投稿日 : 2019.06.17 更新日 : 2020.07.21

【マリーナ・ショウ】ジャズとニュー・ソウルの交配がもたらした果実/ライブ盤で聴くモントルー Vol.8

文/二階堂 尚

「世界3大ジャズ・フェス」に数えられるスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバル(Montreux Jazz Festival)。これまで幅広いジャンルのミュージシャンが熱演を繰り広げてきたこのフェスの特徴は、50年を超える歴史を通じてライブ音源と映像が豊富にストックされている点にある。その中からCD、DVD、デジタル音源などでリリースされている「名盤」を紹介していく。

カサンドラ・ウイルソンやノラ・ジョーンズといったジャンルレスな女性ボーカリストたち。その先駆者とも呼べるシンガーが、モントルーのステージに立ったのは1973年のことだった。伝統的なジャズと最新鋭のソウルの境界を行き来しながら、ジャズというジャンルを軽やかに換骨奪胎してみせたボーカリスト。その名演を35分間に凝縮したライブ盤の魅力を掘り下げる。

シンガーとしての多彩な実力を示す名演

モントルー・ジャズ・フェスティバルでは、同じレコード・レーベルに所属するミュージシャンが登場するスペシャル・プログラムがこれまで何度か開催されてきた。1973年の7月5日に開催されたのが「ブルーノート・ナイト」で、当時ブルーノートに所属していた4アーティストのグループがステージに立った。ヴィブラフォンのボビー・ハッチャーソン、キーボードのロニー・フォスター、フルートのボビー・ハンフリー、そしてボーカルのマリーナ・ショウである。それぞれのステージがレコード化されて現在でもCDで入手可能だが、なかでもとくに人気が高いのがこのアルバムだ。

キャノンボール・アダレイの名演で知られる「マーシー・マーシー・マーシー」を歌ってヒットさせ、カウント・ベイシーのビッグバンドでシンガーを務め、女性として初めて名門ブルーノートと契約するなど、いわゆるジャズ文脈で初期のキャリアを積んだために「ジャズ・ボーカリスト」とされているマリーナ・ショウだが、ゴスペル・ルーツのソウル・シンガーというのが実態に近く、60年代、70年代の作品もソウル、ファンク寄りのものがほとんどである。


彼女の大ヒット作「フー・イズ・ディス・ビッチ・エニウェイ」。1974年のレコーディング。

その彼女が、このモントルーのライブではピアノ・トリオをバックに、メロディを自在にフェイクさせながらジャズ・シンガーとしての実力を聴衆に見せつけている。ジャズの名門レーベルの代表として有名なジャズ・フェスティバルに登場するという意気込みがあったのだろう。全盛期のマリーナのジャズ・サイドの魅力を満喫できる点にこのアルバムの大きな価値がある。

もっとも、そこでジャズ一辺倒にならないのが彼女の個性で、ピアノをアコースティックからエレクトリックに切り替えて歌われる3曲では、当時のブラック・ミュージックの新しい潮流だったニュー・ソウルにかなり意識的に接近している。スティーヴィ・ワンダーの「ユー・アー・ザ・サンシャイン・オブ・マイ・ライフ」、マーヴィン・ゲイの「セイヴ・ザ・チルドレン」、自身の初期の代表曲である「ウーマン・オブ・ザ・ゲットー」(1968年)がそれだ。

2009年にオランダで収録されたマリーナのインタヴュー。10分に満たないものだが、音楽に対する真摯な姿勢がうかがえる。

「ニュー・ソウル」は海外では通用しない和製英語だそうだが、サウンドとメッセージの新しさにおいて時代を画した70年代の新しいソウルを意味する言葉として、今日においても極めて有用である。スティーヴィとマーヴィンは、言わずと知れたニュー・ソウル四巨頭のうちの二人。アルバム最後の「ウーマン・オブ・ザ・ゲットー」にもニュー・ソウルの空気が充溢している。即興のアカペラでバック・バンドのメンバーを紹介しながら、ゲンゲゲゲゲンゲンゲンゲンというファンキーなスキャットともに曲に突入し、ワン・コードの演奏に乗せてゲットー(黒人居住区)で生まれ育った黒人女性の視点から「ここでどうやって子どもを育てていけばいいの、ねえ議員さん?」と語りかける。ゲットーというテーマは、ニュー・ソウル四巨頭のもう一人、ダニー・ハザウェイの「ゲットー」(1969年)と「リトル・ゲットー・ボーイ」(1972年)に受け継がれたし、社会的メッセージと洗練されたサウンドを融合させるというスタイルは、さらに四巨頭のもう一人であるカーティス・メイフィールドが最もクールな形で実現した。




3人の歌で聴き比べる「ゲットー」。

90年代以降のクラブシーンで再評価されるようになった『フー・イズ・ディス・ビッチ、エニウェイ?』をマリーナが発表するのは、このステージの1年後だ。同作の評価を決定づけているのは、16ビートと4ビートを自在に行き来する冒頭の「ストリート・ウォーキング・ウーマン」で、ジャズとソウル/ファンクの境界でキャリアを積んだマリーナの代表作というべき名曲である。その原型が、まさしくジャズとソウルを鮮やかに両立させてみせたこのモントルーのステージにあったと言っていいと思う。優れたライブ・アルバムというだけでなく、ジャンルの交配がもたらした果実として広く聴かれるべき作品である。


『ライヴ・アット・モントルー』
マリーナ・ショウ
■1.The Show Has Begun 2.The Song Is You 3.You Are the Sunshine of My Life 4.Twisted 5.But for Now 6.Save the Children 7.Woman of the Ghetto
■Marlena Shaw(vo)、George Gaffney(p)、Ed Boyer(b)、Harold Jones(ds)
■第7回モントルー・ジャズ・フェスティバル/1973年7月5日

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