【ジャズマンのファッション/第3回】リー・モーガンのスーツスタイル

取材・文/川瀬拓郎 イラスト/シマジマサヒコ

2017.10.11

現在のハリウッドスターやポップスターがそうであるように、かつてジャズマンはファッションリーダーだった。彼らのスタイルは、その音楽と同様、現代でもさかんに引用されている。本連載では、そんなジャズマンたちが残した名盤とともに記憶された、彼らのファッションについて、さまざまなテーマで考察していきたい。

現代のデザイナーをも魅了するリー・モーガンのスタイル

昨年のヴェネチア、ストックホルム、トロント国際映画祭で上映されたドキュメンタリー映画『I Called Him MORGAN 私が殺したリー・モーガン ~ヘレンは彼をモーガンと呼んだ~』が、いよいよ日本でも公開される。『マイルス・アヘッド』、『ブルーに生まれついて』といった、ジャズマンを題材にした映画が立て続けに公開されていることもあり、一般的な映画ファンからの注目も高まっているのかもしれない。

1972年、NYのジャズクラブ・スラッグスで演奏をしていたリー・モーガンは、第2ステージと第3ステージの休憩時間中に内縁の妻に銃撃され、搬入先の病院で死亡が確認。33歳の若さだった。18歳でデビューし、一気にスターダムへと上り詰め、その後ドラッグにのめり込みスランプへ。再起を果たせぬまま帰らぬ人となった、天才トランペッターのあまりにドラマティックな生涯と最期は、まさに映画向けとも言えよう。

さて、ここに一冊のカタログがある。COOL STRUTTIN’ & Co(以下、クールストラティン)という日本のファッションブランドが、2005年に配布した小冊子だ。ブランド名はもちろん、ソニー・クラークのアルバム名にちなんでいる。

一般的にファッションブランドのカタログといえば、モデルが着用したポートレートで幕を開け、途中から商品写真の羅列となるが、このカタログでは、自社商品はほとんど紹介されていない。カタログの前半は、ブルーノートを中心に厳選されたジャズの名盤と、いわゆるシネ・ジャズの名シーンが並べられ、同ブランドのデザイナーである浜田比左志氏のコメントが添えられている。さらに読み進めると、DJ・プロデューサーの沖野修也氏やUFOのラファエル・セバーグ氏などのインタビューが続き、ソリマチアキラ氏によるイラストが華を添える。

職業柄、大量のカタログやヴィジュアルブックが送付され、シーズンが終わると廃棄してしまうのだが、このカタログは大切に所蔵していた。今回の「ジャズマンのスーツ」という難題を前に、改めてこの冊子を広げると、リー・モーガンのレコードジャケットが目に留まったのである。本コラムを執筆するようになってからというものの、いつかは浜田氏にインタビューをしなければと思っていたところでもあった。まずは、なぜ、自身が手がけるブランドのブックで、リー・モーガンを大きく取り上げたのか聞いてみた。

「だってほら、リー・モーガンってジャズマンの中でも、いちばんスタイルが良くてかっこいいでしょう? 音楽性はもちろん、自分の容姿にも自信があるということが、このアルバムジャケットの顔付きからもよく分かりますよね。背の低いマイルスと違って、長身ですらっとしたリー・モーガンなら、どんなスーツだってかっこよく着こなしてしまうから」

自身の名前を冠した本作『LEE MORGAN』(1956)のジャケット写真で彼が着用しているのは、ヘリンボーン(注1)のジャケットである。てっきり上下そろいのスーツかと思いきや、前方へ突き出した左膝が少しだけ見えており、これがコーデュロイのパンツであることがはっきりと確認できる。スーツスタイルではなく、ジャケット+パンツ。いわゆる“ジャケパン”なのである。

注1:直訳するとニシンの骨。その名の通り、魚の骨のようにV字状に並ぶ織り柄のこと。杉綾とも呼ばれ、床材や壁材といった建築にも用いられるパターン。英国調のスーツやジャケットに欠かせない織りとして現在でも広く普及し、高い人気を誇る。

当時のジャズクラブでは、演者にスーツ(=上下そろいの生地で仕立てられた)の着用を義務付けていたという証言もあるが、これがもし本当で、彼が意図的にスーツを着崩したのであれば、なかなか興味深い。1960年発表の『Here’s Lee Morgan』や『Expoobident』では、すらりと伸びた肢体、9頭身はあろうかという抜群のスタイルを活かし、完璧なスーツスタイルを披露しているというのに…。

「あらためて、アルバム『LEE MORGAN』の写真を見てみると、本人はかっこいいけれど着こなし的にはアウトですよね(笑)。まずシャツの袖が出ていないし、コーデュロイのパンツが写り込んでいますから。撮影前に、おそらくバストアップ写真だと油断していたのでしょう。たぶんシャツは半袖だろうし、ヘリンボーンとコーデュロイという“柄素材”の組み合わせもトゥーマッチです。本来の着こなしではないから、彼自身は不本意だったかもしれませんね」

結果的にあの“ジャケパン”スタイルは偶然の産物であったようだが、Vゾーンが狭く“3つボタンの上2つ掛け”のジャケットは、いま見ても古臭さを感じない。“段返り3つボタンの中掛け(注2)”がスーツの基本となった現代では、逆に新鮮でもある。クールストラティンでは、かつてこのデザインを元にした「リー・モーガン」というモデル名のスーツを販売していた。『LEE MORGAN』(1956)でモーガンが着ているジャケットについて、浜田氏は語る。

注2: “段返り”とは、ジャケットの一番上のボタンがラペルの裏側(折り返した部分)にくる仕様のこと。トラッドスタイルの基本形とされ、普段このボタンは使用せず、第二ボタンで留める。

「高めのウエスト位置に、狭いVゾーンが特徴のこのジャケットは、ラペル(注3)の縁に入ったアウトステッチにも注目です。高級スーツのラペルに入るステッチは手縫いが基本ですが、この直線的で均一な運針から、ミシンで仕上げたことが分かります。当時、マイルス・デイヴィスが他のジャズマンに奨めていたのがブルックス・ブラザーズだったこともあるので、おそらくブルックスの既製スーツのジャケットか、安価なテーラーでしつらえたと推測できます」

注3:ジャケットの“襟の折り返し”の下襟部分。上襟はカラーと呼び、ラペルとカラーの刻みをゴージラインと呼ぶ。

英米ミックス・スタイルをアフリカ系が着こなす

英国調素材の代表であるヘリンボーンでありながら、ブルックスが得意とするナチュラルショルダーでボックス型の米国式シルエット。さらに“段返り3つボタンの中掛け”がアメリカントラッドの本流であるのに、ブリティッシュな3つボタンの上2つ掛け…。こうした英米のミックスによるデザインは、当時のアイビースタイルに欠かせないものであった。こうした3つボタン上2つ掛けの、いわゆるモッズ的なスーツを着こなしている名盤として、オーネット・コールマンの『ディス・イズ・アワ・ミュージック』についても触れなければならないだろう。

「まずこのジャケット写真が秀逸なのは、オーネット・コールマン本人だけがグレーで、他のメンバーはブラックのスーツを着ていることです。さらに、白人メンバーのチャーリー・ヘイデンを右端に立たせているのも面白い。やっぱり、リー・モーガンと同じことが言えるんですけど、彼らはVゾーンが狭いアイビースーツがよく似合いますよね。ちなみに、コールマンは香港に行きつけのテーラーがあって、そこでスーツを仕立てていたようです。これはDUGの中平さん(注4)から教わったのですけどね」(浜田氏)

注4:新宿のジャズバー。1967年の開店以来、多くの文化人や芸能人に愛され、村上春樹が通っていたことでも有名。店のロゴデザインはイラストレーターの和田誠によるもので、オーナーの中平穂積はジャズ写真家としても知られている。

デザインや着こなしについてのセンスはもちろんだが、なんと言っても着る人の体型や顔付きが、スーツスタイルを大きく左右することは紛れもない事実だ。リー・モーガンにせよ、オーネット・コールマンにせよ、アフリカ系特有の体型が、スーツを特別なものにしていることは疑いの余地がない。

「セネガルやマリ出身の黒人がもつ、すらりと長身で筋肉質な身体なら、スーツ姿が違って見えてくるのは当然です。僕がフランスに留学していた頃も、こうしたアフリカ系移民をたくさん見てきましたから。だからこそ、あの身体をもって生まれたリー・モーガンのスーツ姿は別格なのです。90年代のオズワルド・ボーティング(注5)がそうであったように、アフリカ系の恵まれた体型を活かした主張あるスーツというのは、彼らの特権でもあると思います。彼らとは骨格からして違う日本人が着こなすのは無理ですよ。その点、例えばトム・ブラウン(注6)のスーツは日本人でも着こなしやすい。なぜならトム・ブラウン本人が、それほどスタイルがいいわけではないから(笑)。だから、黒人が着こなすモードなスーツよりも、アイビー的なスーツなら日本人にもなじみやすいんです」

注5:1967年ロンドン生まれのファッションデザイナー。サヴィル・ロウの伝説的テーラーであるトミー・ナッターの下でスーツ作りを学ぶ。その後、独立して1995年のパリ・メンズコレクションにデビュー。2003年には、ジバンシーのメンズウェア初代クリエイティブ・ディレクターに就任。
注6:アメリカのファッションブランド。同ブランドの創業者でありデザイナーも務めるトム・ブラウンの名を冠し、50~60年代のアメリカン・トラディショナルをベースにした作風で人気を博す。

クールストラティンは、残念ながら2014年に終了してしまったが、日本人がかつてのジャズマンのように、スーツを粋に着こなす重要なヒントを与えてくれた。そして、スーツはビジネスマンの制服などではなく、男にとって最高のお洒落着であると。

「やっぱり、スーツさえ着ていれば安心という人が多いからではないでしょうか? スーツって本当はいろんな種類があるし、着こなし次第でいくらでも自分らしく見せることができます。でも、ちょっと変わったスーツを着て会社に行くと、やっぱり浮いちゃう。同調圧力に弱いんですよね、日本人って。だから、自分のスタイルを作ることすら難しいし、それを貫くことはもっと難しい。クールストラティンで表現したかったのは、自分のスーツスタイルを確立できていない人の背中をそっと押してあげること。そして自分のスタイルを持った人を力付けることができればいいと思ってデザインしていました。そういう機会があれば、いつかまた挑戦したいですね」

いつの頃からか「ジャズマン=スーツ」のイメージは希薄になった。モーガンが亡くなる1年前に録音された最後のスタジオアルバム『The Last Session』(1972)のジャケット写真は、もはやオーソドックスなスーツスタイルではない。

これと同時期、他アーティストのジャケット写真を眺めてみても、ヒッピー風のサイケデリックな衣装や、アフリカ回帰を想起させる民族衣装、あるいはカジュアルな普段着で埋め尽くされる。

スーツという白人が作り出した呪縛から、彼らのしなやかで野生的な身体は解放された。という見方もできるのかもしれないが、現代の多くの人が考える「ジャズ」のイメージはやはりスーツである。同時にそれは40~60年代のモダンジャズとセットになっている。この期間を駆け足で生きたリー・モーガンは、その体躯やセンスも含めて「ジャズマン=スーツ」を象徴するような存在と言えるのではないだろうか。


映画『I Called Him MORGAN 私が殺したリー・モーガン ~ヘレンは彼をモーガンと呼んだ~』より。Courtesy of FilmRise/Submarine Deluxe/Kasper Collin Produktion AB.

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