投稿日 : 2019.07.30 更新日 : 2019.12.03

Shiho ─初ソロ作完成。“天才たち”との共演で味わったスリル【Women In JAZZ/#11】

インタビュー/島田奈央子 撮影/平野 明 構成/熊谷美広

Shiho インタビュー

女性ジャズ奏者と女性ライターが本音で語り合う “ガールズトーク” シリーズ。今回登場するのは、シンガーの Shiho。およそ15年におよんだ “Fried Pride(フライドプライド)のボーカリスト” としての活動を終え、ソロに転身。この6月に初めてのソロ・アルバムを発表した。ひとり新たなステージに立つ彼女はいま、何を思うのか。聞き手はライター・島田奈央子。

普通じゃない人が好き

──初のソロ・アルバム『A Vocalist』がリリースされました。

「ソロになったということで、とにかく早くアルバムを作らなければ、という強迫観念みたいなものもありましたね(笑)。これまで、自分の音源と呼べるものは、基本的にFried Pride(注1)名義のものしかなかったので」

注1:横田明紀男(ギター)とShiho (ボーカル)によるデュオ・ユニット。2001年に米コンコード・レコードよりデビューアルバムを発表。以来、10作のオリジナルアルバムを制作。グループとしての活動は2016年に終了している。

Shiho『A Vocalist』(キングレコード)

──ソロ作品をつくる上で、念頭に置いたことはありますか?

「やっぱりギターは入れるのは止めようか、と(笑)。あと、以前からずっと “ピアニストと作りたい” と思っていたので、基本的にはピアノトリオで構成しました」

──そのピアニストは、桑原あいさん、柴田敏孝さん、伊藤志宏さん。この3人を選んだ理由は?

「ライブでご一緒することがいちばん多い3人です。同じ楽器なのに、こんなに違うのかっていうくらい、3人ともカラーが全然違います。私は、とにかく暑苦しいぐらい弾く人が好きで(笑)、サラッと弾く人にはあまり惹かれない。普通の伴奏とかされるとつまんなくなっちゃうんです。そういう意味でいうと、この3人は普通じゃないピアニスト(笑)ですね」

──確かに、歌と楽器が同等の存在感で、互いにきちんと対話している印象でした。

「私は(共演者に対して)バッキングをお願いしたいと思ったことは一度もなくて。フロントとバックという関係ではなく、その場で一緒に音楽を作り上げていく、対等な立場で作ってくださる人が好きです。だから必然的にそういう人たちと一緒にやる機会が多いですね」

──そんな3人のピアニストの魅力、つまり“普通じゃない”部分を、具体的に挙げると?

「まず、あいちゃん(桑原あい)はパワーの人。そして努力の上に成り立っている天才。彼女とやっていると、できないことはないんじゃないかって思うくらい、毎回スーパープレイの連続です。以前に10日間くらいデュオでツアーをやったことがあるんですけど、同じ曲をやってても、ほんとうに毎日、全然違うんです。だから毎回すごい刺激的で。二人で同じ方向に向かって一緒に走りながら、たまに私に斬りかかってくる、みたいな(笑)」

──まったく気が抜けない(笑)。

「気が抜けないですね。そんなところも大好き。彼女はいま27歳だったと思うんですけど、若いときにしかできない“パワーの表現”みたいなものを、ちゃんと具現化しててすごいと思います。私は、若い人が “若いプレイ” をしないのが大っ嫌いなんですよ(笑)。たまにいるじゃないですか。まだ20代前半とかなのに、いぶし銀みたいなプレイをしやがって、みたいな(笑)。もちろん、若くて素晴らしい、尊敬すべきプレイヤーもいますよ。けど、彼らが唯一、私たちの世代に勝てることがあるとしたら“絶対的な若さとパワー”だと思うんです。それはすごく大事なことだと思うし、彼女はそこを120%出来ている人だなって思います」

──伊藤志宏さんは?

「昔から名前は知っていたんです。というのも、宇崎竜童(注2)さんから『伊藤志宏をよろしく頼む』って言われていて(笑)。えっ、私が? なんで!? みたいな(笑)」

注2:1973年に“ダウンタウン・ブギウギ・バンド”でデビューし、94年よりソロ・アーティストとして活動。山口百恵への楽曲提供など、作曲家として多くのヒット曲を手がけるほか、役者としても活躍。

──宇崎さんに託された(笑)。

「伊藤くんは以前、宇崎さんのバンドにいたことがあって。宇崎さんは彼のことを『めっちゃくちゃ生意気なヤツだけど、ピアノはすごくいい』って(笑)、すごく評価してたんです。それから何年かして、ついに会う機会ができて」

──会ってみて、どうでした?

「確かに、宇崎さんの言っている意味がわかる人物で(笑)。彼は、叙情的で、小説を読んでいるみたいな感じのピアノを弾く人なんです。今回のアルバムでは〈ザ・ギフト〉という曲で、ラテンっぽいプレイをしてもらいましたけど、ああいうポップでリズミカルな演奏が最高にカッコいい。その一方で、すごく深くてダークな側面も持ちあわせている。だからこそ、明るいプレイも引き立つんです。そういう相反するふたつの要素を持っている人だと思います。そんな彼のキャラクターも含めて好きですね。ピアノを弾いていなくても、この人は芸術家だろうなってわかる感じ。音にも、哲学的なところがあったり」

──柴田敏孝さんは?

「彼も若いときから天才でした。あいちゃんと初めて会ったのは、彼女が19歳のときでしたけど、私が柴田君と会ったのも、彼が19歳でPONTA BOX(注3)に加入したときでした。PONTA BOX のライブに Fried Prideをゲストに呼んでいただいて。初めてのリハーサル時は比較的おとなしくしていたんですけど、いざ本番になったらものすごいプレイを聴かせてくれて。とても柔軟で、ジャズに限らずいろんなことができる人です。私は、彼がマニアックでコアなジャズの部分を出しているときが大好きで、今回のアルバムには絶対に入ってもらいたかった1人です」

注3:ドラマーの村上“ポンタ”秀一が率いるピアノ・トリオ。1994年に始動。柴田敏孝は2004年から参加し、現在も不定期ながら同ユニットで活動中。

“ジャズ・ボーカリスト”って言ってもいいかな…

──『A Vocalist』というアルバムタイトルにはどんな意図が?

「このタイトルは、友達に付けてもらったんです。なんかもう自分じゃわかんなくて。ニューヨークに住んでる友人がいるんですけど、彼女に音を聴いてもらって『なんかタイトルを考えて』って(笑)。彼女は言語関係のお仕事をしているので、すごく素敵なタイトルをいっぱい考えてくれたんですけど、『A Vocalist』がいちばん簡潔でわかりやすいし、キャッチーでもあるし。今まではユニットのボーカリスト。これからは、1人のボーカリストとして認知していただけたらという思いも込めてこのタイトルにしました」

──SingerではなくてVocalist。

「“Singer”って、歌を唄っていることに焦点が当たっているけど、“Vocalist”はもうちょっと幅広いイメージがあるように感じますね。今回はプロデュースも全部自分でやらせてもらったんですけど、そういうことも含めて、というイメージかな」

──ちなみに、自分は“ジャズ”ボーカリストである、という意識はありますか?

「いままであまり意識もしていなかったし、なんで “○○ボーカリスト” って付けなくちゃいけないのかもわからなかったんですけど、最近は自分のことを“ジャズ・ボーカリスト”って言ってもいいかなって、ちょっと思い始めています」

──そう思い始めた理由は?

「やっていること自体は、ストレートなジャズとも違うと思うし、そもそもジャズって何だろう? みたいなことを考え出したら、答えも出ないんですけど、音楽を作っている段階の考え方とかは、わりとジャズマンに近いかもって思います。アレンジの仕方とか、そういうところがジャズっぽいのかな、と。実際に発している歌とかっていうよりも、その前の段階のところですよね」

──マインドやスピリットが「ジャズ的」だと。

「うんうん、そうですね。ジャズマンって、とんでもないアレンジをしたり『これって、あの曲だったの!?』みたいなことは、わりと普通ですよね。私も若いときからずっとそうだったので、考え方はけっこうジャズマンなのかなぁ、って」

“知らない自分”に興味があります

──とはいえ、これまでShihoさんが実践してきた音楽は、ロックやソウル、ブルースをはじめ、ポップ・ミュージックとの接点も大きかった。こうした多様なスタイルの音楽に対して、“ジャズの現場”はどんな違いがありますか?

「たとえば、その場に譜面がなくても“あれをやろう”って言ってできるのがジャズの現場ですよね。ポップスは様式美というか、再現することの美しさだったりしますけど、ジャズはそこまでの決まり事がない。ジャズマンの譜面って、コード・ネームだけで、ほとんど音符が書いてなかったりするんですよ。そこで“みんなでどんな物語を作れるか”という、セッション要素がすごく大きくて。そういうジャズの現場って、私は大好きですね。わりとぶっ飛んでいる人も多いですし(笑)」

──ソロに転身して、いちばん変化したことは何ですか?

「Fried Prideをやっているときから毎年ソロ・ツアーもやってたので、ものすごく変わったという感じはないんです。ただ、ソロになったことで、いろんな方とご一緒できる機会が増えた。そこは大きな変化です。『いままで誘いにくかったけど、解散したから誘うよ』って言ってくださる方もいて(笑)」

──その状況を活かしつつ、今後あらたに挑戦したいことはありますか?

「じつはもう次のアルバムのことを考え始めていて。これまでずっとセルフ・プロデュースだったので、“誰かにプロデュースされる”というのをやってみたいですね。プロデューサーがいて『Shihoってこういうのをやるといいよね』って感じで制作するのって、一体どんな感覚なんだろう…。たぶん自分が知らないことをいっぱい見られるんじゃないかな、って。すごく興味がありますね」

【Shiho オフィシャルHP】
https://www.horipro.co.jp/shiho/

Shiho/しほ (写真右)
幼い頃よりピアノに慣れ親しみ、高校生の頃からピアノの弾き語りによる音楽活動を本格的に開始。その後、横田明紀男(g)と出会い、デュオ・ユニット“Fried Pride”を結成。2001年に日本人初の米国コンコード・レーベルからアルバム「Fried Pride」でデビュー。全国各地のライブ・ハウスやジャズ・フェスティバルなどで聴せる圧倒的なボーカルと豊かな表現力で注目を集め、海外でも積極的にライブを行なうが、2016年12月に活動を終了。Fried Pride時代からソロ活動も行ない、ソロ・ライブの他、ミュージカル『RENT』への出演、テレビ番組のナビゲーターなど、幅広い活動を展開し、解散後も武田真治(sax)、TJO(DJ)とのEDMユニットなどでも活動し、今回の『A Vocalist』が初リーダー・アルバムとなる。
島田奈央子/しまだ なおこ (インタビュアー/写真左)
音楽ライター/プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書「Something Jazzy女子のための新しいジャズ・ガイド」により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲・監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。

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