【ポール・ブラッドショウ】英ジャズ誌の主筆が語った「彼らにとって、それがジャズなのだと思う」

取材・文/中村 望

2018.12.07

ポール・ブラッドショウ/インタビュー

80年代の終わり頃、ロンドンを中心にアシッドジャズ・ムーブメント(注1)が巻き起こった。これは現在の「新世代UKジャズ」と同じく、一般メディアも取り上げるほどの現象だったが、その中核を担っていたのが、イギリスの音楽誌『ストレート・ノー・チェイサー(Straight No Chaser)』(1988年創刊)だった。

注1:80年代後期イギリスのクラブやDJカルチャーを母体に生まれたムーブメント。

同誌の発行人/編集長のポール・ブラッドショウは、現在もロンドンを拠点に情報を発信。ジャーナリストとして長年シーンの動向を観察し続けている彼が“ロンドンの現状”を語ってくれた。

若い才能を育む環境

──現在のロンドンでの(ジャズ系の)ムーブメントはいつ頃から顕在化したのでしょうか?

シーンが大きくなったのはこの5、6年の間で、いまではメイン・ストリームのメディアによってさらに拡大されているね。ただし、これは急に現れたわけではなく、ロンドンのジャズは(以前から)ずっと継続していて、徐々に進化していき、それに伴いオーディエンスも増えていったんだ。

──南ロンドンを中心にシーンが活性化した要因は何なのでしょうか?

人々が北から南に移った大きな要因は、北ロンドンの家賃が法外に高騰したことが挙げられる。かつて治安の悪かったハックニー区(ロンドン北東部の自治区)も含めてね。彼らは家賃の安い南へと追いやられたんだ。

ドラマーのユセフ・デイズを例に挙げると、彼は自分の育ったルイシャム(ロンドン南部)に目を付けた。そには大きなアフロ・キューバン・コミュニティがあったからね。ちなみに、同じ南部の街ペッカムにも、大きなアフリカン・コミュニティと、多民族性にあふれたニュージャズ・シーンがある。

一方、西ロンドンでは、かれこれ15年続いている「ジャズ・リフレッシュド(Jazz Re:freshed)」というイベントが人気を博していて、ここでも若い才能が次々と輩出された。現在のシーンに関わっているミュージシャンを探すなら、イベント会場である「Mau Mau Bar」のラインナップを見てみるといい。若いプレイヤーはもちろん、ジャズ・ウォーリアーズ(注2)世代のミュージシャンも出演しているよ。

注2:Jazz Warriors/サックス奏者のコートニー・パイン(1964–)らを中心としたプロジェクト。アフリカや西インド諸島にルーツを持つメンバー20余名で構成。1987年にアルバム『Out of Many、One People』を発表。

それから、2014年にロンドン北部のストーク・ニューイントンにできた「TRC(Total Refreshment Centre)」(※今年6月にイベント休止を発表)も、北ロンドンの音楽シーンの隆盛に寄与した。彼らの姉妹イベント「チャーチ・オブ・サウンド(Church Of Sound)」も同様だ。

ジャズ・ウォーリアーズの影響

Steez(スティーズ)についても語らなくてはいけないね。2011年から始まったこのイベントは、南ロンドンの有能な若手ミュージシャンや作家・詩人たちが交流できるクリエイティブの場になっていた。モーゼス・ボイドやヌビア・ガルシアなど、現在のシーンで活躍する若い才能たちに大きな影響を与えた、非常に重要なイベントだ。

ほかにも南ロンドンには、DJのブラッドリー・ゼロ(同名でイベントやレーベルも主催)が「カナバンズ・ペッカム・プール・クラブ(Canavan’s Peckham Pool Club)」というクラブで隔週で開催していた「リズム・インターナショナル」というダンス・セッションも影響力の強い場となっていた。

──新世代プレーヤーたちに、なにか共通した特徴は感じますか?

多くの若手ミュージシャンは、グライムやガレージ、ダンスホール、UKファンク、アフロビートなどの影響を受けていて、同時にギルドホール音楽院(注3)などで正当な音楽トレーニングも受けている者も多い。

注3:Guildhall School of Music and Drama/1880年に設立された公立の芸術学校。音楽・演劇を専門的に扱い、多くの俳優や音楽家を輩出。

あと、彼らの中には、ゲイリー・クロスビー(ジャズ・ウォーリアーズのメンバー)による若手育成のジャズ教育プログラム「トゥモローズ・ウォーリアーズ(Tomorrow’s Warriors)」(注4)を経験している者もいる。若いうちからこのプログラムを経験した者は、アフリカン・ディアスポラ(注5)の伝統の中で、自分たちの音楽を演奏する自信をつけたんだ。

注4:ゲイリー・クロスビーらが1991年に創立した若手育成の教育プログラム。音楽教育を受ける機会の少ないマイノリティ(特に女性やアフリカ系)に対して無料の音楽教育プログラムを提供している。

注5:Diaspora=パレスチナ以外の地に移り住んだユダヤ人。転じて「アフリカから連行された者や、その子孫たち」の意。

──ジャズ・ウォーリアーズとはどんなグループだったのでしょうか?

ジャズ・ウォーリアーズは、50年代から60年代のウィンドラッシュ世代(第2次世界大戦後にカリブ海地域から英国に移住した人々)によって構成されている。彼らは当初、アート・ブレイキーや当時の若いプレーヤーたちにインスパイアされ、長い時間をかけて独自のスタイルを確立していった。

彼らの音楽は、80〜90年代のジャズダンス・ムーブメントとの繋がりも大きかった。そういう意味で、彼らの知名度を向上させたのは、我々『ストレート・ノー・チェイサー』や、ジャイルス・ピーターソンの「トーキング・ラウド(Talking Loud)レーベル」だった、とも言えるんだけどね。

──彼ら(ジャズ・ウォーリアーズ)の世代と、新世代。その違いや共通点を挙げるなら?

両者はある意味で共通している。ジャズ・ウォーリアーズの多くは東ロンドンがルーツだが、ブロークン・ビーツのパイオニアであるIG・カルチャーや4ヒーローのディーゴなど、西ロンドン勢とも深く関わっていた。いまの世代も、南や西など地域に関係なく交流を持っているからね。

また演奏面においても「トゥモローズ・ウォーリアーズ」出身の新世代プレーヤーたちが、ジャズ・ウォーリアーズ世代から受け継いだものがあって、そこは彼らの音源やライブでも見て取れる。前世代と同様に、彼らはスキルを磨き、オーディエンスを沸かせ、作曲にも注力している。これは“メディアの大げさな報道”にシーンが振り回されないために不可欠なことだ。耳が肥えた外国でやる場合は特にね。

出版・放送メディアも後押し

──90年代のアシッドジャズ・ムーブメントにおいて、あなたやジャイルス・ピーターソンは重要な役割を担っていました。同じく、ミュージシャン以外の人間で、現シーンにおけるキーパーソンはいる?

現在のシーンにおいてもジャイルス・ピーターソンは重要な人物だ。彼はブラウンズウッド(Brownswood Records)や、フューチャー・バブラーズ(Future Bubblers:ジャイルスが発足した若手発掘/支援プログラム)を主導しているし、彼のラジオ局「Worldwide FM」も、グローバルな音楽媒体として極めて重要だ。ほかにも「NTS」や「Soho Radio」などのデジタル・ラジオ局はシーン全体の発展に大きく貢献している。

それから、先ほども話した「TRC」のレクサス・ブロンディンや、「チャーチ・オブ・サウンド」のスペンサー・マーティンといったプロモーターたちも重要な人物だ。彼らはロンドン外のプロモーターとも新しいネットワークを築いているんだ。しかし、これらを踏まえても、多くのイギリスの若いミュージシャンたちが生計を立てていくにはまだまだ難しいだろうね。

──あなたが、いま最も注目しているミュージシャンは誰?

シャバカ・ハッチングスだね。彼はシンプルに素晴らしいジャズ・プレーヤーだよ。彼が率いるバンド、サンズ・オブ・ケメット(Sons of Kemet)や、コメット・イズ・カミング(The Comet Is Coming)などの活躍を受けて、他のアーティストたちも彼に追従しようとしている。

現在のシーンにおいて、最も影響力があるクルーは、スチーム・ダウン(Steam Down)の面々だろう。彼らは毎週水曜日にルイシャムのバー「バスター・マンティス(Buster Mantis)」でフリー・セッション・イベントを開催していて、そこでは、エズラ・コレクティヴ(Ezra Collective)のフェミ・コレオソ(ds)や、チューバ奏者のテオン・クロス。鍵盤奏者のジョー・アーモン・ジョーンズや、カマール・ウィリアムス、ギタリストのマンスール・ブラウンなど、人気プレーヤーも数多く出演している。

個人的には女性サックス奏者のキャシー・キノシのグループ、シード・アンサンブル(SEED Ensemble)も好きだね。アフロ・フューチャリズムを内包する彼女の幅広いビジョンや発言は素晴らしい。

──ほかにも、女性プレーヤーの活躍が目立ちますね。

そう、現在のムーブメントにおいて特筆すべきことは、マイシャやネリーヤ、ココロコといったバンドで、多くの女性たちが活躍している点だ。ヌビア・ガルシア、キャシー・キノシ、シャーリー・テテー、シーラ・モーリスグレイ、数え切れないほどの素晴らしい女性プレーヤーたちがいるんだよ。

新世代が求める「JAZZ」とは

──最近、このムーブメントの大きさを実感するような出来事はありましたか?

マシュー・ハルソール率いるマンチェスターのゴンドワナ・レコードが、今年で10周年を迎えて、先日カムデン・タウンのラウンドハウス(Roundhouse)で記念イベントを開催したんだ。白人ばかりだったけど、2500人ものオーディエンスが集まった。しかも幅広い年代のね。これはすごく印象的だったよ。

また、モーゼス・ボイドがMOBOアワード(Music of Black Origin Awards:ブラックミュージックをテーマにした英音楽賞)の「ベスト・ジャズ・アクト」を受賞したり、シャバカ・ハッチングスがインパルス(Impulse! Records)と契約したり。この界隈の動向に、いわゆる“メジャー”が興味を示したことは大きなインパクトだったね。

──若者たちを中心にジャズ人気が再燃した要因について、あなたの見解を聞かせてください。

その話をするために、シャバカ・ハッチングスの言葉を借りよう。「音楽には時代が反映される」。いま、イギリスの若者たちは変化の只中にいる。彼らの希望、そして、怒りや恐怖、幻滅、不信の声。これらは、“支配体制が描く保守的な考え”に対立するものだ。

こうした状況は、彼らの自由への意識や、精神性を高めるチャンスでもあるし、クールな音楽を思いきり楽しむチャンスでもある。

いまの若い世代の音楽ファンを駆り立てるものは「何を経験できるか?」や、 「この時代における本物は何か?」という問いだ。彼らにとって、それがジャズなのだと思う。

──今後『ストレート・ノー・チェイサー』を通して何を伝えていきたい?

新世代のミュージシャンたちの進化は、ストレート・ノー・チェイサーを再始動する上で最も重要なファクターだった。我々の目的はこれまで同様、ロンドンと世界のクリエイティブ・コミュニティの点と点を結ぶこと。そして、政治的に分断されたこの危険な時代に、創造性、知識、可能性、団結力を深く掘り下げ、広めていくことだ。

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