投稿日 : 2024.04.05

“ひとり演奏”のストレスをジャムセッションで昇華─ 田中菜緒子インタビュー【ジャムセッション講座/第22回】


これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、もっと上手に、もっと楽しく演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。

ジャムセッションにおけるピアノの役割や立ち回り方を知りたい! ということで今回はピアニストをゲストに招いて話を聞いてみた。が、またもやゲストの人生が面白すぎて、つい別の場所を深掘りしてしまう…。

【本日のゲスト】

田中菜緒子(たなか なおこ)
ジャズピアニスト。1985年、福岡県生まれ。幼少期からクラシックピアノを習い、桐朋学園大学ピアノ科に進学。大学卒業後にジャズの勉強を始め、都内のライブ・ハウスを中心にさまざまなライブやセッションに参加。2015年に初のリーダー・アルバム『MEMORIES』をリリース。2017年には初のスタンダード作品『I Fall In Love Too Easily』でメジャーデビュー。また、GLAYのTERU&TAKUROミニライブにサポートメンバーとして参加するなど、多様なジャンルのレコーディングやツアーメンバーとしても活躍。


【担当記者】

千駄木雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。30歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという苦行を課せられ執筆中。最近、レコードショップなどでジャズの名盤をディグっている際に、70年代のインドネシアのガレージ・バンドというジャンルに出会ってしまい、いよいよジャズから離れているが、LINEの呼び出し音は「ラプソディ・イン・ブルー」。

「もっと自分が楽しくなれる音楽」を求めて

本日お話を伺う田中菜緒子さんは、ジャズのフィールドを基軸に多彩な活躍を繰り広げるピアニストだ。この連載のテーマである「ジャムセッション」にも積極的で経験も豊富。さらにはロックやポップス作品にも数多く参加し、その美技とセンスを披露し続けている。っていうか、筆者の大好きな Mr.Children のアルバムにも参加している人なので、もう尊敬の念しかない。そんな田中さんだが、ジャズやポップス以外にもうひとつ、長年没頭した音楽ジャンルがあるという。

──田中さんはジャズの世界で活躍されていますが、学生時代は、ぜんぜん違うジャンルの音楽にどっぷり浸かっていたそうですね。

田中菜緒子(以下、田中) 3歳からクラシックピアノを習っていました。将来はクラシックの音楽家や作曲家になることを目標に、桐朋学園大学という音楽大学のピアノ専攻でクラシックを学んでいました。

田中菜緒子

──クラシック奏者ってその時代を生きた作曲者をリスペクトしながら弾かなくてはならないみたいな、かなり高度な表現の世界なんですよね?(『関ジャム 完全燃SHOW』〈テレビ朝日系〉出演のピアニスト、清塚信也さんの話の受け売りです…)

田中 そうですね。クラシックの世界は(ポピュラー音楽の世界と比べると)ある種、独特の価値観や世界観が存在していて、非常に魅力的です。その一方で、私の中ではずっとクラシックならではの「お堅い雰囲気」とか「厳格さ」を感じることも多くて。特にコンクールはそういう印象が強かったんですね。

──好きだけど、窮屈さも感じていた。

田中 そうかもしれませんね。それで、大学を卒業する少し前に「自分がもっと楽しく演奏できる音楽ジャンルって何かあるのかな?」と思って、いろいろな音楽を聴いて探り始めたんです。

──で、ジャズがフィットした。

田中 そうなんですけど、70年代のハービー・ハンコックのような、エレクトリックなジャズをカッコいいと感じたんです。

──いわゆるモダンジャズではなく、クロスオーバーやフュージョンに魅力を感じたんですね。

田中 ジャズのコードも知らなかったのですが、「やってみたいな」と思って、大学卒業後にジャズの道に進みました。

クラブジャズに触発され「バンドやりたい!」

──クラシックとジャズでは、演奏スタイルが全く違うし、そもそも音楽に対するアプローチが異なりますよね。

田中 そこが最も苦労した部分であり、楽しかった部分でもあります。

田中菜緒子

──ちなみにピアノを弾くという技術的な部分においては、クラシックで相当に鍛えられていましたよね(かつて田中さんは『水曜日のダウンタウン』(「ねこふんじゃった」一番速く弾けるのピアノ説)に出演。壮絶な速弾きを披露し、出演者たちを唖然とさせた)。だからジャズへの順応も早かったのでは?

田中 そうですね。ピアノのテクニック的な部分でいうと、幼い頃からクラシックで鍛えてもらった甲斐があったのかなと思います。

──ジャズのコードすら知らなかったという発言もありましたが、そもそもクラシックには “コード” の概念がないんでしたっけ?

田中 クラシックを学んでいた頃は、音符だけが載っている楽譜しか見たことがなくて。だから「コードネームを和音で弾く」ということを、大学を卒業して初めて体験しました(笑)。

──TAB譜は読めるけど音符はわからない、っていうギタリストやベーシストは大勢いますけど、クラシック出身者はその逆なんですね。ちなみにジャズの世界に入ろう!と決心したきっかけは何かあったんですか?

田中 在学中に、エレクトリックなジャズやフュージョンを聴いて「なんか、いいな…」と感じて、そこから私が大学を卒業する頃(2000年代の初頭)に「クラブジャズ」と呼ばれる音楽が流行っていたんです。それがきっかけで、SOIL&”PIMP”SESSIONS や indigo jam unit の音楽を聴いて、自分でもバンドがやりたくなったんですね。

──クラシックをガチでやってる音大生が、渋谷のクラブに通って indigo jam unit とか観てたんですか?

田中 …はい(笑)。だから、たとえばビル・エヴァンスみたいなピアニストの演奏とか、スタンダード曲を聴き始めるのは、仕事を始めてからです。

──桐朋学園大学というと名門の音楽大学ですが、田中さんのほかに、卒業生でジャズの道に進んだ人はいたんですか?

田中 数人しかいないと思いますよ。というのも、ガチガチのクラシックの学校だったため、「ほかのジャンルを弾くのは許されない」くらいの雰囲気でしたからね。

──そんな学校でポップスの曲でも弾いた日には、どうなるのでしょう?

田中 もう、手を「パシッ!」と……。「なに、やってるの!?」と言われたでしょうね(笑)。ただ、昔と比べるとずいぶん多様性も認められるようになって、クラシック奏者がいろんなジャンルで表現活動をできるような環境になったと思います。

セッションで築く人脈と経験

──そうしてジャズの世界入って、今度はジャズ業界の窮屈さとか理不尽を感じることはなかったですか?

田中 もちろん、ジャズ界には特有の雰囲気があるし、驚いたり戸惑ったりすることもありました。最近は女性の演奏者も増えてきていますけど、私が入った当時はまだ、わりと男性社会でしたから。

──確かに、女性のボーカリストは多いけど、演奏家は少ない印象ですね。そうしてジャズ界に足を踏み入れるわけですが、それ以前にバンド形態で演奏する機会はなかったのですか?

田中 まったくなかったですね。たまにバイオリニストの伴奏をすることはありましたが、基本はクラシックの楽曲をひとりで弾いていました。

──なるほど。同じクラシックのピアニストでも、ソロのピアニストとオーケストラのピアニストは、役割が大きく異なりますよね。

田中 特にわたしの場合はソロ曲が多かったですからね。それもクラシックを楽しめなかったひとつの要因かもしれません。「ひとりで弾くよりも、誰かと一緒に演奏したい! ドラムなどのリズムも欲しい」と思うようになったんです。

田中菜緒子

──田中さんは大学在学中にブルガリア国際コンクールで優勝したり、クラシックの世界で成果を出していた。それでもジャズの魅力が勝ってしまったわけですね。ちなみにジャズ業界でうまく立ち回るには、どんなことを心がけるべきですか?

田中 先ほど、「クラシックのソロ演奏ばかりやっていたら “誰かと一緒に演奏したい” という欲求が生まれた」という話をしましたが、まさにそこが重要なポイントだと思います。つまり、基本的にジャズって “誰かと一緒に演奏する音楽” だと思うんです。

──それは聴衆も含めて。

田中 その通りです。だから人の繋がりってすごく重要なんですね。そういう意味でも、先ほどおっしゃった「ジャムセッションの現場」は大切です。演奏の経験値を上げるためにも、人脈を作る上でも。

──それをひたすら続けるうちに、いろんなところから声をかけられるようになる、と。

田中 そうですね。ジャムセッションの現場に通っているうちに、セッションのホストにまた呼んでもらえたり、そのとき共演した演奏者にほかのジャムセッションに呼んでもらったり……。その繰り返しでした。

ジャズ特有の “匂い” を放つには?

──田中さんがジャムセッションに参加しはじめた00年代って、セッションの現場はどんな感じでした? 20代の女性がひとりで乗り込むのはかなり抵抗ある場所のような気がするんですけど。

田中 一応、譜面は読めるので、最初は「ジャズってそんなに難しくないじゃん」と思いながら弾いていました。しかし、それはあくまでも譜面上のことであって、ジャズの本質というか、奥深さを理解できていませんでした。

──奥深さというのは?

田中 自分では上手に弾いたつもりでも、フィーリングやリズム感、そして「匂い」がジャズっぽくならないんですよ。そもそも「曲」を知らなかったですからね。

つまり、メロディだけそれっぽく弾けたとしても、曲の本質とかジャズの全体図を理解せずに演奏していたので、“先人たちが積み上げたもの”を踏まえることもできず、浅い演奏になってしまっていました。いわば、ジャズの “香り” みたいなものを出せていませんでした。それは “クラシック音楽で身につけた上手さ” とは全く別のものなんですね。

──なるほど……(まだ曲をまともに覚えていない筆者にしてみると、高尚すぎる話だ)。ちなみにその “ジャズっぽさ” につながるフィーリングは、どのようにして身に付けられたのでしょうか?

田中 これはすでにみなさんがおっしゃられていることだと思いますが、アドリブなどの「トランスクライブ(耳コピ)」が大事だということを知ったんです。耳で聞いてそれをマネしての繰り返し……。言語の学習と同じですよね。

──それは譜面を読んだうえで、もう一度聴き直して、ニュアンスを知るということですか?

田中 譜面から曲に入るよりも、まず聴いて「この曲いい」と思ったら譜面を見ないで、耳で聴いて覚えて演奏したほうが、ジャズの場合は雰囲気が出ると思います。

──クラシックで習ってきた価値観とは真逆ですね。

田中 そうですね。まずアドリブが譜面に書いていないので、想像力を働かせたり、耳で聴いてきたものを表現するという作業は、確かに難しかったですね。

ジャズ教室の先生曰く「ここに来る必要はない」

──ジャズプレイヤーを目指して、まずはジャムセッションを数多くこなしていった。その前の段階では、どのような練習をしてきたんですか?

田中 大学卒業後、ジャズ教室に通い始めて、そこでコードとスケールを一通り学びました。

──ジャズ教室!? クラシックのエリートがいきなり門を叩いてきて、その教室の先生も驚いたのではないでしょうか?

田中 「あなたに教えられることはないので、ここに来る必要はない」とは言われました(笑)。でも、その教室の先生が「ジャムセッションってのがあるから、そこに行ってみな」って勧めてくれて。

田中菜緒子

──ちなみに、どこのセッションですか?

田中 入谷にある「Four & More」というジャズクラブでのジャムセッションです。そこでかわいがってもらって、さまざまな曲を覚えることができたんです。やっぱり、ジャズというのは、教えられるものでもなく、曲が好きで「こういう風に弾きたい!」という、自分の中から湧き起こる欲求がいちばん大事だと思いました。

──その頃に、ジャズのスタンダード曲を覚えていったのですか?

田中 せっかくジャムセッションに呼ばれたのに、曲を知らないと「こんな有名曲を知らないの?」となってしまうので、まずは曲のレパートリーやメモリーを増やす努力をしていましたね。

──それってセッションに参加するための義務として覚えていたわけですよね。それだと頭に入らなくないですか?

田中 やっぱり、好きな曲だから覚えることができたのだと思います。スタンダードなジャズもそのときに、どんどん好きになりました。

サイドマンに指名される喜び

──そうして現在、多くのセッションに呼ばれるようになった。さらに、ご自身がホストリーダーを務めているNARU  お茶の水でのジャムセッションは毎月欠かさず開催。その一方で、さまざまなレコーディングに起用されたり、ライブの客演でツアーを回ったり…そういったサイドマンとしての演奏も入れるとかなりの多忙じゃないですか?

田中 私は「サイドマン」という役割が好きなんです。というのも、これはわたしの持論なのですが、サイドマンとして呼ばれることは “実力の証” だと感じているんです。自分のバンドだと自分の好きなように演奏できますが、サイドマンとして呼ばれた場合は、さまざまなものを要求されるため、必然的に実力が求められます。その役割を担えるのは喜ばしいことだし、呼んでくれた人の期待に応えるのが楽しいんですよね。

田中菜緒子

──わかります。サイドマンのカッコよさ。

田中 たとえばハービー・ハンコックも、かつてはマイルス・デイヴィスのサイドマンでしたよね。海外では、有名なアーティストのサイドマンとして成長して、その後、自分がバンドリーダーになるというのがプロセスとしてあるのですが、日本は少し違いますよね。リーダー気質の人とサイドマン気質の人という感じで、それぞれ分かれている。わたしはもっとサイドマンが陽の目を浴びるようになるといいなと思っています。

──田中さんは 、サイドマンであることに誇らしさや意義を感じることができた。そんな気質があったからこそ、自身のジャムセッションだけではなく、さまざまな人のジャムセッションに呼ばれてきたのでしょうね。

田中 そうですね。伴奏も好きなので、トランペットやサックスの伴奏・バッキングを担当しているときは幸せですね(笑)。ジャムセッションの参加者にも「あれ? なんか自分、上手くなってない?」と思ってもらいたいので、例えばリズムがいいコンピング(伴奏)をしたら、きっと気持ちよく吹いてくれるでしょう。そういうジャムセッションを自分は目指しています。

──それって、田中さんが学生時代に感じた誰かと一緒に演奏したい!という思いと、しっかり繋がっていますね。ジャムセッションという「みんなでアンサンブルを楽しめるジャズ」が田中さんの性には合っていたのでしょうね。

田中 伴奏するのは楽しいですからね。それと、自分でコンサートを開いても、ジャムセッションを休んでいると“ジャズの感覚”が鈍るため、人と合わせたくなります。ひとりでメトロノームに合わせて練習しても、味気がないというか、絶対にひとりだと埋まらない感覚だと思います。人と合わせるというのがジャズですからね。

「後編」(5月3日公開)に続く

取材・文/千駄木雄大
撮影/加藤雄太

ライター千駄木が今回の取材で学んだこと

① クラシックとジャズの「巧さ」は別物
② 五線譜が読めても耳コピのほうが大事
③ 伴奏でほかの演奏者を気持ちよくさせよう
④ ひとりよりもみんなで演奏するほうが楽しい!

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