投稿日 : 2020.03.16

70年代R&Bのスーパースターがモントルーに降臨した夜 【ライブ盤で聴くモントルー /Vol.19】

文/二階堂 尚

R&B界のスターとして君臨してきたアイザック・ヘイズは、その圧倒的な存在感と影響力に対して今日に至るまで必ずしも相応の評価を得ていない。名門レーベル、スタックスの屋台骨を支えたコンポーザーであり、のちにニュー・ソウルと呼ばれるようになるサウンドを生み出した名アレンジャーであった彼は、モントルー・ジャズ・フェスティバルに何度か出演している。現在DVDなどで見られるのは、晩年の2005年のステージである。そのステージに参加したのは、スタックスの仲間だったあの男たちだった。

スタックスの仲間たちによる夢のセッション

定評ある黒人音楽論『リズム&ブルースの死』(早川書房)などの著書で知られるジャーナリストのネルソン・ジョージは、アイザック・ヘイズを「70年代最初の黒人スーパースター」と呼んでいる。名門スタックス(注1)のソングライティング/プロデュース・チームで数々のヒット曲を手がけてきた裏方であったヘイズが、表舞台に登場したのは60年代の終盤であった。デビュー作こそほとんど評価されなかったが、2枚目に当たる69年の『ホット・バタード・ソウル』は、ビルボードのR&Bチャート8位、ジャズ・チャート1位のヒット作となった。オーティス・レディングが67年に自家用飛行機事故で死んで以来空席となっていたスタックスの顔役の座にヘイズが就いたのはそこからである。

注1:1957年に設立されたレーベル。サム&デイヴ、オーティス・レディングなどのアーティストが所属し、サザン・ソウル、メンフィス・ソウルというスタイルの発展に寄与した。1975年末に倒産。2006年末、レーベルの権利を保有するコンコード・レコードにより復活した。

そのポジションをさらに不動のものとしたのが、黒人をターゲットとした大衆映画、いわゆるブラックスプロイテーションの初期の作品『黒いジャガー』のサウンド・トラック『シャフト』だった。

「黒いジャガー」は1971年に公開されたアクション映画。アイザック・ヘイズが手掛けた主題曲「黒いジャガーのテーマ(テーマ・フロム・シャフト)」は、映画公開後にシングルカットされヒットを記録。第44回アカデミー賞の歌曲賞も受賞した。

『ホット・バタード・ソウル』がジャズ・チャートでも評価されたのは、LP片面に2曲ずつインストゥルメンタル中心の長尺曲を収録するというアプローチがジャズ的だったからだが、そのスタイルが頂点を極めたのが『シャフト』だった。2枚組15曲中ボーカルが入っているのは3曲のみ。ホーンやストリングスを配した都会的なサウンドは、その後のカーティス・メイフィールドやマーヴィン・ゲイのスタイルにも大きな影響を与えた。やはりブラックスプロイテーション作品のサントラとして製作されたカーティスの『スーパー・フライ』やマーヴィンの『トラブル・マン』は、いわば『シャフト』の嫡出子のような作品であった。

当時のヘイズのスーパースターぶりが最も如実に表われているのが、1972年8月にロサンゼルスのメモリアル・コロシアムで10万人の観客を集めてスタックスが開催した屋外ライブの記録映画『ワッツタックス』である。大トリのヘイズは完全に別格の扱いで、ステージまで車で送迎され、ステージに登るとおもむろに帽子と派手なガウンを脱いで、金色の鎖をまとった裸身を露わにする。バンドが演奏するのは『シャフト』からの「黒いジャガーのテーマ」。ヘイズがマイクを向ければ観客は「シャフト!」と応じ、会場全体が一体感に包まれる。スタックスが経営難で崩壊するおよそ4年前。ネルソン・ジョージが「歴史上最も素晴らしいレコード会社のひとつ」と呼んだ名門レーベルが最後の輝きを見せた瞬間の記録である。その中心にいたのは、まぎれもなくアイザック・ヘイズだった。

 

そのスーパースターがモントルー・ジャズ・フェスティバルに降臨したのは2005年である。最後のアルバム・リリースからすでに10年。音楽シーンの前線から遠ざかっていた頃だが、ヘイズの印象は往時と比べてほとんど変わっていない。スキン・ヘッドに髭、濃いサングラス、地の底から響くようなバリトン・ボイス──。この存在感を何と形容すべきか。

曲は『ホット・バタード・ソウル』『シャフト』『ブラック・モーゼ』などの代表作からのものが中心だが、前半ではスタックスを離れてからの曲も聴かせる。会場が最も盛り上がるのはやはり「黒いジャガーのテーマ」で、この曲によってワウワウ・ギターのカッティングが大衆化したとも言われる名アレンジは、現在の耳で聴いても新鮮である。

 

さて、ステージの最大の見どころは、DVDではボーナス扱いになっている4曲である。アイザック・ヘイズのバンドに、ブッカー・T・ジョーンズ(key)、スティーブ・クロッパー(g)、ドナルド・ダック・ダン(b)、すなわちスタックスのスタジオ・バンドであった “ブッカー・T&MG’S” のメンバーが加わって、「ソウル・マン」や「ユー・ドント・ノウ・ライク・アイ・ノウ」を演奏する場面だ。ヘイズの手になるサム&デイヴの大ヒット曲を、オリジナルの演奏陣をバックに、作曲家自らが歌う。R&Bファンにとってほとんど夢のようなセッションである。

モントルーの観客たちはさすがこのセッションの歴史的意義をよく理解していて、「ソウル・マン」のよく知られたイントロに迅速かつ熱狂的に反応している。たとえキャリアの絶頂期を遠く過ぎていたとしても、その業績には最大のリスペクトを払う──。ミュージシャンに対するそんな信念に支えられたフェスティバルだからこそ実現したステージと言っていいだろう。スターが没する3年前の記録である。


『ライブ・アット・モントルー2005』(DVD)
アイザック・ヘイズ

■1.Don’t Let Go 2.Don’t Take Your Love Away 3.Windows Of The World 4.Blues Is Alright 5.Joy 6.Walk On By 7.Drum Solo 8.Do Your Thing 9.Ellie’s Love Theme 10.Never Can Say Goodbye 11.By The Time I Get To Phoenix 12.Theme From Shaft 1.Soul Man 2.You Don’t Know Like I Know 3.I Stand Accused 4.Improvisation On “Do-Wop”
■Isaac Hayes(vo,key)、Charles “Skip” Pitt(g)、Kurt Mitchell(b)、James Robertson(ds)、Damien Savage(key)、Gerald Jackson(key)、Marque Walker(key)、Frederick Sawyers(vo), Rhonda Thomas(vo), Samantha May(vo)、Booker T.Jones(key)、Steve Cropper(g)、Donald “Duck” Dunn(b)
■第39回モントルー・ジャズ・フェスティバル/2005年7月2日

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