投稿日 : 2019.05.20 更新日 : 2020.07.22

【エリック・クラプトン】悩み続ける男が奏でた渾身のブルース /ライブ盤で聴くモントルー Vol.6

文/二階堂 尚

「世界3大ジャズ・フェス」に数えられるスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバル(Montreux Jazz Festival)。これまで幅広いジャンルのミュージシャンが熱演を繰り広げてきたこのフェスの特徴は、50年を超える歴史を通じてライブ音源と映像が豊富にストックされている点にある。その中からCD、DVD、デジタル音源などでリリースされている「名盤」を紹介していく。

モントルー・ジャズ・フェスティバルには、ジャズ以外のジャンルからも綺羅星のようなミュージシャンが毎年のように出演して観客を楽しませてきた。そのジャンルはロック、R&B、ブルース、ボサノバと極めて多岐にわたるが、その中でも、人気、実力ともにトップクラスと言っていいのが現在も第一線で活躍するこのアーティストである。1980年代の不調期にありながら素晴らしい演奏を聴かせた「ギターの神様」。そのステージを記録した映像作品を今回は紹介する。

愛息の誕生を目前にした堂々たるステージ

2018年に公開された伝記映画『エリック・クラプトン~12小節の人生』のクライマックスは、間違いなく「ティアーズ・イン・ヘヴン」の演奏シーンだった。幼い息子の死という悲劇に直面しながら、それでも昔のようにドラッグにも酒にも浸ることなくそのとてつもない苦痛を乗り越えることができたのは、この曲を生み出すことができたから──。そんな追想とともに、クラプトンはアコースティック・ギターで「ティアーズ・イン・ヘヴン」を静かに奏でる。

のちにニューヨークの高層アパートの53階から転落して4歳で命を落とすことになるコナー・クラプトンが誕生したのは、1986年の8月である。すでにレコーディングを終えて発売を待つばかりになっていたアルバム『ワン・モア・カー、ワン・モア・ドライヴァー』のタイトルをクラプトンが『オーガスト』に変えたのは、息子の誕生を寿(ことほ)いでのことであった。

その最新アルバム『オーガスト』のレコーディングがすべて完成したのちにクラプトンが臨んだのが、この86年7月のモントルー・ジャズ・フェスティバルのステージだった。1カ月後の息子の誕生を心待ちにしていた彼は、まだ発売されていないアルバムから4曲を披露し、意気盛んなところを見せる。

デビュー時から常に悩みと逡巡の中で生きてきた男だが、1980年代の彼は完全に方向性を見失っていたように見える。水と油と言っていいフィル・コリンズをプロデューサーに迎え、シンセで重厚に着飾った音を聴かせるクラプトンは、クリームやデレク&ザ・ドミノス時代からのファンを大いに困惑させたに違いない。当時の日本のロック雑誌が『オーガスト』を評して、「フィル・コリンズに脇の下をくすぐられて無理やり覚醒したクラプトン」などと表現していたのを、うまいことを言うものだと感じたことをよく覚えている。デイヴィッド・ボウイは「80年代の自分は何をしたいのかさっぱりわからなかった」と後年振り返っているが、それはクラプトンにも共通する心情だっただろう。

しかし、クラプトンはどの時代にあってもクラプトンであったことを確認できるのがこのDVDである。「クロスロード」で始まり「ファザー・オン・アップ・ザ・ロード」で終わる、つまりブルースで始まりブルースで終わるステージは、『フロム・ザ・クレイドル』以前の完全にブルースに振り切っていなかったクラプトンとしてはそれなりの挑戦だったはずだ。このDVDには未収録だが、当日はさらにアンコールで2曲のブルースを演奏している。

アルコール依存症が相当に重篤だった時期で、子どもが生まれて間もなく、彼は自ら更生施設に入所することを選ぶ。しかし、このステージでのギター・プレイとヴォーカルは実に堂々たるものだ。バンド編成がコンパクトで、シンセも控えめなぶん、この頃のスタジオ・アルバムよりもはるかに生のクラプトンを堪能できる。

『オーガスト』にも収録されているYMOの「ビハインド・ザ・マスク」を打ち込みをバックにプレイしているのを斬新と見るか迷走と見るかは意見の分かれるところだが、そこから「バッジ」「レット・イット・レイン」という当時の定番メドレーを経て、フィル・コリンズに彼の大ヒット曲「夜の囁き」を歌わせるという気遣いを見せつつ、「コカイン」「レイラ」、アンコールの「サンシャイン・ラヴ」という鉄壁の流れに突入していく圧巻の展開は、何度見ても身を乗り出してしまう。

クラプトンは「俺によく似ている」とコナーを溺愛していたという。そのコナーの顔も知らず、そしてもちろんその愛息がたったの4年であの世に旅立ってしまうということも知らなかった頃のステージ。そう思いながら映像を見れば、ギターの一音一音がまだ見ぬ悲劇を先取りした哀しさを湛えているように感じられる。クラプトンが真のブルース・マンとなるのはここからである。

 


『ライブ・アット・モントルー1986』
エリック・クラプトン
■1.Crossroads 2.White Room 3.I Shot The Sheriff 4.I Wanna Make Love To You 5.Miss You 6.Same Old Blues 7.Tearing Us Apart 8.Holy Mother 9.Behind The Mask 10.Badge 11.Let It Rain 12.In The Air Tonight 13.Cocaine 14.Layla 15.Sunshine Of Your Love 16.Further On Up The Road
■Eric Clapton(vo,g)、Nathan East(b,cho)、Greg Phillinganes(kb,cho)、Phil Collins(ds,cho)
■第20回モントルー・ジャズ・フェスティバル/1986年7月10日

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