2019.07.31

タイ:ホアヒン・インターナショナル・ジャズ・フェスティバル【世界のジャズフェス探訪】

リポート/早田和音

【世界のジャズフェス探訪】タイ

2015年以降発展目覚ましいタイ

ジャズという音楽は、世界中で様々な文化と混ざり合いながら変容を遂げてきた。もともとアフリカのリズムと、ヨーロッパのクラシック音楽が新大陸=アメリカで出会ったことにより生まれた音楽であることを考えれば、その雑食性も頷けるだろう。現在においても進化を続けており、近年ではイスラエルにおけるムーヴメントがその最たる例。その他にも、地中海を挟んでアフリカを望むイタリアやスペインなど、異なる文化と結びついて様々なスタイルに発展している。

そんな中、アジアでジャズのムーブメントをおこしつつある国のひとつがタイだ。

同国は、2015年に政府が長期経済開発計画「タイランド4.0」(注1)を提言すると、海外企業が国内に多数流入。結果、近年の東南アジア圏ではインドネシアに次ぐGDPの伸びを示すなど、発展政策が確実に成果を上げている。また、同国の首都バンコクは、タイの中心地であるばかりでなく、近隣のミャンマーやカンボジア、ラオスに進出する際の利便性も高く、各国の企業が東南アジア進出の拠点に据えている。

そんな経済発展めざましい国で、なぜいま「ジャズ」が流行っているのだろう。

注1:これまでの発展に次ぐ第四段階を望んだビジョン。「イノベーション」、「生産性」、「サービス貿易」をキーワードに、20年をかけた長期発展を目指す。

異文化に寛容な気風が生んだ、歌と踊り

こうした経済的発展の追い風を受けて、タイでは異文化の融合も加速している。宗教的に見れば、一般的に仏教国というイメージが強い。もちろん仏教信者は国民の大多数にのぼるが、南部地域ではイスラム教も多く信仰されているほか、キリスト教、ヒンドゥー教の信者も多く暮らしており、多文化国家の色合いもみてとれる。そうした文化の違いが時に紛争の原因にもなったが、一般的な市民生活の中では互いに寛容の精神を生み出しており、異文化に対して大らかに受け止めようという気風が流れている。

タイの伝統舞踊は、神に捧げるための「舞」と密接に関係している。豪華絢爛な衣装に身をまとい、指先まで優雅に舞う。これに歌や演奏を交えながら、「舞踊劇」というスタイルの演劇を構成する。

こうした経済的、文化的背景はタイの音楽にも大きな影響を及ぼしている。タイ国内にはさまざまな民族音楽が存在するが、最も有名なものが「モーラム」と呼ばれるもの。タイ東北部のイサーン地方のラーオ族の音楽を源とするこの民族音楽は、笛(ケーン)やファルセットを用いた独特の節回しのメロディと、生活感豊かな歌詞、そして数多くの打楽器が打ち鳴らされる点が特徴的だ。発祥の地であるイサーン地方の土壌が農業にあまり適していないため、やがて数多くの人々が職を求めてバンコクをはじめとする大都市へと渡ることになるのだが、移り住んだ土地で故郷を想いながら仲間で集まって歌と踊りで時間を過ごしていくうちに、国全体でのポピュラリティを獲得した——というのが、モーラムの広まった理由だ。

モーラムの伝統を今に伝えるアンカナーン・クンチャイ。ケーンと独特の歌いまわしで幻想的な世界へ誘う。2016年、来日公演の模様(東京・渋谷WWW)

この地では、仲間が集えばそこに歌と踊りが生まれる。それゆえタイでは民族音楽で用いられる打楽器を用い、ポップスやジャズ、フュージョンとコラボレーションした音楽が現在とても流行っている。ラテン音楽と同様、パーカッションがフィーチャーされたリズミカルな音楽は「律動」という観点からさまざまな音楽と融合しやすい。タイのポピュラー音楽を聴いていると、新たな音楽の胎動をリアルタイムで実感することができるだろう。

ホアヒン・インターナショナル・ジャズ・フェスティバル

毎年6月に開催されている「ホアヒン・インターナショナル・ジャズ・フェスティバル」(以下HIJF)は、ここまで述べてきたタイの音楽的バックグラウンドのすべてが凝縮されたイベントと言ってよいだろう。そのスタートは、音楽好きとして知られる前国王のラーマ9世が在位中の2001年。開催地に選ばれたのは、タイ南部のビーチタウン、ホアヒンだった。

首都バンコクから車で3時間強のところに位置する同地は、タイ王室の保養地としても知られ、波の穏やかな白砂のビーチの手前には瀟洒な佇まいのホテルや、レストラン、カフェなどが建ち並ぶ。一方で、ビーチから徒歩10分ほどの場所にあるダウンタウンには、ライブ演奏を伴ったミュージック・バーも散見されるなど、この街では異なる文化/風景を一度に味わうことができる。

HIJF2018年のダイジェスト映像

そんな環境で開催されているHIJF。特徴は、なんといっても国際色の豊かさだろう。過去にはイギリスのフュージョン・グループ“シャカタク”や、スウェーデンを代表するギタリスト、ウルフ・ワケニウス、その他エリック・マリエンサル(as)やリー・リトナー(g)などシーンを代表する顔ぶれが出演してきた。

今年のラインナップも例年に負けず劣らず豪華だ。ブラジル音楽の伝説的アーティスト、フィロ・マシャド(g,vo)が同国気鋭のベーシスト、ルーベン・ルーベン・ファリアスと繰り広げるデュオにはじまり、オーストラリアのR&Bシンガー、デニ・ハインズ、北欧のメインストリーム・ジャズ・バンド“ビーツ・ブラザーズ”などが並ぶ。日本からは、吉永真奈(琴)と宮崎隆睦(EWI)のふたりをフィーチャーした“J.Jazz Super Project”(吉永真奈/琴、宮崎隆睦/sax、安部潤/kb、須藤満/b、波多江健/ds)が出演。また地元タイからは、同祭のミュージカル・ディレクターも務めるコー・ミスター・サックスマン率いるオール・スター・バンドや、異色のレゲエ・スカ・バンド“T-bone”、人気ロック・グループ“ETC”らが登場。両日とも午後5時から深夜0時過ぎまで多彩な演奏が繰り広げられた。

タイを代表するミュージシャンのひとりにして、同フェスのミュージカル・ディレクターも務めたコー・ミスター・サックスマン。これまで何度も来日し、日本のミュージシャンとも友好的な関係を保ってきた。

特筆したいのは、これら豪華なプログラムが入場無料で楽しめる点だ。ステージは波打ち際に設営され、毎年、延べ約1万5千人の観客が来場。オーディエンスのためのスペースがたっぷりと確保されていて、会場は開放感にあふれている。シートを広げゆったりと過ごす者、併設された露店でヴァラエティ豊かなフードやドリンクを味わう者、潮風のそよぐ砂浜で踊りる者など、みな思い思いに楽しんでいるようすが印象的だ。タイという国が内包する大らかな雰囲気を満喫したい向きに、このフェスはまたとない機会となっただろう。

またHIJFを筆頭に、タイランド・スマイル・ジャズ・フェスティバルやPAI・ジャズ・アンド・ブルース・フェスティバル、バンコク・ジャズ・フェスティバルなど、大規模なジャズ祭が数多く催されているのは、タイのジャズ・シーンが好調な証しだろう。同国からは近年、前述のコー・ミスター・サックスマンをはじめ、タイの伝統音楽とジャズ、ポップスを融合させた“ザ・サウンド・オブ・シャム”や、女性シンガー、ナターシャ・パタマッポンをフィーチャーした若手ブラジリアン・ユニット“メロウ・モティーフ”、キレの良いフュージョンを聴かせる“ファンクション”など、世界的な活躍を見せるミュージシャンも続々と現われてきている。

2019年現在、同国には、年間160万人の日本人観光客が訪れているという。プーケット、パタヤといったリゾート地で息抜きし、水上マーケットや寺院を訪れる……そんな定番の楽しみ方以外に、ジャズがこの国の観光資源になる日もそう遠くはないだろう。その実感は今回のフェスを見て、街の賑わいを感じ、確信に変わりつつある。10年後、長期発展を経てさらに成熟した文化を楽しみにしたい。

HIJF2日間のフライヤー。ヴァラエティ豊かなラインナップが揃った。

ホアヒン・インターナショナル・ジャズ・フェスティバル2019
開催:2019年6月7日(金)~8日(土)
場所:タイ、センターラ・グランド・ビーチ・リゾート&ヴィラ・ホアヒン前 ホアヒン・ビーチ特設会場
FB:https://www.facebook.com/huahinjazz/