【ジャズマンのファッション/第11回】ジョン・コルトレーンのポロシャツ

文/川瀬拓郎

2018.06.13

ジョン・コルトレーンの“未発表スタジオ録音”が発見され、このたび『ザ・ロスト・アルバム』として発売されるという。1963年にレコーディングされたという同音源は、過去に流出したことのない完全未発表録音。しかも絶頂期のプレイということもあり、一般メディアでも取り上げられるほど注目度は高いようだ。今回は、そんなコルトレーンの代表作『ブルー・トレイン』(1957年)について。ジャケット写真で彼が着ているポロシャツに注目してみたい。

ロリポップを咥えて撮影

視線を落とし、思い倦ねるような表情のコルトレーン。後頭部に掌を当てるように左腕を回し、(甘党だったコルトレーンらしく)右手には棒付きのキャンディを握っている。シリアスなムードなのに、ロリポップを口にしているというギャップが非常にユーモラスでもある。

この時期のブルーノート作品ジャケットの多くが「モノクロ」もしくは「2色印刷」を採用しており、ジャケットの肖像写真も、ブラック(白黒)、シアン(青系)、マゼンタ(赤系)、イエロー(黄系)という4系統に大別される。ちなみにブルーノートの1500番代は、リリース中期あたりから3色印刷を駆使しはじめ、本作『ブルー・トレイン』のアートワークも、マゼンタ以外の3色のインクが使用されている。ただし、コルトレーンの肖像写真はシアンとブラックの2色で印刷されており、これはもちろん、アルバムタイトル(およびブルーノートでの初リーダー作であること)と符合させているのであろう。

本作のジャケット写真で使われたカットは、レコーディング本番時とリハーサル時に行われたフォトセッションの中から選ばれたらしい。そのアザーカットも併せて確認してみると、彼のポロシャツは長い前立てにボタンが3つ配置されたデザインであることがわかる。ただし、ブランドを特定できるロゴマークは見当たらない。また、ポロシャツの特徴であるちょうちん袖(注1)ではなく、リブのないストレートな袖である。

注1:その名の通り、ちょうちん型に膨らんだ袖。女性用のパフスリーブとは少し異なり、ポロシャツのちょうちん袖はしっかりと腕に沿うよう袖口にリブを配している。

コルトレーンは本作における濃色のポロシャツ以外にも、白いニットポロやストライプのポロシャツなども着用していることが確認できる。レコーディングやリハーサルにおいては、腕の動きを邪魔しない半袖で、吹き出す汗を吸い取り、胸元を広く開けられるポロシャツは便利な存在だったのだろう。

ポロ競技が由来ではない!?

夏のカジュアル服の代表として、性別も世代も国境も越えて広く普及しているポロシャツ。その代表的なブランドとして、ワニのマークでおなじみのラコステ(仏/1933年創業)や、モッズに愛されたフレッド・ペリー(英/1952年創業)。ポニーの刺繍ロゴが入るラルフ・ローレン(米/1967年創業)などが思い浮かぶ。

さて、服飾辞典によるポロシャツの定義は〈襟がつき、短めのプラケット(前立て)を2〜3個のボタンで留めるようにしたプルオーバー型のニットシャツ〉とある。てっきり、ポロ競技から生まれたものとばかり思っていたのだが、そうとも言い切れないらしい。本来のポロのユニフォームは、襟なしで半袖のTシャツ状のもので、これには「チャッカーシャツ」の名がついている。また、ポロシャツの名付け親は日本人だとする説や、ラルフ・ローレンの成功によって定着したなど諸説あり、ネーミングの起源はいまだに明らかになっていない。

ともあれ、ポロシャツがスポーツウェアとして生まれたことは明らからだ。1920年代後半、地中海に面したリビエラ地方でテニスウェアとして用いられていたニットシャツがその原型である。それを現在のポロシャツとして完成させたのが、ラコステ(注2)であることは間違いない。伸縮性と吸汗性に優れた鹿の子織りのコットン素材、ボタンを2つ配した前立て、立ててもサマになるやや大きめの襟、カーブしたアームホール、ちょうちん袖を特徴とするL1212と呼ばれるモデルがそれに当たる。

注2:元プロテニス選手のルネ・ラコステ(仏)によって1933年に設立されたアパレルブランド。ワニの商標で知られる。

ヴィンテージ好きの洒落者の間で特に評価が高いのが、90年代までフランス本国で生産されていた、やや細身のシルエットが特徴のフレンチ・ラコステ(=フレラコ)である。また、米国アイゾッド社とのライセンス契約によって、70年代から90年代までに生産されていたアイゾッド・ラコステも、アメカジ好きには外せない存在。アイゾッドはフレラコと違って、全体的にゆったりとしたシルエットと、後ろ身頃が長いのが特徴。どちらもヴィンテージ市場で高い人気を誇っている。

米国内のポロシャツ人気

第二次大戦後のアメリカでポロシャツが人気となったきっかけは、ポロでもテニスでもなくゴルフだった。その代表的ブランドが、世界初のゴルウェア専門ブランドとして、1955年に創業したマンシングウェアだ。同ブランドのポロシャツは、愛らしいペンギンマークとともに多くのアメリカ人男性に受け入れられ、後続ブランド(注3)が多数生まれた。

注3:70年代に日本の小杉産業(現:コスギ)が、ゴルファーのジャック・ニクラウスと専属契約を結び、85年にジャックのニックネームを使用した別ブランド、ゴールデンベアが誕生。一方、レナウン社は、ジャック・ニクラウスの宿敵としても知られるアーノルド・パーマーの名を冠し、4色の傘マークで知られる同名ブランドを発足した。

さて、本作でコルトレーンが着用したポロシャツは一体どこのブランドなのだろうか。年代的に考えれば、まずラルフ・ローレンはあり得ない。また、左胸のワンポイントで他社との差別化を図っていたラコステ、フレッド・ペリー、マンシングウェアという線も消える…。そこで、ヴィンテージ衣類に精通し、ポロシャツについて興味深いコラムを発信している、デザイナーの小林学氏(注4)に意見をうかがった。

注4:1966年、神奈川県生まれ。文化服装学院を卒業と同時に渡仏し、3年間を過ごす。帰国後、カジュアルウェアメーカーでの企画、岡山のデニム工場での勤務を経て、98年に自らのブランドSLOWGUNを創設。直営店White*Slowgun(東京都渋谷区)などで販売される。

「このポロシャツは、いま見てもカッコいいですね。コルトレーン本人も痩せていて、適度にゆとり感のある着こなしは、まさに今の気分。素材はコットンジャージーで、相当洗いざらしたものだと思われます」

なるほど、ヴィンテージのポロシャツに精通した小林氏らしい指摘である。

「襟が丸まっていて、その先にスナップボタンのようなものがチラリと見えます。襟先のボタンを使わないボタンダウン風のデザインは、ミニマリズム全盛の90年代初期のジル・サンダーやヘルムート・ラングにも多用されていました。もしかしてブルックス・ブラザーズ(注5)のボタンダウン型だったらと想像するのも面白いのですが…」

注5:アメリカの衣料品ブランド。1818年に衣料品店H. & D. H. Brooks & Co.として創業。以来、アメリカン・トラディショナルを代表するブランドとしてその名を築く。今年で創設200周年。

半世紀を経ても残る謎

そもそもブルックス・ブラザーズでは、ボタンダウンシャツのことを「ポロカラーシャツ」と呼んでいる。ゆえに、これがポロシャツというネーミングの起源ではあるまいかと推測したくなる。しかしながらブルックスでは、ポロシャツのことを「ゴルフシャツ」と呼んでいるし、当時のカタログやヴィンテージでは確認できない。

また、ヴィンテージとして現存するポロシャツは、そのほとんどが60年代以降のもの。可能性として残るのは、シアーズ、モンゴメリー、JCペニーを御三家とするストアブランド系(注6)だが、そのほとんどが化繊入りのニットポロで、やはりコットンジャージー素材のものは見当たらない。 では結局のところ、コルトレーンのポロシャツはどこの製品なのか? 前出の小林氏が続ける。

注6:通販・量販の大手が独自に作ったブランドのこと。現在でいうスーパーのプライベートブランドのような存在。米国の3大ストアブランドは、タウンクラフトやヘラクレスなど、多数のサブブランドを擁していた。

「(過去の)有名人やミュージシャンが着ていたのは、あのブランドだったといった話をするとき、現存する実物がない以上、どうしても推測や憶測に頼りがちですよね。話を面白くしようとして、尾ひれが付いてしまう。だから熱心な古着好きは、自分の目で見たものしか信じないと言い切る人が多いです。僕は当時のステッチやディテールなどから推察し、できるかぎりの時代考証を心がけていますが、コルトレーンのポロシャツに関しては不明なんです

残念ながらコルトレーンのポロシャツが、どこのブランドかは判別不能であった。それどころか「ポロシャツ」という名称の起源さえ不明なままである。ジャズファンならば、当たり前の名盤として語り継がれてきた『ブルー・トレイン』。自明のものとして接してきた音楽やファッションも目線を変えて接してみると、まだまだ謎が多く、新しい発見があるものだ。

来たる6月29日に世界同時発売となる、幻の未発表スタジオ録音作『ザ・ロスト・アルバム』(ユニバーサルミュージック)を前に、今一度コルトレーンの初期作品を聴き直してみてはどうだろうか。

 

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