投稿日 : 2023.12.02

コロナ禍の「巣篭もり」と「アニメ作品」で楽器人口が急増中! ─いま楽器マーケットで何が起きている?【ジャムセッション講座/第18回】


これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。

前回、ボーカリストとしてジャムセッションを初めて経験したライター千駄木。このままボーカルに転向と思われたが、ギターへの情熱は冷めていなかった。彼は日々、中古ギター市場のサーチを行い、自分にフィットする1本を探し求めていたのだ。その過程で、非常に興味深い “中古楽器の流通事情” が見えてきた。

【今回の登場人物】

編集サトウ
編集者 ヤマシタ
本誌編集者。40代男性。ライター千駄木とともに当連載企画をスタート。音楽はジャンルを問わずなんでも聴く。ライター千駄木に無理難題を吹っかけて楽しむ悪人。

千駄木雄大

千駄木雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。30歳。大学時代に軽音楽サークルに所属しギター&ボーカルを担当。ジャムセッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという苦行を課せられ執筆中。コロナ禍も明けたので最近はたびたび洋楽アーティストのライブに行くように。11月前半はデフ・レパードとモトリー・クルーの対バン、後半はリンプ・ビズキットの単独公演を見てきた。ジャズは……?

“掘り出し物” ギターはどこにある?

編集 前回、ついに念願のジャムセッション・デビューを果たしたわけだけど、ボーカリストとしての参加だったよね。もうギターは諦めたの?

千駄木 ギターでも参加する気は満々ですよ。もっと腕前を上げるために、最近は社会人の軽音サークルにも入ったほどです。ただ、ほとんどのメンバーは出会い目的だったらしくて、音楽の話は二の次なので純粋に演奏したい僕は浮いています。

編集 まぁ、社会人サークルってそんなもんじゃない?

千駄木 ですよね……。ちなみに、浮いてしまうという点では、いま僕が使っているギターも気がかりなんです。この連載で以前(第14回)にギターセミナーに参加した際、ジャズの現場ではレスポールですら場違いな感じだったので。今はフルアコースティックやセミアコースティックといった “ジャズっぽいギター”を探しているところです。

編集 楽器店を巡っているの?

千駄木 実店舗とインターネットの両方ですね。ネットだとデジマートで中古のビザールギター(詳しくは後述)をおもに検索しています。実店舗だと、時間を見つけて車で郊外のハードオフセカンドストリートぐるぐる大帝国なんかを巡回していますね。

国内最大級の楽器専門ショッピングモールとして知られるデジマート

編集 すごいじゃん! ちゃんとギターへの情熱あるんだ。でも基本的には中古市場がターゲットなんだね。しかも、ちょっと個性的なギターを探してる?

千駄木 そうですね。2万円前後の入門者向けのギターの中に紛れ込んでいる、ヴィンテージな掘り出し物を見つけるのが楽しいですね。あと、ヤフオク! もよくチェックしています。例えば、ベンチャーズが使用していたことでもおなじみのモズライトというギターが、たまに1円からオークションがスタートすることもあるんですよ。「ほかに誰も落札者がいないように……」と願いながら、50円でオークションに参加するのですが、結局20万円くらいになって、相場と同じ値段で落札されています。

編集 当たり前だろ。それより、楽器探しといえば御茶ノ水(東京都千代田区)じゃないの?

楽天も中古品が充実

千駄木 御茶ノ水にも中古楽器の取り扱いはありますが、基本は入門者向けプロ仕様のハイエンドモデルがメインなので、あまり “探し甲斐” を感じないんですよね。僕が欲しいのは、どこのメーカーかもわからない謎のギターなので、フェンダーやギブソンのハイエンドモデルは眺めるだけになりますね。

編集 新品を買う気はないの?

千駄木 一応、すでにギブソンのそれなりのギターを持っているので、買うなら「誰も持っていなさそうな1本」が欲しいんですよ。なので、前出のサイト以外にもサウンドハウスAmazon楽天などにも日々、目を通しています。

千駄木が愛用するギブソン レスポール

編集 楽天は中古商品もかなり豊富だね。

千駄木 それぞれのサイトにレビューがあったり、解説動画が付いていたりするので、ネットもかなり有効だし便利です。なかでもデジマートは圧倒的ですね。これに付随するメディアで「デジマート マガジン」って媒体があるんですが、そこの読み物も秀逸なものが多い。楽器に関する記事はもちろんですが、例えば「DEEPER’S VIEW 〜経験と考察〜」という、エフェクターを分解して、中身の基盤などを解説する超絶マニアックな連載とかも面白いんです。

編集 なるほど。「デジマート マガジン」は楽器探しをアシストするメディアとして「デジマート」とうまく併立しているわけね。いまや何でもネットで買うモードになってるけど、さすがにAmazonでギターを購入するのは、まだ抵抗があるな……。

千駄木 試奏できないですからね。

編集 だからといって、ハードオフとかリサイクルショップで買うのもちょっと…。

千駄木 そうですね、ある程度の知識が必要だと思います。リサイクルショップで面白いものを見つけて、試奏をしたうえで購入したのに、家に帰ってアンプにつなぐと実はノイズがひどくて使い物にならない、ってこともありますから。

あと、これは中古品に限った話ではありませんが、ギターやベースは持ち運ぶものなので、徐々にパーツが緩んで外れたりします。安すぎるモデルだとハードケースはなく、薄いソフトケースもどきしか付いてこない場合もあるので、その辺は要注意ですね。

コロナ禍に中古楽器が大量放出

編集 楽器未経験者だと中古品には手を出しづらいけど、じつは中古ギターの市場って最近すごく盛り上がっているらしいね。

千駄木 最近というか、ここ何年かは世界的な盛り上がりになっているみたいですよ。つい先日、アメリカのテネシー州で行われたオークションでは、エリック・クラプトンが愛用していたサイケデリックカラーのギブソンSG127万ドル(約1億8700万円)。ほかにも、ニルヴァーナのカート・コバーンが最後のツアーで使用した青色のフェンダー・ムスタング158万ドル(約2億3600万円)で落札されたり。

編集 もうちょっと、身近な例を出してくれないかな?

千駄木 カート・コバーンのほうが値が付くんだという……。

編集 そこかよ。たしか去年も、カート・コバーンのギターがとんでもない値段で落札されてたよな。

千駄木 はい、「Smells Like Teen Spirit」のミュージックビデオで使用されたムスタングが5億6000万円

編集 それはともかく、最近はギターに限らず、日本国内の中古楽器市場そのものが非常に大きくなっている。これは実際に中古楽器の買い取り業者に聞いた話だけど、コロナ禍で大量の中古楽器が市場に出たんだって。しかもジャンクではなくて良質なものが豊富に。というのも、コロナの影響で演奏の仕事が激減したプロのミュージシャンたちが、手持ちのストック楽器を売却して糊口を凌いだという事情があるらしい。

千駄木 へぇ〜っ!

編集 その時期、ギターだけでなく、あらゆる楽器が中古市場に流れた。アンプや周辺機器、DTMなどの機材も含めて、かなり大量に売却されたんだって。だから、コロナ禍に多くの人が楽器を買い求めて「巣篭もり需要」なんて言われたけど、そこには少なからずプロのミュージシャンたちの楽器が供給されていたという図式があったようだね。

千駄木 なるほど。結果的に、うまく回ったわけですね。確かに自分も、この何年かギターを探している中で、コロナ以降の中古楽器市場は急激に盛り上がっているという実感はあります。

編集 千駄木くんがよく利用している郊外のリサイクルショップも同じような状況?

千駄木 そうですね。初心者向けの安価なギターも回転が良いみたいですよ。先週あった楽器が翌週にはなくなっているなんてことも多々あります。ただ、どのお店でもカシオEG-5というカセットデッキとアンプを内蔵したエレキギターはいつまでも残っているんですよね。

編集 何それ……。

千駄木 80年代に発売された商品で、当時はCharが宣伝していたようですよ。こういう珍品に出会えるのもリサイクルショップ巡りの楽しみですね。

人気アニメでギター需要拡大

編集 あと、アニメの影響でギターを始める人が増えたみたいだね。

千駄木 『ぼっち・ざ・ろっく!』ですね。本作は下北沢のライブハウスを拠点にしたガールズバンドの「ぼっちちゃん」と呼ばれる凄腕ギタリストが主人公の作品で、昨年10〜11月に放送されたアニメが話題を呼びました。

編集 「ギター・マガジン」(リットー・ミュージック)の8月号でも特集されていたね。

千駄木 原作のコミックスは6巻しか出ていないのにも関わらず、アニメ放送後の翌年3月にはシリーズ累計で200万部を突破したそうです。同作を出版している芳文社は、かつて『けいおん!』で楽器ブームを巻き起こしたこともあるので、その現象を彷彿とさせます。

編集 出版不況なのに景気のいい話だ。しかも、もともと同作は4コマ漫画なんだよね。

千駄木 それをアニメが音楽とともにドラマチックに演出したんですよね。総合楽器店の島村楽器が、2022年度下半期(2022年9月~2023年2月)に店舗で売れた楽器のランキングを発表したんですが、エレキギターやエレキベース、アンプ、エフェクターなど上位にランクインしていて、これは『ぼっち・ざ・ろっく!』の影響が大きい、との分析もありました。ちなみに、その(島村楽器の)ランキングで、前年からもっとも伸長したのは「エレキギター」で73%増加しています。

編集 新たにギターを始める “ライト層” も増加したんだね。

千駄木 実際、『ぼっち・ざ・ろっく!』の主人公が物語の中盤から使い出したヤマハのPACIFICAシリーズの売れ行きが良いらしいのですが、同機は新品でも3万〜6万円台なので、ライト層も手に取りやすいのでしょう。

ヴィンテージギターの価格が高騰

編集 その一方で、ある程度の経験と知識がある演奏者たちにしてみれば、中古品の世界も魅力的。ここ数年はいわゆるヴィンテージギターも世界的に価格が高騰しているみたいね。

千駄木 2021年に三木楽器が発表したデータになりますが、マーチンD-28というアコースティックギターを例に挙げると、同器の市場価格は年々右肩上がりだそうです。例えば 69年製のD-28の市場価格。1998年には40万円台前半でしたが、2021年には90万円へと推移しています。

三木楽器プレスリリース(2021年3月4日発表)より引用

千駄木 つまり、20年間で2倍以上に上昇しているということです。もっというと、60年製の市場価格はおよそ130万円40年製900万円となっています。

三木楽器プレスリリース(2021年3月4日発表)より引用

編集 こうなると、もう投機対象だね。

三木楽器プレスリリース(2021年3月4日発表)より引用

編集 すでに評価が定まった「名品」の価格が高騰し続けている。同じく、これまで評価の低かったギターにも “新たな価値” が生まれているよね。さっき “ビザール・ギター” というワードが出たけど、まさにそのジャンルも価格が上がっている。

千駄木 そうですね。ビザール・ギターとは「bizzare(異様な・奇妙な)」という単語の意味の通り、“変な形” であったり “異様な存在感” のエレキギターを指します。特に明確な定義はありませんが、おもに70年代以降のもので、当時は安価で売られていたものが多い。使い勝手のよくわからないボタンやスイッチが付いていたりもする。よく市場に出回っているのはグヤトーンテスコという日本のブランドですね。

編集 さっき話に出た「カシオ EG-5」も、その類だね。そういうビザールギターを愛用している有名アーティストはいるの?

千駄木 ジャック・ホワイトイーストウッドギターというブランドのAIRLINEというモデルを使っています。彼がホワイト・ストライプスで活動していた01年に、同社はAIRLINE 59 2Pという復刻版を販売しました。

編集 これまで珍品扱いされていたブランドのものに、新たな価値が付与された。それって音楽でいうところの「レアグルーヴ」みたいな感じだ。

千駄木 そうですね。あと、最近は「ジャパン・ヴィンテージ」と呼ばれる、昔の日本産ギターの価格が最近は跳ね上がっています。例えば以前、ジョン・メイヤートーカイというブランドのギターを抱えた写真が出回って話題になりました。「稀代のギターヒーローが使っているのであれば名機なのだろう」ということで買い手が急増し、価格が高騰したそうです。

Tokai(トーカイ)SILVER STARを抱えたジョン・メイヤー

編集 そうした70〜80年代の(一部の)日本製ギターは、フェンダーやギブソンを買えない日本人に向けた、いわば “コピー製品”で、本家が「変なコピー製品を作るのはやめなさい」と訴訟を起こしてきた過去もある。ずっとパチモノのような扱いを受けてきたわけだよね。

千駄木 一部の好事家の間では「価格のわりに品質が良い」という評価もありましたが、そこからさらにコロナ禍で海外バイヤーが目をつけたそうです。実際、リサイクルショップを回っていると、ギターを物色している外国人をたまに見かけるんですよ。あれってバイヤーなのかもな…。

編集 近年の円安を考えると、日本で仕入れができるのは嬉しいだろうね。いずれにせよ、日本産のオールドギターが海外市場で人気を博しているのは驚きだよ。

千駄木 ネットで「Japanese Vintage Guitar」と調べるといろいろなサイトが出てきますよ。モノによっては日本より高値で取り引きされることもあって、その値段に引っ張られて、日本での相場も上がっているみたいです。例えばさっきのトーカイというメーカーは、僕の中では「トーカイのタルボという変な形のギターを、平沢進が使ってたな…」くらいの印象でしかなかった。

編集 P-MODELの人ね。

千駄木 ところが最近、どのサイトを見てもトーカイのギターが高値になっている。まさか海外での高値が影響していたなんて、夢にも思いませんでした。

編集 シティポップのレコードが海外で高額取引されて日本の相場も上がっていった、という現象にも似てるね。

千駄木 ところで、ネットでギターを探している身として気になっているのは、Groteという中国のギターブランド。2万円程度でAmazonで買えて今は「安かろう悪かろう」と言われているのですが、ひょっとすると数十年後はトーカイのようにプレ値の付く楽器になるかもしれません。

編集 Amazonにいろいろラインナップがあるね。ちょうど、ハコモノ(フルアコやセミアコ)を探していたんだからいいんじゃないの? 使ってみてしっくり来なかったら、いつかブームが来るその日まで押し入れで寝かせておくといいよ。

千駄木 これを持ってジャムセッションに参加するのも一興かもしれませんが、もう少しディグらせてください……。

取材・文/千駄木雄大

ライター千駄木が今回の取材で学んだこと

① 郊外のリサイクルショップは宝の山
② デジマートなどの通販サイトも活用すべし
③ 「ぼっちちゃん」の愛用ギターは手頃な価格
④ マーティンのヴィンテージはもはや投機対象
⑤ 実家の倉庫に眠っている親父のトーカイを探せ

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