纐纈歩美 ─ボサノバ作品で新たな表現に開眼… 【Women In JAZZ/#6】

インタビュー/島田奈央子 構成/熊谷美広

2019.02.19

女性ジャズミュージシャンの本音に迫るインタビューシリーズ。今回登場するのはアルト・サックス奏者の纐纈歩美(こうけつ あゆみ)。

2010年に21歳でデビューして以来、さまざまなスタイルのジャズに挑戦してきた彼女が、最新作で選んだテーマは“ボサノバ”。プロデューサーに小野リサを迎えた意欲作である。ジャズ・サックス奏者として彼女が目指している表現とはどんなものなのか? 聞き手は“女性奏者の気持ち”が最もわかるライター島田奈央子。

ジャズは人間性が出る音楽

——私がライナーノートを書かせていただいたのって、最初のCDでしたっけ?

「そうです。2010年でしたね」

——あれから8年。

「あっという間でしたけど、いろんな変化がありましたね。私の中で『これはターニング・ポイントだ』と思うこともいっぱいあったり」

——なかでも最大のターニング・ポイントは?

「ピアニストの椎名豊さんのツアーで、ヨーロッパに2回ほど行かせていただいて。そのときは海外に行くのも初めてだったし、日本人じゃない人たちの中に入って演奏したり、コミュニケーションを取ったりすることも初めてで。その体験によって自分の殻を破ることができた」

——それまでの自分は、殻に閉じこもっていた?

「向こうの人はすごく正直で、生ぬるい気持ちで演奏してたら何も反応してくれない。自分がすごく試されている感じがしました。そんな中で、大きな拍手を浴びたときは、鳥肌が立つような思いでした。そういう経験を、20代前半の頃にできてよかったなって思います」

——心構えが変わった。

「自分がやりたいことをやるのは第一なんですけど、例えばサイドで入った時でも、しっかりとリーダーの人がやりたい表現を目指して、それにプラスして自分の色付けができるようにすることを、すごくシビアに考えるようになりました。音楽家として求められるものを、という」

——その気持ちは、練習にも反映される?

「ライブの録音を聴いて、というのは今でも毎日やってます。帰りの電車で一人で聴いて反省して(笑)。自分の演奏や音楽を客観的に見るというのは、すごく大事なことだと思っています。リアルタイムに演奏しているときも自分の音楽を客観的に聴くという部分が多くて、それは冷めているとかいうことではなくて、昔からそうでした」

——いちばん調子のいい時にそういう感覚になる。そんな話をあるミュージシャンから聞いたことがあります。

「ノー・ストレスというのが大きいかなって思います。例えば、共演者だったり会場だったり、何かストレスや違和感があると冷静さが失われたり。できるだけ普段の自分のペースでやりたいなとは思っているんですけど、そこはけっこう葛藤がありますね」

——初めてのミュージシャンとコミュニケーションを取る、自分なりの方法みたいなものはあるのですか?

「私、それがほんとうに苦手で(笑)」

——人見知り(笑)。

「そう、めちゃめちゃ人見知りなんですよ。ガツガツ来られるのも苦手で。すごくわがままなんですけど(笑)。同じフィーリングの人って、会った時にすぐわかるというか、お互いにいい感じで寄り添えるってことは結構あります」

——特にジャズって、演奏も会話だったりしますもんね。

「そうですね。その人の人間性が100%音楽に出ると思います。ちゃんと人の話を聞く人だなとか(笑)」

——サックスプレイヤーって、積極的に前に出てくる人が多いイメージですけど。

「私は人前に出るのがほんとうに苦手で。先頭に立って注目を浴びることがすごく苦手なんですよ。ステージ後ろの、リズム隊の人たちの立ち位置っていいなぁ…って思うくらい(笑)。フロントの立ち位置って、後ろのメンバーが誰も見えないから、けっこう恐怖でもあるんです。後ろの人たちは、演奏しながら互いに目を合わせてたりするじゃないですか」

——疎外感というか、不安を感じる?

「そう、だから『マイクも後ろに下げていいですか?』ってお願いして、リズム隊に入り込んで、みんなで演奏している感が欲しいんです。フロントとサポートという立ち位置じゃなくて、みんなで同じラインに立って、同じ方向を向いていたいなって。みんなが調和して、深く深く、繊細に作り上げていく感じが好きですね」

——自分がリーダーの時も、サポートの時も、同じスタンスなんですか?

「サポートでフロントに入るのってすごく難しくて、例えばベースの人がリーダーだったら、背後の気配をすごく気にしながらやってます。リーダーがやりたいことをキャッチして、でも邪魔しないようにってやっていたら、自分を呼んでもらった意味が無くなってしまうので、そのへんの塩梅を考えながら。なのでサポートの時はまた違った神経を使いますね」

——リーダーのときは、気の利いたMCを求められたりもしますよね。

「できることなら何も喋りたくないです(笑)。でも、お客さんとの時間を楽しむ上で大事なことだと思って、昔はいろいろ喋ろうと話題を探したりしてたんですけど、だんだん自分のペースというものが掴めてきて。いまでは簡単な挨拶と曲紹介とメンバー紹介と、CDが出た時はその話とか、必要最低限のことだけをコンパクトにして話しています。そのペースがいいねって言ってくださる方がすごく増えてきて、これでいいんだなと思ってやってます」

小野リサとの出会い

——今回のアルバム『O PATO』は、小野リサさんのプロデュースによるボサノバ・アルバムです。そもそもボサノバ・アルバムを作ろうと思ったきっかけは?

「ボサノバの曲は、普段のライブでも1、2曲くらいやっていて。自分の音楽スタイルや、音色の好みだったり、そういうものがボサノバとすごく合っているな、と思っていて」

纐纈歩美『O PATO』(ポニーキャニオン)

——それで、いきなり小野リサさんにプロデュースをお願いしたのですか?

「そうです。自分だけの力では不安な部分もあって。だったら、その道でやってこられた方にプロデュースしていただいた方が、ちゃんとしたものができる。そう思ったら、もうリサさんしかいない、と。それまでお会いしたこともなかったのに(笑)」

——小野リサさんも、他の人をプロデュースするのは、今回が初めてだったそうですね。

「そうです。でも私の音源を聴いていただいて、いい音だからやってみましょうって言ってくださいました。嬉しかったですね」

——実際にリサさんにプロデュースを依頼してみて、いかがでしたか?

「私自身、ボサノバに対する知識がそんなに深くないので、リサさんの言うことが100%でした。でも『こうしなきゃダメだよ』と言う人ではなかったので、その中で自分らしくやらせてもらえたと思います。その上で、どうしても未知の部分もあったりしたので、自分では見つけ出せないことだったり、メロディの歌い方が分からなかったりする部分とかは、細かく教えていただきました」

——選曲は2人でやっていったのですか?

「リサさんと初めてお会いする前に、30曲ぐらいの候補曲のリストを頂きました。それを聴いて、いろいろと話し合って決めていきました」

——その30曲って、どんな曲だったのですか?

「ほんとうに私の知らない曲ばっかりで『え? これ、人の名前なの? タイトルなの?』という状態で(笑)。それで片っ端からYouTubeで調べて聴いて(笑)。ほんとうに初めて触れる音楽ばっかりで、自分が思うボサノバが、いかに浅かったかというのがわかりました。最初のミーティングでリサさんが『イージー・リスニングにはならない、聴き流されないボサ・ノバのアルバムを作りたいね』っておっしゃって。リサさんがギターでイントロを弾きながら、鼻歌でメロディを付けていったりするんですけど、それがもうメチャメチャいいんですよ。独特なペースと不思議な魅力を持たれた方で、そういう人とは初めてだったので、楽しかったですね」

——私も知らない曲がけっこうありました。

「マニアックなんですけど、実際にサックスでメロディを吹いてみて、自分が気持ちよく吹けるものをシンプルに選びました。だから曲としては、聴いたことはないけどすごく耳馴染みのいい、聴きやすい曲が多いなって思います」

話すトーンと楽器のトーン

——いい曲がいっぱい入ってますね。「Nick Bar」とかも、すごくいい曲だし。

「Nick Barというバーの、夜のしっとりとした雰囲気の曲なんです。こんないい曲があるんだな、と。元々は歌の曲で、サックスでやっている前例がなかったので、どんな感じになるのかなって思っていたんですけど、すごくいい感じになりました」

——曲のキーとかも、低めに設定してます?

「低くしてますね。リサさんから『このキーは高いんじゃない?』ってアドバイスをもらったり。例えば〈For Heaven’s Sake〉というバラードも、普段やっていたキーよりもかなり下げて演奏しています。全体的に、音を張った、高い音域のものがなくて、全部若干低めで沈み込んで落ち着きのある音色が引き立つようにしています」

——これ、アルト・サックスなんだよね? って思う瞬間がありました。

「普段から、アルトだけどすごく低い方の音をよく使うし、自分が書く曲もけっこう低い方の音を多くて、たまに『だったらテナーにしたら?』って言われるくらい(笑)。だから私としては、今回のレコーディングは心地良かったです」

——歩美さんの話しているトーンと、サックスの音色が、近い感じがします。

「ははは。それもあると思います。私はこの(低い)声でこのトーンだから。喋る声のトーンだったり、速さだったりって、サックスとまったく一緒だなって。甲高い感じで、ワーって喋る人って、やっぱりそういう音で、そういうプレイなんですよね。同じ楽器を吹いても、やっぱりその人が出るから面白いですよね」

——小野リサさんにも、そういう要素を感じませんか?

「知れば知るほど、不思議な魅力を持った方だと思います。周りにいっぱい人が集まる理由も分かるな…っていう。少し前に、リサさんのライブにゲストで参加させていただいたんですけど、リズム隊は全部ブラジルの人たちで、すごくテンション高くて。リサさんも踊ってたりしてすごく楽しそうで。かと思えば、すごく穏やかで静かなギターを弾たり。いろんな顔を持っていて」

——とても大きな出会いになりましたね。

「そうですね。そのリサさんのライブでも、リハーサルでやったことと本番とでは違うし、ファースト・セットとセカンド・セットでやることも違ってて、先が読めないんです。リアルタイムに音楽が変化していくというか。だけどいい感じに仕上がっていって、ジャズとはまた違う感覚がありました」

——その時の自分に正直に音を出す、という感覚なのでしょうか?

「周りの音や動きを常に感じながら、その場で“音楽的な化学反応”を起こしている感じ。決めたことは大事だけど、譜面にかじりついていてもダメだし。その時々で起きることを見ながら、いいと思った方に進んでいく勇気だったりとか、ここは何回って決めたけど、やっぱりもう1回いくよね、っていう判断とか。そういう瞬時の判断って大事だなって思いました。それはジャズでもボサノバでも一緒なんだなって。だから『あぁ、ここ、こうするといいのに、決めたからな』っていうのは本当にもったいない」

——そうなると、それこそジャズじゃなくなってくる。

「そうなんですよ。でも事故したくないから、こっちに行く、みたいな」

アクセサリーを外したら…

——歩美さんって、アルバムを出す度にヘアスタイルが変わってませんか?

「はい(笑)。でも、とくに意味はないんです。とにかく飽き性で、1か月、2か月単位で変えていきたいくらい。だから次のアルバムが出る頃には、前作の頃とはまったく違っていたり」

——周りに驚かれたりはしないですか?

「驚かれますね。レコ発ツアーの時に、あれっ? って顔されたり。でも最近は“いつも変化してる人”みたいなキャラで定着しつつあります(笑)」

——ベストなスタイルをキープしようという気持ちはないんですか?

「ないですね。そのとき良いと思っていても、1〜2か月したらまた変えたくなる(笑)。兄が美容師なので、2人で作品を作り上げる感覚で、次のヘアスタイルを探していきます(笑)。自分がいつも気持ちが上がる状態でいたいんですね。私の中では、髪型を変化させていくこともそのひとつなんです」

——ヘアスタイルが変わると、ファッションも変わっていきますよね。

「変わりますね。それも楽しみです」

——去年着てた服が、今年は着られない、というようなこともあるんですか?

「逆に着れるようになったりすることもあります。1周回って(笑)。じつは私、服はほとんど買わないんです。あぁ、このヘアスタイルだったら、あのときのが着れるじゃん、って(笑)」

——でも楽器は、ずっと同じものを使い続けていますよね。

「楽器に関しては、これがいいと思ったら、ずっとそれを使い続けますね。楽器のケースも、同じものを買い換えたり。だから最近出た新しい楽器がどうの、といった話には全然ついていけなくて(笑)。今はこれで落ち着いているからいいや、っていう感じで」

——ネイルに凝ってみたりとかは?

「やっていた時期もあったんですけど、楽器の持ち方が変わってしまうので、いまは何もしていないし、すぐに切っちゃいますね」

——ステージでは、できるだけシンプルでいたい、と。

「時計や指輪など、手や指に付けるものはすべて、楽器の響きを遮ってしまうんですよ。昔はすごくいろいろ、ジャラジャラと付けていたんですけど、それを外したらすごく開放的になった。付けているときは気付かなかったんですけど、外してみたら響きが変わったんですよね」

——ジャズって、やっぱり男性が中心の社会だと思いますけど、それで苦労したことはありますか?

「目の前で、パンツ一丁で着替えるのはやめて欲しいです(笑)。私、女ですけど…って(笑)。でも逆に『女性だからこっちの楽屋で、男性はこっちの楽屋で』って分けられるのがあまり好きじゃないので、別にいいですけど、という感じです。そんなに気を遣ってもらうのも申し訳ない、という思いもありますね。ジャズをやっている女性ミュージシャンの人は、そういう人が多いと思いますね。じゃないと逆にやってられないと思うし」

「纐纈」で得したこと、損したこと

——話は変わりますが、「纐纈(こうけつ)」という名字で、得したことと損したことって、ありますか?

「来ましたか…その話題(笑)。得したことは、やっぱり覚えてもらえることです。それがいちばんですね。1回読んだら、絶対覚えてもらえますから。この“纐纈歩美”という字面は、プレイヤーとしてやっていく上で“獲得した”という感じですね」

——読めない人も多いのでは?

「そうですね。だから字の真ん中だけ読むと“こうけつ”ですよ、と説明して」

——レコード会社から、カタカナにしましょうとかいった話はなかったですか?

「カタカナはなかったですけど、最初のプロデューサーからは“AYUMI”という表記にしようかという提案はありました。それで、最初のライブは“AYUMI”でやったんです。でもなんかもったいないなって思って『纐纈でやりたいです』って」

——サックス奏者だと、纐纈雅代さんもいらっしゃいますよね。

「そうなんです。よく間違えられます」

——雅代さんと、“纐纈シスターズ”でライブもやってましたよね。

「血の繋がりはないんですけど、ああいうふざけたことをやってしまったために、本物の姉妹だと思われちゃって(笑)」

——2人とも岐阜出身ですよね。

「そうです。実家も近くて、隣の市で。纐纈という名字は岐阜には多くて、1学年に1人か2人はいるって感じです」

——損したことは?

「めちゃめちゃありますよ。“綾瀬”って書かれたり(笑)。宅配便の方が来たとき、名字が読めないから、字を見せて確認することが多いんですけど、この間『雨で字が滲んで読めないんです』って言ったので、見てみたら、まったく滲んでいないんですよ。ゴチャゴチャしすぎて滲んで見えた、という(笑)」

——ファンにサインを求められた場合は?

「アルファベットで書いてます。漢字でいちいち書いていたら日が暮れちゃうので(笑)。でもたまに漢字で書いてもらえますかっていう方もいますね」

——この名字で、テレビ番組にも出てましたよね。

「そうなんです。“画数の多い名字”という番組企画で、纐纈は10位だったそうで、それで纐纈代表で出演しました(笑)。しっかりCDの宣伝なんかさせてもらって、ちゃっかりサックスも吹いたりしちゃって(笑)。だから得することの方が多いかなとは思います」

——今後やってみたい企画や、次作のプランはありますか?

「最近、デュオとかコードレス・トリオに魅力を感じてます」

——デュオの相手は?

「ピアノか、ギターで。たまにベースともやっています。私は一対一で会話するスタイルがすごく好きで。お互いの音をすごく冷静に、落ち着いて、ちゃんと聴けるというのが、自分のペースに合っているのかなって感じています。今後は、そのためのオリジナル曲をもっともっと増やして、広げていきたいと思っていますね」

纐纈歩美『O PATO』(ポニーキャニオン)

【纐纈歩美 ライブ情報】
http://a-koketsu.com/index.html


纐纈歩美/こうけつあゆみ 
アルト・サックス奏者。1988年10月5日、岐阜県土岐市出身。トロンボーンを演奏していた父の影響で3歳からクラシック・ピアノを習い、中学校の吹奏楽でアルト・サックスを始める。高校に入ってから本格的にジャズを始め、甲陽音楽院名古屋校在学中に岐阜や名古屋を中心にライブ活動を開始。2010年7月に『Struttin’』(ポニーキャニオン)でデビュー。その後も、コンスタントにリーダー作をリリースし、今回の『O PATO』(ポニーキャニオン)が8作目となる。また自己のグループや、日野皓正、菊池成孔、クオシモードなどを始めとする様々なセッションなど、精力的なライブ活動を展開している。

島田奈央子/しまだ なおこ(インタビュアー)
音楽ライター/プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書『Something Jazzy 女子のための新しいジャズ・ガイド』により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲・監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。

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