい前頭くらいのプレイヤーだった。しかし、マイルス・バンドでの経験を経たモントルーのステージで、彼は堂々たる横綱相撲をとってみせたのである。

アルバムは発売当初のLPでは2枚組で、注意深く聴けば、盤面ごとにおおまかなコンセプトがあることがわかる。A面の3曲はいわば「コルトレーン・サイド」である。ウッド・ベースのイントロに思索的なエレクトリック・ビアノが重なり、そこにボーカルが加わる1曲目から、全盛期のコルトレーンを彷彿とさせる2曲目に、さらに「至上の愛」をベースにした3曲目に曲間なしで続いていく。

スピリチュアル・ジャズの特徴のひとつは、観念への信頼にあった。神、イデア、愛、平和、理想郷としてのアフリカ──。観念への信頼とはすなわち言葉に対する信頼にほかならず、したがってスピリチュアル・ジャズの作品にはしばしば詞と人声が加わる。例えばコルトレーンは、「至上の愛」というテーマを音だけではなく言葉で表現することを選んだ。バーツもまた言葉と声にこだわった一人で、自身のバンド、ウントゥ・トループ(NTU TROOP)ではボーカルのアンディ・ベイを正式なメンバーとしていた。彼が抜けた後の同バンドで出演したモントルーのステージでは、自らボーカルを取っている。


ゲイリー・バーツは自身のユニット“ウントゥ・トループ”名義で7枚のアルバムをリリース。中でも1971年の『ハーレム・ブッシュ・ミュージック』は、スピリチュアル〜ジャズ・ファンクの傑作として知られる。

続くB面(CD4〜6曲目)は一転し、そのような観念の主張を野暮と見なしていたマイルスからの影響を前面に出した「マイルス・サイド」である。ピアノが再びエレクトリックに変わり、ときにマイルス・バンドにおけるキース・ジャレットを思わせるディストーションを効かせた音を鳴らす。バーツ自身がサックスにエフェクターをかませて「電化」する場面もある。

C面(CD7〜9曲目)は「ボーカル・サイド」。アルバムのタイトル曲である「アイヴ・ノウン・リヴァーズ」は、90年代にコートニー・パインのアルバムでカサンドラ・ウィルソンが歌ったことでよく知られている曲だ。最後のD面(CD10、11曲目)は「ファンク・サイド」で、「ドクター・フォロウズ・ダンス」には明らかにスライ・ストーンの影響があることがわかる。

数あるモントルーのライブ盤の中でもとにかく情報量が多いアルバムだが、やはり全体に色濃く漂っているのはコルトレーンの影である。8曲目の「ザ・ウォーリアーズ・ソング」はマルコムXとコルトレーンに捧げられた曲であり、最終曲の「ピース・アンド・ラヴ」はコルトレーンを想起させる激しいフラジオ(注)によって締めくくられる。

注:サックスの特殊奏法のひとつで、通常の音域よりも高音を鳴らすもの

第1回のモントルー・ジャズ・フェスティバルが幕を開けたのは1967年6月18日だった。コルトレーンはそのひと月後の7月17日に死んだ。モントルーのオーディエンスたちは、ついに目にすることの叶わなかった巨匠の姿を、その後継者の背後にありありと見たのではなかったか。

『アイヴ・ノウン・リヴァーズ・アンド・アザー・ボディーズ』
ゲイリー・バーツ
■1.Nommo~The Majick Song 2.Sifa Zote 3.Jujuman 4.Bertha Baptist 5.Don’t Fight That Feeling 6.Mama’s Soul 7.I’ve Known Rivers 8.The Warriors’ Song 9.Uhuru Sassa 10.Dr. Follow’s Dance 11.Peace And Love
■Gary Bartz(ss,as,vo)、Hubert Eaves(p)、Stafford James(b)、Howard King(ds)
■第7回モントルー・ジャズ・フェスティバル/1973年7月7日