【ジャズマンのファッション】第12回「ソニー・ロリンズのブロウ型サングラス」

文/川瀬拓郎

2018.07.11

ジャズ名盤のジャケット写真にしばしば登場するサングラス。「目は口ほどに物を言う」とはよく使う諺だが、サングラスをかけることで生まれるクールでミステリアスな雰囲気は、ときにその眼差しよりも人を強く惹きつける。今回はソニー・ロリンズの初期の傑作として名高い、2枚のブルーノート作品をピックアップし、音とともに記憶されたサングラスの魅力について考察したい。

同じサングラスでも印象が激変

イーストヴィレッジの名門ジャズ・クラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」が初めてライブ録音の場を提供したという『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』(写真左)。そして、同レーベルからのリリースとしてはロリンズにとって最終作となった『ニュークス・タイム』(写真右)。ともにブルーノートからのリリースで、前者は1500番台、後者は4000番台だが、双方とも1957年の録音である。

この両作品で使われたジャケット写真のアウトテイクを確認すると、ロリンズが着用したダブルカフスのシャツと、タック入りパンツは全く同じであることがわかる。つまり、1回のフォトセッションから2作品の写真が選ばれたのだ。

当然、サングラスも同一である。ロリンズが着用していたサングラスは、いわゆるブロウ型と呼ばれるタイプ。その名の通り、眉毛のラインに沿ったセル素材のフレームに、金属製のアンダーリム(レンズ下半分のフチ)のコンビネーションである。フレームの左右両端にある“智(ち)”または“ヨロイ”と呼ばれる部分がせり出しており、太めのブリッジとテンプルも大きな特徴である。

リラックスした雰囲気で何かを話しかけているような瞬間を捉えた『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』では、面長なロリンズが少しぽっちゃりと見える。一方、頭上の一点を凝視するように顎を突き出したポーズの『ニュークス・タイム』では、サングラスによってロリンズの表情が引き締まって精悍に見える。

同一人物が同じサングラスをかけているのに、まったく印象が異なるのが面白い。写真のトリミングと着色というデザイン面での要素はもちろんだが、レンズの奥からこちらに向けて視線を感じるか否か、という違いも大きく作用しているのだろう。

50年代を代表するデザイン

このクラシックなブロウ型のフレームは、サーモント・ブロウとも呼ばれている。1950年代、アメリカ軍の将校であったモント氏(=Sir Mont)が、当時最大手のメガネメーカーであったアメリカン・オプティカル社に依頼して作らせたメガネが原型とされる。眉毛が薄いことに悩んでいた同氏の顔を、メガネのブロウラインが補い、威厳ある表情に見せることに成功したという。

しかし、モントという名の将校が実在したのか確認できず、このエピソードを裏付ける証拠はない。さらに、1947年に大手メガネメーカーのひとつであったシュロン社が「ロンサー」という名称で、すでにサーモント型を販売していたことが判明している。筆者が推測するに、ライバル会社のヒット商品に目をつけたアメリカン・オプティカルが、宣伝のために作ったエピソードというのが本当のところなのではないだろうか。

真偽のほどはともかく、アメリカン・オプティカルが売り出したサーモント型メガネは、50年代のアメリカで大ヒット。智の部分にあしらった羽根型もしくは菱形の飾り鋲が特徴で、黒人公民権運動の活動家であったマルコムXが愛用したことでもよく知られている。メガネ同様にサーモント型サングラスもさまざまなバリエーションで販売され、アイビーたちの間にも広く受け入れられていた。

当然ながら、当時のジャズマンにとってもアメリカン・オプティカル製のサングラスは身近な存在であったはずで、ロリンズが着用していたサングラスも同社製である可能性は高い。ところが、ロリンズの写真にはブランドが特定できる飾り鋲が見当たらない。もうひとつの可能性として、前述のシュロン社製「ロンサー」が挙げられるが、これには横に長いバー状の飾り鋲があるはずだし、ブリッジが金属製であるはずだ。

ちなみに、サーモント型サングラスの名作としてレイバンの「クラブマスター」というモデルがあるが、こちらの発売は1986年なので、年代的にありえない。やはり限られたアングルの数枚の写真だけで、ブランドを特定するのは困難である。

アメリカの3大メガネメーカー

さて、ここで50年代から60年代にかけて大量のメガネやサングラスを供給した、アメリカの3大(メガネ/サングラス)メーカーについて触れておこう。

1833年に創業したアメリカン・オプティカル社は、現存するアメリカ最古のメガネブランド。20世紀初頭に設立した大規模な自社一貫工場によって、メガネの生産数を飛躍的に高めた。第一次大戦中の1917年には、アメリカ空軍のパイロット用サングラスの正式納入業者に選出。さらに第二次大戦時には、メガネとサングラスはもちろん、銃や爆撃機の照準器までを納入する一大光学機器メーカーへと成長を遂げた。

一方、先にも触れたシュロン社は1865年に創業。第二次大戦時に米国軍に光学製品を供給したことで一躍有名になり、アメリカン・オプティカル、ボシュロムと合わせて、アメリカ3大メーカーのひとつとして人気を誇る。1947年にサーモント型の「ロンサー」を発売し、全米で広く支持されるように。当時のフレームデザインをほぼ変えることなく、今もなおMADE IN USAでメガネの生産を続けており、日本でも比較的安価で入手可能だ。

そして、現在ではコンタクトレンズでおなじみのボシュロム社も、かつてはメガネを含めた総合光学製品メーカーだった。上記の2メーカーとボシュロムが大きく違うのは、サングラスに特化した別ブランドとして、1937年にレイバンを設立したこと。第二次大戦時には米軍へサングラスを納入し、シェアを拡大。戦後も数多くの映画スターやミュージシャンに愛用され、世界的ブランドへと成長したこと(注1)はご存知のとおり。

注1:1999年、ボシュロム社はイタリアのルックスオティカ・グループにレイバンを売却。それ以降レイバンのサングラスは、中国で組み立て作業まで行われ、最終仕上げをイタリアで行うようになる。多数の有名ブランドを傘下に収めるルックスオティカは、アイウェア業界のトップシェアを独走している。

技術革新によるサングラスの大型化

70年代以降、それまで主流だったガラスレンズから、軽くて割れにくいプラスティックレンズがシェアを増やすようになると、ガラスでは難しかったデザインが可能となり、より大型で装飾的なものが好まれるようになる。サングラスの流行を牽引するのは、もはやメガネ専業メーカーではなく、ピエール・カルダンやイヴ・サンローランなどのデザイナーズブランドに取って代わられてゆく。

こうして、アメリカ3大メーカーの一般消費者向け商品の販売数は徐々に低迷。政治家や保守的な年配層にまでサーモントが普及すると、もはや若者からそっぽを向かれるようになってしまう。思えばケンタッキー・フライド・チキンのカーネルおじさんのメガネもサーモント型である。多くの才気あるジャズマンが、より大型でアクの強いデザインのサングラスをこぞって選ぶようになるのもこの頃からである。

ジャズもサングラスもフリーへ

リー・モーガンは、キャリア後期の傑作として知られる『ライブ・アット・ザ・ライトハウス』(1970年)のジャケで大型レンズのツーポイント型(注2)サングラスを選んでいる。生まれはロリンズの方が早いが、同じく50年代に活躍したジャズマンであり、随一の伊達男としても知られたモーガンは、いち早くサングラスのトレンドを汲み取っていたことがうかがえる。60年代以降、フリージャズやエレクトリックジャズに挑戦したロリンズも、やはりビッグシェイプで薄いカラーレンズを入れたサングラスを愛用していた。

注2:ツーポイントとは、いわゆる“縁なし”メガネのこと。レンズを2か所で留めることからこう呼ばれる。レンズを囲むフレームが無いので自然な見た目となり、非常に軽量なのが特徴。構造上、強度が低く取り扱いには注意が必要。安全性の面から、現在ガラスレンズで作られることはほとんどない。

ジャズの演奏スタイルの変化に同調するかのように、ジャズマンの衣服やサングラス(メガネ)の人気も大きく変化していった。ディスコティックでファンキーな印象の大型サングラスも悪くはないが、いま改めて見直すとあの時代特有の過剰さを感じてしまうのも事実。ジャズの王道を歩み続け、今なお現役を貫くロリンズには、クラシカルなサーモント型の方が似合うと思ってしまうのは、筆者だけではあるまい。

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