投稿日 : 2023.06.23

【東京・砧/Panja】古き良きジャズ喫茶の雰囲気が漂う 住宅街のカフェ&バー

取材・文/富山英三郎  撮影/高瀬竜弥

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いつか常連になりたいお店 #75

「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は砧(東京都世田谷区)にあるジャズ喫茶『Panja(パンジャ)』を訪問。2023年4月30日にオープンしたばかりの同店は、居心地の良いカフェ&バーの業態ながら、古き良きジャズ喫茶の雰囲気が漂っていました。

大学や病院、撮影スタジオなどがある町 世田谷区砧

地名が読みにくい世田谷区の砧(きぬた)だが、砧公園と聞けば耳にしたことがある人も多いだろう。小田急線の祖師谷大蔵駅から徒歩約12分の場所にある『Panja(パンジャ)』は、その砧公園に隣接する大蔵運動公園にほど近い、国立成育医療研究センターの向かいにある。その他、日本大学商学部や、少し離れた場所に東宝スタジオ、NHK放送技術研究所など、周辺には大型の施設が多い。近年は住宅地としても人気となっており、おしゃれなカフェやパティスリーなどが点在するようになってきた。

「お店を始めるにあたり、東京やその周辺も含め、広範囲で物件を探しました。当初は中央線沿線など、学生さんの多いエリアがいいのかなと思いましたが、なかなかいい物件がなくて。ここはたまたまヒットしたんです。エントランスの佇まいとインスピレーションで決めたのですが、最寄駅からのアクセスなどは考えていなかったので、契約を終えた後に無謀なことをしたのかもしれないと思いました(笑)」。そう語るのは、店主の小早川義則さん。

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妻の何気ないひとことが、天の啓示のように聞こえた

東京オリンピックの年に生まれた小早川さんにとって、長いサラリーマン生活を経ての一念発起。未経験の飲食業を選んだのには理由があった。

「2020年1月に妻の父が亡くなったことを機に、愛媛県新居浜の妻の実家でお店を開こうとしたのがきっかけです。というのも、このままサラリーマンを続けていたら、精神的に耐えられないなと、長いこと考えていたんです。そんなおり、妻が何気なく言った“ここ(新居浜)でカフェでもやったら?”という言葉が、天の啓示のように聞こえたんです」

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高校の近くにあったジャズ喫茶『ベイシー』

高校2年生でジャズに興味を持ち始めた小早川さんは、岩手県一関市出身。学校の近くにジャズ喫茶『ベイシー』があったことで、月に1回程度通うようになったという。

「兄と姉が、クイーンやディープ・パープル、カーペンターズなど、いわゆるポピュラーミュージックを聴いていた関係で、自分も愛聴していたんです。あるとき、それ以外にもいろいろな音楽があるだろうと思って、たまたま新聞のラジオ欄を見たらチック・コリアのライブ放送があったんです。最初は何がなんだかわからなかったですけど、この高い山にチャレンジしたら何かありそうだと、主体的にジャズを聴くようになりました」

とはいえ、ジャズを聴く友人は少なく、ラジオのエアチェックを中心に情報を集めていった。また、自分へのご褒美として『ベイシー』に行った際には、ジャズ専門誌『スイングジャーナル』などのバックナンバーを読み漁り、少ないお小遣いから月に1枚程度レコードを買うようになっていく。

「高校3年生のとき、マイルス・デイビスの復帰作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』が発売されて。それを機に、マイルスの変遷を振り返るラジオ番組があったです。そこで「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を聴いて、かっこいいな~と思ってからは、マイルスを追いかけるようになりました」

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浪人時代からジャズのお店に入り浸っていた

その後、浪人生活のために上京。予備校が高田馬場だったことで、駅前にあるジャズ・セッションバー『イントロ』に入り浸ることになる。翌年は御茶ノ水にある予備校に通うが、今度はジャズ喫茶『響』やディスクユニオン、古本屋という誘惑にかられていく。翌年、どうにか早稲田大学に入学。しかし、ジャズ関係のサークルには入らず、リスナーとして、夜は『イントロ』に通う生活を4年間続けた。

「そんな生活をしていたのですが、就職してからはジャズと疎遠になってしまったんです。お気に入り盤をCDで買い直したり、オーディオを買ったりはしていましたけど……。なので、ここを開業するまで、僕のジャズ知識は新伝承派(伝統的なアコースティック・ジャズを継承するグループ)で終わっているんです」

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ジャズ喫茶のスタンダードでもあるJBLのサウンドシステム

そんな小早川さんが奥様と始めた『Panja』 は、薄いオリーブグリーンの壁面が映える優しい空間。カウンター8席、テーブル席10席と十分な広さがある。レンガを配した壁の前には、JBL2220Bのユニットを入れたJBL4560のエンクロージャー。ホーンはJBL2395、ツイーターはJBL2405で組まれたスピーカーシステムが鎮座する。

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アンプは、耐久性があり替えのきくものという視点で、ドライバーとツイーター用にトーマンのS75を各1台、ウーファーの駆動用にS100。ターンテーブルは、デノンのDP80とDP3000。アームはオーディオクラフトのAC3000とAC300。カートリッジはシュアのV-15タイプ3とオーディオテクニカのAT-150。針はJICOの楕円針を使用している。

「スピーカーに関しては、昭和ジャズ喫茶のスタンダードともいえる組み合わせです。目指したのは聴きやすいこと。ジャズの迫力や生命感をきっちりと出しながら、下品にならないことを目指しました」

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聴かせてもらうと、往年のジャズ喫茶といった感じの迫力のあるサウンドが響き渡る。通常は片面ずつで、インスピレーションを大事にしながら、流れを絶やさないような選盤を心がけているとか。レコードのストックはブルーノートの4000番台が多いというが、お店の雰囲気がわかるよう、同店を象徴するような3枚を選んでもらった。

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(写真左から)これはCBSフランスの家庭向け頒布版だと思いますけど、1956年のニューポートの演奏が、ルイ・アームストロングとデューク・エリントンのカップリングで入っているお得な一枚です。カップリングの妙と、音の良さで気に入っています。マイルス・デイビスの『ウィ・ウォント・マイルス』は、思春期の思い出の一枚ということで。そして、ホレスシルバー・クインテットの『ソング・フォー・マイ・ファザー』は純粋に音として好きなんです。オーディオの調子が少々悪いときでも、しっかり鳴ってくれるんですよ」

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カフェとしてもバーとしても利用してもらいたい

飲食もしっかり楽しめるお店にしたいということもあり、奥様お手製のボロネーゼと季節のカレーを主力メニューにした。スイーツも人気メニュー。また、元来の珈琲好きということもあり、ハンドドリップによる美味しいコーヒーを楽しむことができる。夜になれば、バーテンダースクールに通い修行したカクテルのメニューも豊富に揃う。

「一歩ずつ、お客様と一緒に成長できればと考えています。初めての飲食業でいろいろと大変なことはありますけど、毎日楽しみながらやっています」

幅広い層に訪れてもらえるお店にしたいという小早川さん。古き良きジャズ喫茶の趣を残しながらも、今の時代に合ったウェルカムな雰囲気があり、今後も着実にお客さんを増やしていきそうだ。

取材・文/富山英三郎
撮影/高瀬竜弥


・店舗名 パンジャ
・住所 東京都世田谷区砧5-1-1 ベルビュー成城2F
・電話 03-6362-3338
・営業時間 12:00~16:00、18:00〜23:00 / 10:00〜17:00(日曜、祝日)※日曜が祝前日の場合は通常営業
・定休日 火曜、不定休

Panja(パンジャ)
・HP https://panjaswing.com/
・Facebook https://www.facebook.com/cafepanja/
・Instagram https://www.instagram.com/cafepanja/

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