【ジャズマンのファッション】第9回「チェット・ベイカーの半袖シャツ&プリーツ入りパンツ」

文/川瀬拓郎

2018.04.11

今回紹介するのは、ウェストコーストジャズの代表格であり、現在でもカリスマ的人気を誇るチェット・ベイカー。ジャズ界のジェームズ・ディーンと評されたルックスと甘いヴォーカルで、一気にスターダムに駆け上がった、若き日のチェットに注目してみたい。

W.クラクストンが写したチェット・ベイカー

人々の記憶に残るファッションポートレイトには、時代を象徴するミューズの存在が不可欠だ。例えば、ニック・ナイトにはビョークが、マリオ・テスティーノにはグウィネス・パルトロウが、ピーター・リンドバーグにはミラ・ジョヴォビッチがいた。そして、50年代の西海岸でフォトグラファーとしての活動を始めたウィリアム・クラクストン(William Claxton)にとって、ミューズに相当する存在が、チェット・ベイカーであった。

カリフォルニア州パサディナで生まれ育ち、フォトグラファーを目指していたクラクストンは、大学在籍時の1951年に大きなチャンスを手にする。以前からジャズに心酔していたクラクストンにとって憧れの存在であったチャーリー・パーカーを撮影することとなったからだ。その会場となるティファニー・クラブのステージでトランペットを務めていたのが、チェット・ベイカーだった。

こうして運命的な出会いを果たしたクラクストンは、トランペッターとしてはもちろん、被写体としてのチェットにも強く惹かれていく。チェットのライブやレコーディング、オフステージでの撮影が許されたクラクストンは、数多くのポートレイトを撮影。チェットのジャケ写をはじめ、パシフィック・ジャズ・レコードのアートワークを担当するまでの信頼を得るようになる。

50年後にシンクロした“流行”

クラクストンがジャケット写真を手がけた作品の中で、ファッション的に注目すべきは『Chet Baker & Crew』(1957年)のスタイリングである。本作は、疾走感溢れる楽曲を数多く収録し、トランペッターとしてのチェットの魅力を存分に味わうことができる名盤。クラクストンによってサンタモニカ湾で撮影されたジャケ写も、溌剌として爽快な内容を見事に反映している。

太陽の光を受けてきらめくに大海原に身を乗り出し、出航の合図を吹き鳴らすチェットと、優しい海風を受けながら笑みを浮かべるクルーたち。真っ白な帆を張ったロープを左手で掴み、トランペットを右手で構えたポーズはフォトジェニックそのもの。ウェストコーストジャズのイメージを決定付けたヴィジュアルであることに異論はないだろう。

このフォトセッションでチェットが披露したのは、白い開襟シャツと黒いパンツというシンプルこの上ない着こなし。ともすれば学生のようなコーディネイトなのに洒落て見えるポイントは、シャツ裾をパンツにタックインし、ベルトレスで合わせているところだ。パンツはプリーツ入り(注1)で、ゆったりとしたハイウエストという、今のトレンド要素を見事に備えている。

注1 パンツのフロントに入れる襞(ひだ)のこと。1〜2本プリーツを入れることで、腰回りから腿へ膨らみをもたせ、可動域を広げることができる。摘んだ生地を縫い合わせるタックとは明確に分けられている。クラシカルなパンツはもちろん、ここ数シーズン人気の太めパンツに欠かせないディテールでもある。

ステージ上でビシッとスーツで演奏するチェットもかっこいいのだが、こうした半袖シャツとプリーツ入りパンツの組み合わせの方が彼らしくてクールに思える。これらの写真はクラクストンとの信頼関係があったから成立しているのだが、チェットはカメラを意識することなく自然体で立ち振る舞い、フォトセッションを楽しんでいたそうだ。

クラクストンが若き日のチェットを撮影した写真集“Young Chet”に収められた回想文によると、チェットは「カメラの前でどのように動き、何をすればいいのか、どの角度が一番いい光を捉えることができるかまで、本能的に知っているかのようだった」と語り、「フォトジェニックそのものであった」(注2)とさえ書き記している。

注2 Young Chetに収められたChet and the Cameraという章の英文から筆者が意訳。ちなみにチェットは前歯のうち1本が欠けていたのだが、それがトランペットの音色に独自性をもたらしていると考えていて、差し歯を入れようとしなかった。そして撮影時には、欠けた歯を巧妙に隠していた。

時代は“ゆったりフィット”へ

ここ数年のハイファッションではワイドパンツが復権し、スリムフィットは過去のものになりつつある。スーツを中心としたクロージングと呼ばれるカテゴリーにおいてもこの変化は共通しており、プリーツをあしらい、腰から腿に欠けて膨らみを持たせた、太めのシルエットのパンツが旬である。シャツ裾をタックインしやすい、ハイウエストであることも留意しておきたい。

このようなプリーツ入りパンツは50年代までに完成されたもので、その多くがベルトレス仕様であるのは、それまでのパンツが「注文服」だったからである。現在のようにベルトが普及したのは、既製服でも多少のサイズ調整ができるという理由であって、本来は上下揃いのスーツを分割してしまうベルトは、エレガンスを欠くものとされてきたのだ。

じつはこうしたクラシカルなプリーツ入りパンツは、90年代初頭にリバイバルされた(注3)経緯があり、四半世紀を経た現在、ふたたび評価されているという訳だ。このリバイバル周期は、クラクストンが撮影した50年代を経て、晩年のチェットをブルース・ウェーバーが映画化した『レッツ・ゲット・ロスト』(注4)の1988年、そしてイーサン・ホークがチェットを演じた『ブルーに生まれついて』が公開された2015年に、それぞれ対応しているかのように思えてくる。

注3 以前、筆者が担当した雑誌のインタビューで、ビームスのクリエイティブディレクターである中村達也氏が言及。流行は繰り返すという定説の通り、パンツのシルエットにそれが顕著に現れる。
注4 ドキュメンタリーとしても高い評価を獲得し、彼の死後すぐに公開されたことも重なって、世界中でセンセーションを引き起こした。同名の写真集の初版は、現在でも数十万円で取引されているほど。

来月、5月13日はチェット・ベイカーの命日である。しかも今年は没後30年という節目。さらに今年はクラクストンの没後10年目にもあたる年。ただの偶然にも思えるが『Chet Baker & Crew』におけるチェットの着こなしが、現在のファッショントレンドと完全にオーバーラップしていることを鑑みると、これは必然であるのかもしれない。

チェットのようにとはいかないかもしれないが、半袖シャツにプリーツ入りパンツを合わせで、初夏の訪れを楽しんでみてはいかがだろうか? ちなみに次回は『Chet Baker Sings』で見せた、ジェームズ・ディーンに勝るとも劣らない白いTシャツの魅力をテーマにしようと思う。

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