2019.04.25

【review】マーヴィン・ゲイ “幻のアルバム” は70s前期作のミッシング・リンク?

タイトル
You're The Man/ユーアー・ザ・マン
アーティスト
マーヴィン・ゲイ
レーベル
ユニバーサル・ミュージック

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マーヴィン・ゲイの未発表アルバム『ユーアー・ザ・マン』がリリースされました。この作品は1972年に制作されるも、諸々の事情で発売が棚上げされた幻のアルバムです。

マーヴィン・ゲイの代表作といえば、1971年のアルバム『ホワッツ・ゴーイン・オン』。これを機に、彼の“作家性”が花開き、一般的な認知も拡大します。

『What’s Going On』(1971)

で、その次(注1)に出したオリジナル・アルバムが『レッツ・ゲット・イット・オン』(1973)。セールス的には、これが最大のヒット作となります。

注1:マーヴィン・ゲイ名義の“オリジナル・アルバム”としては『レッツ・ゲット・イット・オン』(1973)が次作となるが、その間、1972年に映画『トラブル・マン』のサウンドトラック・アルバムを発表している。同作は、サントラという性質上、ほぼインストゥルメンタル作品。

『Let’s Get It On』(1973)

今回、日の目を見たアルバム『ユーアー・ザ・マン』は1972年作なので、時系列でいうと、彼が“アーティスト”として覚醒した『ホワッツ・ゴーイン・オン』(1971)と、最大ヒットを記録した『レッツ・ゲット・イット・オン』(1973)の間に作られたアルバム。つまり、もっとも脂の乗った“いい時期”の録音です。そんな好機の作品がなぜお蔵入りになってしまったのか。

じつは、当時リリースされたタイトル曲「ユーアー・ザ・マン」が、ポップチャートで50位止まりだったため、本人は意気消沈。この曲を軸にしたアルバムリリースの気持ちが萎えてしまった、とも言われています。また、レーベル(モータウン)社長のべリー・ゴーディーとの折り合いも悪かった(「ホワッツ・ゴーイン・オン」発表時も一悶着あった)という見方もあります。 ちなみにこのタイトル曲は当時、日本盤シングルも発売されました。

「You’re The Man」(1972)日本盤シングル

このシングル曲と、お蔵入りになったアルバム収録曲。さらに、1972年に制作されたクリスマス・シングルなどのレアトラックを合わせた17曲が、今回のアルバム『ユーアー・ザ・マン』の全貌です。

『You’re The Man』(2019)

なかでも3曲は、サラーム・レミ(注2)によって新たにミキシングされたバージョンで収録。キックとスネアが “今っぽく” デザインされた優良ミックスだと思います。

注2:作曲家/プロデューサー。Nasやフージーズ、エイミー・ワインハウスらの作品に関与。

●サラーム・レミのリミックス「シンフォニー」

ところで今回「幻のアルバムが発掘された」ような印象もあるかと思いますが、じつは作中のほぼ全ての曲が既発。これまで何らかの形(編集盤やデラックス・エディション等に収録)で世に出ています。ただし、こうして1枚のアルバムとして形になったのは初めてのこと。今回のアルバム化によって新たに見えることもあります。まずはそのテーマ性。

彼の前作『ホワッツ・ゴーイン・オン』は非常にコンセプチュアルなアルバムでした。そのテーマは「社会問題」。反戦歌のタイトル曲を筆頭に、児童虐待や貧困問題にも言及。シングル発売された「マーシー・マーシー・ミー」は副題に“ザ・エコロジー”と打って、環境問題を歌ってます。

まるでラブソングのような“耳あたり”ですが、ざっくり要約すると、こんなことを訴えてます。

人間は、海に石油を垂れ流し、
魚を水銀漬けにし、
空に放射能を撒き散らし、
鳥や動物を死なせています。
地球はあとどれくらい、
人間からの虐待に耐えられるのか…。
ああ…どうかお許しください、神様。

当時としては異例の “意識高い系ソウル” ですが、ビルボードR&Bシングル・チャート(1971年8月)で2週連続の1位を獲りました。ちなみに、その前週の1位はジェームス・ブラウンの「ホット・パンツ」。

女の尻ってよぉ、最っ高だよな!!  みたいなことを延々と叫んでる曲です。JBに熱狂した翌週には一転、しんみりと地球のことを心配している。この落差…。そんな1971年8月のヒットチャートでした。

本題に戻します。今回のアルバムの半分くらいに、前作『ホワッツ・ゴーイン・オン』の雰囲気(ポリティカルな歌詞)が含まれています。で、あと半分くらいは、人間愛(恋愛・性愛ふくむ)が歌われている感じです。じつは、この後のアルバム『レッツ・ゲット・イット・オン』(1973)は、社会問題から一転、性愛をテーマに作られました。そういう意味で本作は、前作と後作の要素が同居しているアルバムと言えます。

また、歌唱の面でも、力強いシャウトと優しいささやきが混在。サウンド面も、甘美でドリーミーなトラックが約半数で、残りはタイト&アッパー、もしくはレイドバック感あふれるモダンソウルといった趣。さらに、クレジットを見ると、本人プロデュースの曲と、他のプロデューサー(ウィリー・ハッチなど)を迎えた曲が半々くらい。と、あらゆる点で“前後作の特性”を分け合っています。

これはまさに、前作『ホワッツ・ゴーイン・オン』と、後作『レッツ・ゲット・イット・オン』をつなぐミッシング・リンク。「社会問題」と「性愛」という前後作のテーマに、自然なグラデーションを作ってくれたアルバムである。という見立てもできるのではないでしょうか。

しかもオープニング曲の「ユーアー・ザ・マン」は、前アルバムの最終曲「インナー・シティ・ブルース」とどこか似ていて、前作の続きからスタートする印象さえ受けます。

そんな本誌の解釈を、本作(日本盤)の対談解説にも登場している音楽評論家の林剛さんに話したところ、こんな反応。

「たしかに、そういう見方もできます。ただ、本人が言ってるわけじゃないから、そこは何とも…。確かめようがないですね」

そんな林さんとSWING-Oさんの濃厚な対談が付録される、日本盤CDの購入をぜひおすすめします。

https://www.universal-music.co.jp/marvin-gaye/products/uicy-15825/