投稿日 : 2019.07.19 更新日 : 2020.03.24

【休日の過ごし方】既成観念を壊す “水のようなシャブリ”と 1970年のビル・エヴァンス

取材・文/富山英三郎  撮影/高瀬竜弥

【with music #4】─美味しいお酒と音楽と─

休日、ゆったりとした気分で音楽を楽しみたい。そこに合わせる素敵な一杯とは? そんな音楽とお酒のマリアージュを楽しむ連載。第4回目は池尻大橋(東京都目黒区)にあるフレンチ食堂『calme(カルム)』のオーナーでソムリエの佐野敏高さんにセレクトしていただきました。

おとぎ話をめくるように、童心に返る

ビル・エヴァンス『FROM LEFT TO RIGHT』

今回の話をいただいて、自分が休日をどのように使っているのかを考えてみたんです。そこで浮かんだのが「童心に返る」というキーワード。

選んだのは、ビル・エヴァンスの『FROM LEFT TO RIGHT』(1970年)でした。このアルバムは彼の作品群のなかでもとくに叙情的で、遊びで作ったかのような一枚。それでいて、すべてがつながっていく深みのある構成なんです。

大人になるにつれて「自分の時間」 というのは段々と失われていきますよね? そんな貴重な時間をどう過ごしたいのかと言われたら、まずは仕事と切り離したい。そして、幼い頃の記憶と、現在の自分を照らし合わせながら、ゆっくりと思いを巡らせていくのが僕のリラックス方法。

このアルバムは、高音や低音のバランスも含めて「おとぎ話」を観ているかのような曲の構成になっています。そして、1曲目から「あなたの残された人生、何をしますか?」というような深いタイトルが付けられている。エヴァンスはすでにドラッグを摂取していた時期ですから、命の行方を見据えていたのかもしれません。そう考えると、エレキピアノを先駆的に導入したり、初のボサノヴァ楽曲(The Dolphin)があったり、オーケストラを取り入れてみたりと、自分がこれまで聴いてきた音楽を織り交ぜてフィナーレへと向かっているかのようなんです。

全体的には寂しい曲が多いですが、単音の美しさが顕著に表れたサウンド。幼少期は優しさに包まれて生きていたのに、いつしか孤独になるのが人間。そんなことを考えていると、あの頃の包み込まれるような温かさ、優しい記憶が反動のようにふと立ち上がってくるんです。

シャブリの固定観念を打ち壊したワイナリー

アリス・エ・オリヴィエ・ド・ムール/シャブリ・コトー・ド・ロゼット 2015

ビル・エヴァンスの『FROM LEFT TO RIGHT』を聴きながら、家族から離れてひとりテラスで味わうお酒はなんだろう。思いついた答えは、シャブリ地区(フランス)のご夫妻がやられている小規模なワイナリー『アリス・エ・オリヴィエ・ド・ムール 』の2015年でした。

味わいはまるでポカリスエットです(笑)。水のように身体に染み込みながら、ちゃんと土地の顔が見える美しいワイン。

シャブリといえば「辛口の白」というイメージが強いですが、そういった固定観念を打ち壊し、新しいものを作り上げたワイナリーなんです。それって、『FROM LEFT TO RIGHT』の歴史的価値とリンクする部分がありますよね。

このワイナリーの奥さまは、かつて体調を崩された時期があるんです。そういったことがきっかけとなり、体調が万全でない人でも飲めるワインを作ろうと生まれたのが夫妻のコンセプト。ですから、人工的なものを排したナチュラルワインとなっています。

飲みやすさはお水のようですが、飲むと石ころがカランコロンと音を立てるようなミネラル感がある。つまり、背骨がしっかりしているんです。だからこそ、どんなにふくよかでもスタイルがよく見える。 そして、あまりにもスマートなので気づきにくいですが、じつは酸味が特徴的。蜂蜜のような華やかさ、その下に隠れている白いお花のような景色に包まれながら、最後は余韻がすーっと抜けていく。後味が美しいのは酸がゆっくり落ちていくから。身体が驚かず、痛い感じが一切ないんです。

休日、自然体でいられるマリアージュ

休日のリラックスというと、ゴージャスなものを飲みたくなる方も多いと思います。でも、僕は自然体でいきたい。お酒も音楽も何も考えずに楽しむことができて、さらりと身体に染み込んでいく。その結果としてストーリーだけが残る。今回紹介したマリアージュはそういった楽しみ方ができるんです。

佐野敏高 | Toshitaka Sano
1984年、横浜生まれ。10代の頃からワインに目覚め、ニュージーランドへの留学中に生産地を巡りながら独学で探求。その後、イギリスでワインの学校に通う。帰国後、2004年からソムリエに。2006年より東京・有楽町にあるフレンチの名店『アピシウス』で修行。その後、ワインの輸入商社に勤務するなど多角的に各種文化を見つめ、2016年よりワイン食堂『calme(カルム)』をオープン。

・店舗名 /カルム
・住所/ 東京都目黒区大橋1-2-5 新村ビル 2F
・営業時間/18:00~23:30(L.O.21:30)、土曜のみランチ営業あり12:00~15:00(L.O.13:30)
・定休日/日曜
・電話番号/03-6455-1932
・オフィシャルサイト/https://calmenagisa.wixsite.com/calme-tokyo

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