投稿日 : 2026.02.06

ジャムセッションで芸が荒れる?―クラリネット奏者・谷口英治が語る「表現と音量バランス」の重要な関係【ジャムセッション講座/第38回】


これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。

今回のゲストは日本を代表するクラリネット奏者・谷口英治さん。実は長年、ジャムセッションの現場から距離を置いていたという。しかもその理由は「芸が荒れる」から!? その真意とは…。

【今回の先生】


谷口英治(たにぐち えいじ)
1968年4月1日、福岡県北九州市生まれ。クラリネット奏者。洗足学園音楽大学講師。早稲田大学在学中より数々のコンテストで最優秀ソリスト賞を受賞し、プロとしての活動を開始。ジャズの新旧スタイルを自在にブレンドした音楽性は多方面から高く評価されており、日本を代表するクラリネット奏者のひとりとして活躍している。これまでに、コンコード・ジャズ・フェスティバルやジャズ・バルティカなど、国内外の著名な音楽祭に多数出演。また、宇崎竜童、ポルノグラフィティ、モーニング娘。などのアルバム制作にも参加している。


【担当記者】


千駄木雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。32歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという十字架を背負っている。時折、「もうライターなんてやめて、ミュージシャンとして生きていきたい」と思うことがある。だが、並の演奏技術と作詞能力では1曲仕上げるのに半年はかかるため、飢えのほうが先にやってくる。

ジャズ特有の “感じ” を出せるか

──前回に引き続き、今回のゲストもクラリネット奏者の谷口英治さんです。当時は珍しかったクラリネットで東京のジャズシーンに飛び込んできたわけですが、大学のジャズ研ではどのようなことを学びましたか?

私は理論や演奏システムについて全く知識がなかったので、そういったことを学べたのは非常にありがたかったです。

例えば、ある曲は感覚的にアプローチできるのに、ある曲はまったく歯が立たない。それがなぜなのかわからずにいたとき、先輩から「谷口、お前はツー・ファイブ・ワン(IIm7-V7-I)の場面でいつもこういうフレーズを吹くだろ? この曲ではここでそれを使えばいいんだよ」と説明を受けました。そこで、初めて「ジャズはシステムで成り立っている」ことを知ったんです。

──理論は知らなくても、ジャズ的な “勘の鋭さ” をすでに持っていた。

1年生で初めてサークルのセッションへ行って、クラリネットを吹いたとき、みんながハッとした表情になったのを覚えています。「なんだこいつ? 出来上がってる」と思われたのでしょう。当時は「C年(ジャズ研の1年生のこと)なのにすごい!」と騒がれました。

ただ、先輩に「ツー・ファイブのフレーズとか練習したの?」と聞かれても、「なんですかそれ?」という具合に、何もわかっていなかった。それでも、「感じ」だけは出せていたんでしょうね。

──いわゆる◯◯っぽいフレーズをその場のフィーリングで演奏することができたのですね

1年の後期にはキャバレーで演奏していて、2年になると「演奏を仕事にしたい」と思うようになりました。先輩も「こいつは古い曲いっぱい知ってるから、連れて行けばお客さん喜ぶだろう」と言って、ナイトクラブのようなところで演奏し始めました。

──まだ10代とか20代はじめの頃ですよね……。駆け上がり方がすごいです。

1980年代の終わりから1990年代にかけて、東京の赤坂、六本木、銀座のナイトクラブで飲み歩いていたお客さんたちは、当時60代くらい。つまり、終戦時はまさに青春時代で、進駐軍がもたらしたジャズ直撃の世代です。

そういう人たちが「懐メロが聴けるから」と来る場所で、大学生のクラリネット奏者が「古い曲、何でもやりますよ」と演奏するのだから、もうたまらないでしょうね。チップもたくさんいただきましたよ(笑)。

楽器の「音量」が演奏を左右する

──大学時代からキャバレーやライブハウス、ジャズクラブなど、さまざまな現場で、決められた演奏もジャムセッションも経験されてきたと思います。ジャムセッションにおいて、クラリネット特有の注意点はありますか?

ちょうど私が学生の頃、高田馬場の「イントロ」でセッションが始まりました。クラリネットというだけで、まず珍しがられましたね。オーナーの茂串邦明さんからは「お前、いいよ! クラリネット奏者はいないんだからがんばるんだぞ!」と、応援していただきました。

ただ、本当の意味でジャムセッションの難しさを感じたのは、大学を卒業してプロとして活動を始めてからでした。プロが集まるようなセッションの場に行くようになって、「あれ、なんだか厳しいな」と思い始めたんです。それは音量の問題です。

──生音の楽器ですからね。

実はクラリネットは音量が小さい。フルートやボーカルに「生音でやれ」とは誰も言いませんよね。でもクラリネットは、サックスと見た目が似ているせいか、同じように扱われてしまう。確かに、がんばれば大きな音も出せるんですが、大きな音ばかりで演奏すると、良い表現はできません。常に怒鳴っているようなものです。

──クラリネットって、イメージ的にも「吹き散らかす」楽器じゃないですよね。

そんなことを感じていた1998年、幸運にもアメリカのコンコード・ジャズ・フェスティバルに出演する機会をいただきました。日本人の仲間と行ったのですが、その日のトリがカウント・ベイシー・オーケストラで、ゲストにローズマリー・クルーニーが出演していたんです。

そのリハーサルを、至近距離で聴くことができたのですが、思っていたよりも音が小さいんですよ。でも、目を閉じて聴くと、まるでレコードをかけているかのような完璧なバランス。ベースもギターもアンプは不使用、それでも、全体のサウンドがものすごく美しいんです。

──リハーサルだから、手加減していたのでは?

いいえ、まさしく本気のベイシーのサウンドでした。まずドラムがうまい。大きな音を出していなくても、しっかりグルーヴがある。そして、トランペットも無理せずハイノートを出してくる。

当時の日本のビッグバンドは、ライブではサックス・セクションだけマイクを使うことが多く、それは大きすぎるブラスやドラムとバランスを取る目的からです。

──要するに生音でバランスが取れないということですね。

でも、カウント・ベイシー・オーケストラは違いました。ドラムもブラスもしっかり抑えた音量で、サックスは柔らかく吹いているのでむしろ太く聴こえる。そのとき初めて、「ああ、こうなっていたのか!」と。

音量バランスを取れる相手と一緒にやれ

──日本のPAシステムが誤っていたということでしょうか?

いいえ、ミュージシャンがやり方を間違っていたんだと思います。来年、「ジャズ・アット・リンカーン・センター・オーケストラ with ウィントン・マルサリス」が来日しますが、彼らが以前、横浜・みなとみらいでセミナーを開いたことがあり、私はそのとき参加したんです。

セミナーでは、小編成のアンサンブルをいくつか組んで演奏しながら、ウィントンのバンドメンバーたちからアドバイスを受けるという内容でした。参加者はほとんどプロのミュージシャンだったんですが、演奏が始まった途端、聴いていたメンバー全員が立ち上がって、「Too loud(うるさい)!」と叫んだんですよ。

そこで、ベースはシールドを抜かれ、ピアノは蓋を全開にして、「これでバランスを取れ」と指示されました。すると今度は、「スウィングしていない」とダメ出しされる……。プロミュージシャン全員、脂汗びっしょりになっていました。

──ベースの生音に合わせるなんて、難しそうですね……。

私自身、クラリネットは「とにかく埋もれないように吹かなければ」と思い、息を強く吹き込んでいたんです。すると「クラリネットもでかい!」と言われました。あれほど音量の小ささで悩んでいたのに……。

──音量バランスに対する考え方に疑問を持ち始めたということですね。

その後、ウィントンのバンドでクラリネットを担当しているヴィクター・ゴーインズさんから個人レッスンを受ける機会がありました。そこで「どうすればもっと大きな音で吹けますか?」と質問したんです。すると、彼は「ちょっと吹いてみて」と言って、私の演奏を聴いてくれた。

──どんな反応でしたか?

「いや、君は音が大きいほうだよ」と言われました。さらに「演奏も内容も、奏法にもまったく問題はない。ただ、もし何か問題があるとすれば、それは “君とバランスの取れないミュージシャン”と一緒に演奏していることかもしれない」と。

──それまで、そんなこと考えたこともなかったのでは?

まったくなかったです。私はずっと「自分ががんばらなきゃ」と思っていて、マイクの位置やセッティングを工夫したりしていました。でも、コンコード・ジャズ・フェスティバルでの衝撃と、ゴーウィンズさんのアドバイスがあって、「そもそも、自分とバランスの取れないミュージシャンとは、一緒にやってはいけない」とはっきりと気づいたんです。

──それは目からウロコですね。

その体験以降、私はジャムセッションにほとんど行かなくなりました。代わりに、きちんとした雰囲気の中で演奏できるトリオ編成や、自分と音量・音色のバランスが取れる相手、特にドラムとの関係性を大事にするようになったんです。

日本のミュージシャンは大音量?

──それはつまり、自分の最適なパフォーマンスを出すためには、自分が “良い” と思えるメンバーで固めることが、最高の音につながると理解されたということでしょうか?

そうですね。「全体を自分でデザインしている」という感覚です。2000年に入る少し前くらいから、日本でも同世代のミュージシャンたちがみんな、似たようなことを言っていました。とにかく、かつての日本はみんな音がでかかったんです、きっと。

──何か理由があるのでしょうか?

おそらく、戦後一気に押し寄せてきたド迫力のジャズを聴いて、「ああ、こんな連中と戦争をしてたんだ……」と思ったのではないでしょうか。そして「これからは我々も力をつけて、負けてはいられないのだ!」という気持ちがあったのかもしれません。ところが、僕の印象では、2000年あたりから、アメリカ留学から戻ってくる若手ミュージシャンの音量は適正になっていくのですよ。

──若い世代には、生音でバランスを取るという習慣が根付いてきたということですね。

そういう感覚のプレイヤーが増えてきたおかげで、非常にやりやすくなったと同時に、私は次第にジャムセッションを避けるようになっていったんです。

──ん? どういうことですか?

出るとしても、せいぜいジャズフェスの最後にあるオールスター・セッションくらい。どんなプレイヤーと組まされるか分からないジャムセッションでは「芸が荒れる」と考えました。だから、距離を置くようになったんです。セッションホストのような依頼も、基本的にはお断りしてきました。

──この連載では、初めてのパターンです。

もちろん、ジャムセッションそのものを否定しているわけではありません。長らくそうした現場からは遠ざかっていましたが、今ではBossa nova & Jazz Club Kei(赤坂ケイ)で、毎月最終月曜日にセッションを開催しています。

──芸が荒れるとまで言っていたのに、なにがあったのでしょうか?

最初は「素人の相手なんてゴメンだ」と思っていました(笑)。でも、Keiのママさんとは古くからの知り合いだったんですよね。「リズムセクションにはプロを常駐させるべき」という彼女の主義に賛同した私は、引き受けることにしました。

私のセッションにはちょっとした特徴があるんです。実はクラリネット奏者は、通常のジャムセッションでよく演奏されるモダンジャズのスタンダード曲とは少しズレたレパートリーを持っているんです。

クラリネット奏者に適したジャムセッション

──“一度絶滅した楽器” ならではですね。

いわゆる「クラリネット・スタンダード」というものがあるんですよ。例えば、ベニー・グッドマンや北村英治さんがやってきたような曲ですが、そういう曲を、通常のセッションでやりたいといっても、むしろほかの参加者が対応できない。

「えっ?」という反応をされてしまうと、参加者としては「セッションは怖いな…」と思ってしまいますよね。私は、そういう “怖い思い” をしたクラリネット仲間を全部引き受けているような感じなんです。

実際にうちのセッションにはクラリネット奏者がたくさん来ます。たまに、何も知らずにほかの楽器の方がふらっと参加されると、「なんだここ? クラリネットばかりだ!」と驚かれるくらいです(笑)。

──ほかのセッションではクラリネット奏者にほとんど会わないと思っていたら、みなさん谷口さんのもとに集まっていたのですね。

しかも、「この曲ができなきゃダメ」とか「書きソロNG」とか、そういったことは一切言いません。楽器がある程度演奏できて、セッションのシステムを理解しようとする姿勢があればどなたでもウェルカムです。

──初心者にもとても優しいセッションですね。

もちろん、本格的な演奏をされる方やプロの方が遊びに来ることもありますが、基本的には、自分では「東京で一番ゆるいジャムセッション」だと思っています。

──ジャムセッションにもいろんなスタイルがありますから、誰にでも “ファーストステップ” として安心して踏み出せる場所が必要ですよね。

演奏者たちが安心できる環境を求めているのだとしたら、自分のセッションは「初めて来る場所」にしたいのです。

構成・文/千駄木雄大
撮影/山元良仁

ライター千駄木が今回の取材で学んだこと

  1. 理論も大事だが「感じ」を出すのも大事
  2. 他人の意見に耳を傾けよう
  3. 音がデカければいいというわけではない
  4. ジャムセッションがプラスにならないことも
  5. 自分にとって「適正」なセッション環境を探すのも重要

 

谷口英治/公式サイト
https://taniguchi-eiji.com/

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