投稿日 : 2019.02.18 更新日 : 2019.03.20

再生されるすべての音を高音質に─ KORG Nu I ─【ARBAN的オーディオ案内 vol.8】

取材/川瀬拓郎 取材協力、写真提供/KORG

2018年11月、コルグから新製品Nu I(ニューワン)がリリースされた。これは、ひとことで言うなら「パソコンを通して高音質を楽しむための入出力機」。専用のソフトウェアやオーディオ・ドライバーと組み合わせれば、リールデッキからYouTubeまでどのような音源も高音質で録音・再生することができるというもの。

「楽器メーカー」の印象が強いコルグだが、なぜ、いまこのようなコンシューマ機がリリースされたのか。本機開発に携わったコルグの担当者に、開発に至る経緯を聞いた。

そもそも何をするための機器なのか?

——今回リリースされた「Nu I」を、オーディオ初心者にも分かりやすく説明するとしたら、どのような言葉が適切でしょう?

本機とパソコンをUSBで接続することで、PC上のさまざまな音源を良い音で聴けるオーディオ機器、という言葉がもっともわかりやすいでしょうか。

デジタル・データをアナログ音声に変換するDAC*1と、アナログ音声をデジタル・データに変換するADC*2という双方の機能を備え、入出力も充実。さらにフォノ・アンプ*3も搭載していますので、お手持ちのレコードを高音質でデジタル変換してPCにアーカイヴすることもできますし、付属のソフトウェア(AudioGate)やオーディオドライバー(S.O.N.I.C.)と併用することでDSDクオリティでの再生も可能です。

*1:Digital Analog Converter
*2:Analog Digital Converter
*3:アナログ・レコードの音声を通常のライン入力に出力するための信号増幅装置。発電方式によってMM型(Moving Magnet)と、MC型(Moving Coil)の2種類があり、Nu Iはどちらにも対応している。

——そもそも「DSDクオリティ」とは、具体的にどのような音を指すのでしょう?

DSDとはダイレクト・ストリーム・デジタル(Direct Stream Digital)の略称で、SACDにも採用された高音質フォーマットです。世に言うハイレゾ(=ハイ・レゾリューション)音源は、CDよりも解像度の高い音質になるよう1秒あたりのサンプリング回数*4を増やしたもの。CDの44.1kHz*5に対して、Nu Iは11.2896MHz(*6)までの再生に対応していますから、およそ256倍の密度がある音といえます。

*4:信号の標本を採る頻度
*5:44.1kHz=1秒間に44,100回のサンプリングに相当
*6:11.2896MHz=1秒間に11,289,600回のサンプリングに相当。一般に略して11.2MHzと表記される

——民生機とは思えない充実した機能ですね。開発にあたっては、旧来のリスニング形式だけではなく、現代の音楽環境も意識したのでしょうか?

そうですね。CDはもちろん、iTunesなどで読み込んだ音源(PCM、MP3、AACなど圧縮/非圧縮を問わず)や、YouTubeをはじめとするネット上の音源など、PC内で操作できる音源はすべてDSD11.2MHzにリアルタイムで変換して楽しんでいただけるよう設計しました。

——データが上書きされるのではなく、リアルタイムで変換されていくのですね。

「S.O.N.I.C.リマスタリング・テクノロジー」以下 S.O.N.I.C / *7という専用のオーディオ・ドライバーをPCにインストールしていただくと、そのPCで再生するサウンドがリアルタイムにDSDクオリティにリマスタリングされます。さらに、ただリマスタリングしただけではあまり面白くない場合もありますので、AudioGateには100以上のリマスタリング・プログラムをプリセットで用意してあります。監修はオノ セイゲンさん*8にお願いして、細部までこだわった音質を実現しました。

*7:「Seigen Ono Natural Ideal Conversion」の略称
*8:レコーディング・エンジニア/ミュージシャン。録音エンジニアとして、「坂本龍一/戦場のメリークリスマス」、清水靖晃「うたかたの日々」、渡辺貞夫、オスカー・ピーターソン、キース・ジャレット、マイルス・デイビス、キング・クリムゾンなど多数のアーティストのプロジェクトに参加。

Nu I専用のオーディオ・ドライバ「S.O.N.I.C.」をPCにインストールし、あらかじめ用意された100以上のプリセットから好みのものをチョイスするだけで、音質が劇的に変化する。

DSD録音の技術を転用したピュア・オーディオ

——コルグといえば、アンプやエフェクターなど楽器のイメージがありました。

といっても、オーディオ製品をこれまでまったく出していなかったというわけではないんです。2006年にはDSD録音ができるMR-1というハンディ・レコーダーを発売していましたし、その後も後継機のMR-2や、プロフェッショナル用の製品を投入してきました。

コルグ初のハンディレコーダーMR-1(左/2007年発売)と、後継機のMR-2(2010年発売)

そのような経緯があり、これらDSD録音の技術を転用してピュア・オーディオ製品を開発できないか、というフェーズで取り組んだのが、2012年に発売したDS-DAC-10という商品です。

——DS-DAC-10とはどんな製品だったのでしょう?

主にヘッドホン・アンプとしての利用を想定した、コンパクト・タイプのDACです。その後継機として開発したDS-DAC-10Rは、手持ちのアナログ・レコードをPCにDSDクオリティで録音/再生して楽しんでもらうことを目的に開発しました。このような機種を市場に出すことで得られたユーザーの意見や要望を集約し、もう一度本気でオーディオ製品を作るべく取り組んだのがNu Iなのです。

 

DS-DAC-10(左/2012年発売)と、DS-DAC-10R(2015年発売)は、オーディオ業界からも高く評価された。

——なるほど、これまでに積み重ねてきた実績が、Nu Iのベースとなったのですね。

はい、これらの機能をベースにして制作していきました。その中でひとつこだわったのが、「音色」です。オーディオの世界ではどのメーカーもそれぞれに音色の特徴を持っていますが、コルグはこれまで原音の忠実再生にこだわってきたんです。しかし、ピュア・オーディオを手がけるにあたり、私たちもコルグらしい特徴を持ちたいと思うようになりました。それを実現したのが“Nutube(ニューチューブ)”という真空管です。これらは音声を増幅する目的ではなく、真空管の音色を変化させるためだけに搭載しました。オン/オフもできますし、効果も3段階ありますので、真空管特有の倍音をたくさん入れたり、少なめにしたり、好みやジャンルに合わせて調整していただけます。

 

コルグが独自に開発した三極真空管”Nutube”が、Nu Iにも豊かな倍音をもたらす。2015年のリリース以降、アンプや鍵盤楽器など、様々な製品に搭載されてきた。

——“Nutube”はコルグの楽器やアンプではおなじみの技術ですね。

はい。今回はそれをピュア・オーディオにも転用しました。さらにもうひとつ何か面白いことができないかと考えていたところで、オノ セイゲンさんとのコラボレーションが実現することになりました。

——彼の監修も、Nu Iらしい音作りに関与しているのですね。

セイゲンさんとはMR-1をリリースした頃からのお付き合いですが、今回も快諾していただきました。いわく「YouTubeには演奏や録音は素晴らしいのに、音質が残念なものが多い」と。なんとかできないものかと意気投合して、様々なプリセットをご提案いただきました。

セイゲンさんには、数々の名盤のリマスタリングを手がけられてきたノウハウを活かして、どのようなプロセスでリマスタリングするか、ユーザーが調整可能なコントロールパネルのパラメータ/デザインといった、S.O.N.I.C.全体の監修をしていただき、さらには、様々な音源に対応したプリセットを100個以上ご用意していただきました。

元の音質が良い音源ならちょっとした変化を楽しめるもの、古い録音のライブ音源なら今まさにライブ会場にいるかのように大きく音が変わるもの……というように、ユーザーの好みでプリセットを選べるようにしてあります。熱心なオーディオファンからすれば、過激すぎると言われるようなものもあるのですが、そこがまたセイゲンさんらしさであり、面白いところ。いよいよ製品が出来上がると、予想以上に素晴らしいものになりました。

Nu I専用のオーディオドライバー「S.O.N.I.C.」の開発をプロデュースしたオノ・セイゲン氏

——PCに保存したPCM音源も、Nu Iで再生するとぐっとクリアになり、定位感と奥行き感が出ますね。

音が団子のようになった状態ではなく、鳴っている音を自然のまま録音/再生できるのがDSD11.2MHzの特徴です。ミュージシャンでDSDレコーダーの購入に二の足を踏んでいる人たちの意見を聞くと、『自分の演奏を録音すると、生々し過ぎて下手に聴こえるからイヤ』という声が多いんです(笑)。44.1kHzで録音すると良いところだけフワッと聴こえて細かいところは沈んだ印象に聴こえるんですが、11.2MHzでは聴き逃せないということですね。

——面白い証言ですね。

10年くらい前にMP3プレイヤーが一世を風靡したときは、手軽さが第一、音質は二の次という風潮さえありました。けれど最近はDSD再生機能が付いているオーディオ機器も多くなりましたし、「やっぱり音は良い方がいい」という流れに世間が回帰してきたような印象があります。

——たしかに、手軽さの中にも音質を重視した商品が増えてきた印象があります。

あの頃はDSDのメリットを享受するためのハードルが高過ぎたのかもしれません。付帯設備を含めて高価格であったことや、日本の住宅事情、ソフトの少なさなどがデメリットとなり、なかなか普及には至らなかった。でも現在はデバイスの性能もどんどん上がってきて、DSD本来の実力を引き出せる回路や電子設計が進みました。一方でPC性能や通信速度もアップしたから、容量の大きな音源も総合的に扱いやすい状況になった。良い音にインフラが追いついてきた、ともいえるでしょう。

 

KORG Nu I
1BIT USB-DAC / ADC +PREAMP
販売価格 ¥425,000(税抜)
メーカーサイト