【Women In JAZZ】ユッコ・ミラー「演奏のためなら“女の子らしさ”も捨てる…」キュートで豪放なSAXプレイヤー

インタビュー/島田奈央子 構成/熊谷美広

2018.04.06

ジャズ界で活躍する女性ミュージシャンの“本音”に切り込むインタビューシリーズ。今回登場するのは、サックス奏者のユッコ・ミラー。かつては“引っ込み思案で、おとなしい女の子”だった彼女が、いかにして「ユッコ・ミラー」になったのか? そして、あの豪胆なサウンドをどのようにして獲得したのか…。聞き手は“女性プレイヤーの気持ち”が最もわかるライター、島田奈央子。

 

“教室の隅っこ”にいる女の子

——ユッコさんは“みらくる星”という星から来たそうですが……。

「はい。これはデビュー前からなんですよ」

——あら? みらくる星人は“設定”という前提で話していいんですね(笑)。

「はい(笑)。じつは、初めてソロのステージに立ったときにMCですっごく緊張しちゃって。それで『別のキャラクターになればいいんじゃないか?』って思ってやってみたら、すごく余裕で喋れたんです。これからもずっと続けようと思ってるんですよ。このピンク髪で」

——髪をピンク色にしたきっかけは?

「あるアパレル・ブランドのPVに出演したことがきっかけで。その撮影のときに『髪の毛、ピンクになっちゃうけどいい?』って言われて。もともとピンク好きだったし、思い切ってやっちゃおうかな? って感じで」

—で、そのまま音楽活動も継続して(笑)。

「はい。そのままライブに出たら“ピンク髪のサックス奏者”ということで、いろんな人に覚えてもらえて。ジャズにあまり興味のなかった若い子たちも興味を持ってくれたので、このまま行こう! と」

——その髪をキープするのって、けっこう大変じゃないですか?

「以前、『ちびまる子ちゃん』の〈おどるポンポコリン〉をゴールデンボンバーさんがカバーして、そのCDにサックスでゲスト参加させていただいたんです。そのときに、メンバーの鬼龍院翔さんが『ピンクの髪って大変でしょ? いい美容院を紹介してあげる』って言ってくださって。そこに通っています」

——髪をピンク色にして、家族や友達はどんなは反応?

「私は高校1年生のときにサックスを始めたんですけど、中学生まではすごく引っ込み思案でおとなしい、教室の隅っこにいる感じの女の子だったんです。なので、髪がピンクになったとか、それ以前の問題で(笑)」

——ははは。あの物静かな子が、ユッコ・ミラーになった! って時点でもう、周囲は驚きなんですね。

「そうなんです。サックス奏者としてメディアに出たりしていることが、当時の友達からすると信じられないみたいで。だからピンク髪どころの話じゃない(笑)」

——サックスを始めたことがきっかけで、キャラが急変した?

「はい、サックスがきっかけです。サックスに出会うまでは、特技もないし、勉強も嫌いだし、何もなかったんです、私。でも高校1年のときに初めてサックスを吹いたとき『これを極めてやる。プロになってやる』って思いました」

——一体何が、そう思わせたんですかね?

「なぜですかね…。でも最初に音が出た瞬間に『これはいけるっ』って感じたんです。不思議な出会いでした」

影響を受けたジャズ作品は海賊盤!?

——吹奏楽部で吹いていたんですよね。

「そうですね。でもうちの吹奏楽部はわりとユルい感じというか、顧問の先生は『音楽は競い合うものではなくて、音を楽しむものだから』っていうスタンスの人で。ジャズのビッグバンドの曲をやったり、ポップスの曲をやったり、ディズニー・メドレーをやったりしていて。私も勉強サボってずっとサックスの練習をしてましたね(笑)。そこから、ジャズに入って行きました」

——ジャズは独学で?

「初めてジャズを聴いたのが高校2年のとき。うちの父親が1枚だけジャズのCDを持っていたんですよ」

——誰の作品を!?

「それが……駅の構内とかで500円ぐらいで売ってるような非正規品で(笑)。ジャケットにサックスの絵が描いてあったので、『何? これ!!』と思って。で、聴いてみたら〈レフト・アローン〉とか〈テイク・ファイヴ〉といった名演が、ちょっと音が悪い感じでいっぱい入ってるんですよ(笑)」

——それを聴いて、どう感じました?

「単純に“サックスの音色が吹奏楽と全然違う!”って。そこからジャズのサックス奏者を聴くようになっていきましたね」

——最初は、オーソドックスなジャズをやっていたんですよね。

「最初の頃は、いわゆる“どジャズ”が好きでした。チャーリー・パーカー、ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーンみたいな。私はアルトなんですけど、特にソニー・ロリンズが好きでした」

——真似したりとか?

「チャーリー・パーカーのコピーもメッチャしたし、ライブでもビ・バップの曲ばかりやってました。その後、上京してきてからR&Bとかファンクにも興味を持って、オリジナル曲もそういうスタイルになっていって、現在に至るという感じです」

——作曲をはじめたのは、いつ?

「私は高校を卒業してから、大学とか音大には行っていないんですけど、ジャズ理論はずっと勉強していて。作曲法とかも習っていました」

——曲を作るとき、最初にストーリーや風景を思い浮かべる、って聞きましたけど。

「はい。曲を作るときはいつも、すごくきれいな景色とか雰囲気のある写真を見たときとか……、感情が揺さぶられたときにメロディが浮かびます。普段の生活でふと気づいたことを基にすると、わりといろいろなメロディが出てきます」

——日常生活の中で、たとえば失恋とか、悲しいことがあったり、傷つくこともありますよね。そういう切羽詰まった心情が、作曲に反映されることも?

「ありますよ。自分の中で、これはもう音にでもするしかない、みたいな流れで作った曲もあります。ファースト・アルバムに入っている〈Lagrimas〉という曲は、そんな曲。2011年に大震災があって、プライベートでもいろいろとあって“もうどうしていいか分らない、もう無理…”っていう状態になって『これは音楽にするしかない』と思って生まれた曲です。すごくシンプルな曲なんですけど、ライブでやると、お客さんがすごく反応してくださって『この曲がいちばん好き』って言ってくださる方も多いです。だから、究極に追い詰められたときに、いちばんいいメロディができるのかな、とは思いますね」

 

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