投稿日 : 2021.05.28

山下 伶─“呼吸する楽器”ハーモニカの特性を追求する実力奏者【Women In JAZZ/#33】

インタビュー/島田奈央子 構成/熊谷美広 

ハーモニカ奏者の山下伶(やました れい)。彼女が演奏で使うのは、クロマチック・ハーモニカという楽器だ。その名(Chromatic=半音階)のとおり、♯(シャープ)や♭(フラット)といった派生音を出すことができる、表現力に富んた器種である。

この小さな道具を駆使して、彼女はジャズやクラシック、ポップスなど多彩なスタイルの演奏を披露する。現在ではアルバム制作やステージ演奏のほか、さまざまなメディアにも登場し、国際的な活躍でも知られる彼女だが、ハーモニカを手にした経緯はきわめて衝動的だったという。

YouTubeで観た演奏家に「習わせてください」

──クロマチック・ハーモニカを始めたきっかけは?

もともとフルートをやっていたんです。音楽短大でクラシックを勉強して、卒業後はラウンジみたいなところでフルートを演奏していました。そこでお客さんに、映画音楽の「ひまわり」をフルートで吹いてくれって言われたんですけど、私はその曲を知らなくて。

家に帰って調べたら、たまたまYouTubeでクロマチック・ハーモニカの「ひまわり」の演奏動画に出会って、ビビッ! ときました。

──ビビッときた要因は何だったのでしょうか?

まず、音の重量感です。これまでやってきたフルートは、きらびやかな音色の楽器ですけど、私はもっとどっしりとしたものを求めていたんだと思います。

その動画でハーモニカを吹いてた徳永延生(注1)さんに連絡して、1週間後には大阪にいる徳永さんを訪ねて「習わせてください!」って(笑)。それが2011年。

注1:とくながのぶお。クロマチック・ハーモニカ奏者。大阪市在住。スタジオ・ミュージシャンとしてテレビ、CMなどの音楽に参加。ジャズ、クラシック、ポップス、童謡など幅広い音楽を演奏し、1995年に横浜で開催された「国際ハーモニカフェスティバル」では、日本代表としてJazzのガラ・コンサートに参加。またハーモニカ教室など後進の指導にも力を入れている。

──フルートもハーモニカも “口で吹く楽器” ですけど、構造的にはまったく違いますよね。

そうです。しかも、フルートは “吸って” 音を出すことはない。だから最初はチンプンカンプンでしたね。でも楽しくて、夢中になって。大阪に通う新幹線代のためにいろいろなアルバイトをして、月に2回、2時間のレッスンを受けに行ってました。

──レッスンを受けてみて、驚いたことはありました?

徳永先生は、ただ単にメロディを吹くだけじゃなくて、ちょっとジャズのアドリブっぽいのを入れるのが得意なんです。私はクラシックしかやってなかったので、そういった“感覚的な演奏”がすごく新鮮で。この自由に吹いているのは何だろう…カッコいい! って。

──そこから、どんな経緯でプロとして活動していくことに?

先生に習い始めた年に、東京で開催された「F.I.H.ハーモニカ・コンテスト」(注2)を観に行ったんです。そこで、前年度のグランプリ受賞者だった南里沙さんが出演していて「プロとして活動していきます」と話していて。ハーモニカでプロになれるんだ…って思って、まずはこのコンテストで優勝して、プロとして活動していきたいという目標を定めました。

翌年から毎年出場したんですけど、1回目と2回目が2位。3回目でダメだったら諦めよう。そう思って出場したら、総合グランプリを頂くことができました。

注2:1978年に発足した、日本で活躍するハーモニカ愛好家のネットワーク「世界ハーモニカ連盟日本支部」の主催によるハーモニカ・コンテスト。1980年より毎年開催されており、多くのトップ・プレイヤーを輩出している。

そこからプロとして活動を始めて、ライブもやらせていただけるようになったんですけど、それよりも先に、徳永先生から「東京校をやってみないか?」って提案をいただいて、ハーモニカを教えることから始まりました。

ハーモニカを始めて気質が変わった?

──今までのお話を聞くと、伶さんって、思い立ったら直ぐに行動するタイプみたいですね。

そうでもなかったんですけど、ハーモニカに出会ってからガツガツ行くようになって(笑)。演奏に対するスタンスも変わりました。フルートではキレイめに吹いていたんですけど、ハーモニカでアグレッシブに吹く方が私には合っていると気づきましたね。

──新アルバム『Fantastic Films』を発表しました。この作品は、映画音楽をテーマにしていますね。

そもそもクロマチック・ハーモニカ自体を知らない方も多いので、これまでも敢えていろいろなジャンルの曲を演奏していて、今回は映画音楽に挑戦してみました。5人のアレンジャーが私の想像を超えるアレンジをしてくださって、自分の新たな可能性が引き出された気がします。

山下伶『Fantastic Films』(日本コロムビア)

──国内外のさまざまな映画を取りあげています。

「キャラバンの到着」と「アンダー・ザ・シー 〜 パート・オブ・ユア・ワールド」は私がやりたいと思って選びました。他はアレンジャーさんに、ハーモニカに合う曲を選んでいただきました。田辺充邦さんは毎回、こんな曲をハーモニカで吹いたらいいんじゃないかっていうのを持ってきてくださって、今回も「ベンのテーマ」と「原始家族フリントストーンのテーマ」は彼の選曲です。

「モスラの歌」は、YUTAKAさんがアレンジをしてくださっているんですけど、今の私のレコード会社がコロムビアさんなので、レーベルの大先輩である古関裕而(注3)さんの曲もやろうと。

注3:こせきゆうじ。作曲家。福島県出身。1930年代から作曲家として活動し、「船頭可愛や」「紺碧の空」「長崎の鐘」「栄冠は君に輝く」など数多くの名曲を作曲し、昭和の日本を代表する作曲家となった。またその生涯は、2020年のNHK連続テレビ小説『エール』のモデルにもなった。1989年没。

──美空ひばりさんの「東京キッド」もやっていますね。

美空ひばりさんもコロムビアの大先輩なので。田辺さんに、ひばりさんの曲をジャズっぽくアレンジしてくださいという無理難題をお願いしました。

ハーモニカが持つ最高の特性

──クラシックのフルート奏者だった人が、ハーモニカに転向。しかもジャズ的なスタイルで。これは結構たいへんだったんじゃないですか?

最初はアドリブが全然できなくて、すごいコンプレックスでした。でも2017年にイベントで山本剛(注4)さんと共演させていただいた時に「そんなこと気にしないで、自分の中にある音を吹いてみたらいいんだよ」って言われて、何かが変わりました。

演奏する曲だけを決めて、他は何も決めず、あとは俺たちがついてるから好きなようにやれ、って。ジャズってそういう世界なんだと。それで好きに吹かせてもらったら新しい道が拓けたというか、何か吹っ切れてすごく楽になった気がします。

注4:やまもとつよし。ジャズ・ピアニスト。新潟県佐渡郡出身。19歳よりプロとして活動を始め、1974年にレコード・デビュー。その後もリーダーとして活動する一方、様々なミュージシャンたちと共演し、日本のジャズ・シーンを代表するピアニストとなる。山下伶との共演は2017年の“横浜旭ジャズまつり”で、その時の演奏はアルバム『Candid Colors』に収録されている。

──音量の面で戸惑うことはなかった?

ありました。他の楽器と比べると音が小さいですからね。サックスやフルートと一緒にやると、生音ではまったく太刀打ちができないので、そこはPA頼みです。ただ、そのことによって “マイクの使い方”もテクニックとして武器にできる。そこは逆に“強み”の一つと考えることもできます。

あと、演奏中は手の中に隠れちゃう楽器なので、サックスやバイオリンのように、持っているだけで目立つ楽器がうらやましい(笑)。だから “演奏をどう魅せるか” は心がけてますね。

──逆にハーモニカの最大の強みというか、他の楽器にはない魅力や特性って、何だと思いますか?

これは最近やっと気づいたんですけど、ハーモニカって、吹いて吸っての繰り返しなので、他の楽器よりもリズムが微妙に遅れがちなんです。それが “溜め”になって独特のノリを生み出すことがある。息と音を出すところが近いので、声(ボーカル)のように自分自身が出ちゃう楽器かもしれません。

──吹いて吸って音を出す。呼吸に近い楽器なのかも知れませんね。

そうですね。他の管楽器のように、ずっと吹き続けている感覚とはまた違うんです。歌ったり喋ったりするような感覚。そこはハーモニカならではの特性だと思いますね。

取材/島田奈央子
構成/熊谷美広

山下 伶/やました れい(写真右)
埼玉県春日部市出身。桐朋学園芸術短期大学音楽専攻(フルート)卒業。卒業後クロマチック・ハーモニカの音色に魅せられ、日本を代表するクロマチックハーモニカ奏者の徳永延生に師事。2014年にF.I.H. JAPAN ハーモニカ・コンテストで総合グランプリ受賞。2016年7月に『Beautiful Breath』でメジャー・デビュー。その後もライブ、セッション、レコーディング、ハーモニカ講師など幅広い分野で活動中。【公式サイト】http://rei-yamashita.com/ 【YouTube公式チャンネル】https://www.youtube.com/c/reiyamashita

島田奈央子/しまだ なおこ (インタビュアー/写真左)
音楽ライター/プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書「Something Jazzy女子のための新しいジャズ・ガイド」により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲・監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。