2019.06.18

米澤美玖 ─「これカッコいい!」が原動力。メジャー初作の“エキゾチカ・フュージョン”完成 【Women In JAZZ/#10】

インタビュー/島田奈央子 構成/熊谷美広 撮影/平野 明

米澤美玖 インタビュー

女性ジャズ奏者と女性ライターが本音で語り合う “ガールズトーク” シリーズ。今回登場するのは、テナーサックス奏者の米澤美玖。華奢な身体とは似つかわしくない “巨大な楽器”を、パワフル&カラフルに吹きこなす、話題のミュージシャンである。聞き手はライター・島田奈央子。

吹いた瞬間“ビビッ!”ときた

──サックスは何歳から始めたんですか?

「小学3年生の終わりぐらいでした。地元(北海道旭川市)の吹奏楽部に入ったんですけど、たまたまテナー・サックスのパートがいなくて」

──自分で希望したわけではなかった。

「そうですね。テナーを吹いてみない? って言われて『はーい』って吹いてみたら、ビビッ! と来て。これをずっと吹いていくんだろうな、っていう謎の直感がありました。だからアルト・サックスをやりたいと思ったことは一度もなかったですね」

──サックスという楽器に触れたのは、そのときが最初?

「はい。その前にピアノを少しやっていましたけど、サックスの方が楽しくなっちゃって。たぶん、テナーの音色に心地よさを感じて、それがいまも続いているんだと思います」

──小学3年生の女の子にとって、テナーサックスは大きくて重い楽器ですよね。

「いまの私にも重いです(笑)。重いし大きいから、小学生のときは指がキーにちゃんと届かなかったりしたんですけど、まぁいっか、みたいに思ってました(笑)」

ジャズの入り口は “カッコいいサイン”

──ジャズを演奏するようになったのは、いつ頃から?

「11歳のときに、吹奏楽と並行して地元のビッグバンドに入りました。そちらではカウント・ベイシー(注1)とかやってましたね」

注1 :(1904-1984)ピアニスト、ビッグ・バンド・リーダー。米ニュージャージー州出身。1936年に自己名義のオーケストラを結成し、ジャズ・ビッグ・バンドの代表的な存在に。1984年に他界するも、彼の遺志を引き継ぐメンバーたちによって「カウント・ベイシー・オーケストラ」は継続。現在も活動が続く。

──そこから、本格的にジャズに入り込んだのは、どんなきっかけで?

「吹奏楽部の友達がバンド・クリニックみたいなのに行ってきて。その子のファイルに、外国人の先生のサインが書いてあったんです。そのサインが、めっちゃカッコいいなって思って。それまでミュージシャンのサインって見たことがなかったので “ジャズプレイヤーの人ってサインがカッコいいんだ…”って興味を持ち始めて。そこからジャズを聴くようになりました。ジャズをやれば、カッコいいサインが書けるようになるのかな、って(笑)。スーパー謎の思考回路です(笑)」

──なかなか個性的な動機で(笑)。

「最初は何から聴いていいかわからなかったので、いちばん有名らしい、チャーリー・パーカーとジョン・コルトレーンを聴こうということになって。TSUTAYAのワゴン・セールみたいなのがあるじゃないですか。そこで “ブルーノート名盤100選・限定1280円” みたいなCDを買って。あと、正規盤かどうかもわからないような安いコンピレーション盤とか、そういうのだったら中学生でもお小遣いを貯めて買えるので、いろいろと買ってみたり。それでコルトレーンのスピリチュアルな時期(注2)の、ずっとサックス吹きまくってるやつとかを聴いて『何これ?』って(笑)」

注2 : ジョン・コルトレーンは、1965年頃からいわゆるフリー・ジャズに傾倒。数十分もの間、サックスを吹き続けるなど、独創的でアバンギャルドな演奏を展開していた。

“ジャズ女子”共通の悩み「友達が…」

──それを聴いて「ジャズって難しい」とは思わなかった?

「思いましたけど、まだ子供だったので理屈では考えなかったですね。“すげぇ” か “すごくない” か、みたいな。とりあえずインパクトが大きかったので、その魅力が勝ったんでしょうね」

──よくわからないけど、これはカッコいい! と感じた。

「そうですね。自分が知ってた吹奏楽部のテナー・サックスと、コルトレーンやソニー・ロリンズが、バリバリとアドリブで吹いているテナー・サックスとは音色が全然違うんですね。同じ楽器とも、同じ人類とも思えないじゃないですか(笑)。それが衝撃的で」

──テナー奏者で、憧れの人は?

「私にとってのアイドルは、デクスター・ゴードン(注3)です」

注3 :(1923-1990) テナー・サックス奏者。カリフォルニア州ロサンゼルス出身。1950〜60年代にブルーノート・レーベルを中心に数多くの作品をリリース。男性的な音色と豪快なソロで人気奏者となる。1960年代初頭にはヨーロッパへ渡り、1976年頃までフランスやデンマークを拠点に活動。1986年に映画『ラウンド・ミッドナイト』(ベルトラン・タヴェルニエ監督作品)の主役に抜擢され、アカデミー主演男優賞にノミネート。

──それはまた渋い。

「いま私がやっている音楽とは全然違うタイプのサックス奏者なので、よく意外だって言われるんですけど、ジャズ・スタンダード集の『Dawning Blue』を聴いてもらえれば、わかっていただけるかもしれません。いちばん最初にどハマりしたテナー・サックス・プレイヤーで、すごく好きです」

2019年1月に発表したジャズスタンダード集『Dawning Blue』

──中高校生の頃って、周りでジャズを聴いている人は少なかったのでは?

「そうですね。これはジャズ・ミュージシャンだったら共感してもらえる人が多いと思うんですけど、めっちゃ友達がいなくなります(笑)。当時、ORANGE RANGEとか、タッキー&翼とかが流行ってたんですけど、私はテレビで聞く程度しか知らなくて。友達と話していても、その話題についていけなかった」

──北海道出身のジャズ・ミュージシャン、特にサックス奏者は多いですよね。そういう人たちとの交流はありましたか?

「まったくなかった。そういったミュージシャンは札幌の人が多くて」

──札幌の人たちとは交流がなかった?

「札幌と旭川って、けっこう距離があるんですよ。雰囲気的には近そうですけど、実際には150キロぐらい離れているので。大阪・名古屋間よりちょっと短いくらい。だから、北海道出身の方と多く知り合ったのは、私が東京に出て来てから」

──北海道の高校を卒業してから、東京の音楽学校に入ったんですよね。

「そうです。北海道にいた頃は、東京に住める人や、東京に気軽に出てこれる人はうらやましいな…って思いましたね。いろんな有名なミュージシャンのライブが聴けたりしますから。私が中高校生のときは、なかなかそういうわけにもいかなくて、ひとりでジャズを聴きに行くことも難しかったですし」

脳内妄想民族音楽フュージョン

──デビューのきっかけは?

「音楽学校の先生で、現在も私のアルバムのプロデュースをやってくださっている小川悦司(注5)さんに声をかけていただいて、菅沼孝三(注6)さんの教則ビデオに参加させてもらったんです。それが好評をいただいて、私が参加した曲にオリジナル曲を足して、最初のアルバム『Amusement』(2016年)ができました。それから、曲も書かなきゃって書き始めて、そうしたら2枚目も作ろうかという話になって、それで現在に至るという感じです」

注5 : ギタリスト、プロデューサー、作編曲家。大学在学中から音楽の仕事に関わり、Twilights、竹本孝之バンド、劇団四季、五十嵐はるみ、森口博子などのサポートを務める。近年は作曲家・編曲家、プロデューサーとして米澤美玖、Jazz Lady Project、櫻井哲夫、ユッコ・ミラー、田中淳子などの作品を手がける。
注6 : ドラマー。サポート・ドラマーとしてCHAGE & ASKA、稲垣潤一、織田哲郎、LOUDNESS、吉川晃司、DREAMS COME TRUEなどのアーティストと共演。これまでに4枚のリーダー作もリリース。自身のドラム・スクールも運営しており、坂東慧(T-SQUARE)や川口千里らを輩出。米澤美玖が参加したのは、彼の監修による教則DVD『ドラマーズ・ソングブック』(2016年)。

──今回のメジャーデビュー・アルバム『EXOTIC GRAVITY』は、端的に言うとどんなアルバム?

「脳内妄想民族音楽フュージョンです(笑)。“長い” って言われるんですけど、いちばんわかりやすく言って、これです(笑)。なんとなく異国感のあるメロディとかサウンドで、ジャズ・フュージョン色もけっこう強い。それをテナーで吹くというコンセプトです」

最新アルバム『EXOTIC GRAVITY』(キングレコード)

──このアルバムを制作する上で、何か新しく挑戦したことはありますか?

「ジャズのスタンダード曲以外のカバーに挑戦したことですかね。〈The Flight Of The Bumble Bee〉(リムスキー・コルサコフ作曲)はクラシック。〈Libertango〉(アストル・ピアソラ作曲)はタンゴ」

──テナーって、メロディの“歌い方の個性”も出やすいですよね。

「そうですね。管楽器はニュアンスをたくさん付けられる楽器。今回のアルバムは特にメロディを吹いている時間が長かったので、それをどういうニュアンスで吹くかということにすごく時間をかけました。作曲する時間と同じくらい。なかでもオリジナル曲は参考にできるものがないので、メロディをどう吹けばカッコいいか、かつ自分の色が出せるかを考えながら、レコーディング前にスタジオに引きこもって練習してました」

──そうやって綿密に作り込むと、逆に “ライブで再現する場合の難易度” が高くなるのでは?

「そうなんです…。メンバーの皆さんのプレイも、テイクごとにどんどん凄くなっていって。それがアルバムに入っているので、ライブで再現するのは大変。やっちまいました…ホントに(笑)。ライブが終わったら、指がパンパンになってます(笑)」

「味噌ラーメン」ですべて解決!?

──体調管理で特に気をつけていることはありますか?

「好きな物を食べる。眠くなったら寝る。それしかやってないです(笑)」

──よく食べて、よく寝る…。それだけ!?

「味噌ラーメン食べたら、だいたいの疲れは取れますから(笑)。北海道出身なんで。多いときは週3回ぐらいは食べてます。ツアーの締めは深夜の味噌ラーメン!」

──特に運動もしていない?

「特別にはやっていないですけど、テナー・サックスを吹くこと自体がかなりの運動で。吹き続けることで、けっこう燃焼していると思います。ステージを動き回ったりもするので、わりとスポーツ感覚もありますね」

──その躍動を見せるのも、パフォーマンスのひとつですよね。

「いやいや、そんな余裕ないです(笑)。私の曲はメロディもすごく難しいし、アドリブのコードもメッチャ難しくて、微笑みながら吹くとか、踊りながら吹くというのは、じつはとても難しいことなんですよ」

──でも “自分がどう見られているか” は、女性として気になるでしょ?

「“見え方” でいうと、テナー・サックスはサイズがデカいので、どうしても “吹かされてる感” が出ちゃうんです。だから、身体が動いたときにフワッと “はためく” ような、体積が大きくて華やかに見える服を着ることが多いですね」

──楽器の大きさや重さを考えると、ハイヒールを履くのも不安では?

「そうですね。ヒールのある靴だとすごく疲れるので、スニーカーを履いてます。最近、ステージでも履けるようなキラキラのスニーカーを買いました。さらに靴ひもをカラフルなものに換えたり。すっごく派手なスニーカーを、もっといっぱい売ってくれたらいいのになぁ(笑)」

──ところで、もしミュージシャンになっていなかったら、どんな職業に就いていたと思います?

「子供の頃から動物が好きで、ピアノをやる前は獣医さんになりたいって思ってましたね」

──なかでも爬虫類が好きなんですよね。

「高校生のときにヘビを飼ってました。だからトカゲの曲とかもあるんです。ライブのMCで『ヘビとかサソリとか飼ってたんです』って言うと、客席が一瞬 “シ〜ン” ってなって。いまではその “シ〜ン” を楽しんでます(笑)」

──今回のアルバム(CD)のブックレットにも本物のヘビが登場していますね。

「そうなんです! あのフォルムと皮膚感。うらやましいですよねぇ…。あんなふうに生まれたかったです(笑)。ずるいですよぉー、あれは。色素細胞と筋肉細胞とが連結してるから、怒ると皮膚の色が変わったりするし。人間にもその機能が欲しいです!」

── ……。

「ですよね。こういう話をすると、だいたい “シ〜ン” となって『あ、そうなんだ。よかったね』で話が終わっちゃうんです…(笑)」

【米澤美玖 オフィシャルHP

米澤美玖『EXOTIC GRAVITY』(キングレコード)

米澤美玖/よねざわみく(サックス奏者/写真左)
北海道旭川市出身。 8歳よりテナー・サックスを始め、11歳で地元のビッグ・バンドに入ってジャズを始める。高校卒業後上京し、尚美ミュージックカレッジ専門学校に入学。卒業後、ソロ・アーティストとしての活動を始め、また氏家克典スーパー・プロジェクト、デビッド・マシューズ・ビッグ・バンド、TAKURO(GLAY)ソロ・プロジェクトのツアーなどにも参加。2016年に初リーダー・アルバム『Amusement』をリリースし、Amazon Jazz Fusion部門アルバム売り上げランキング2位を記録。2018年リリースのサード・アルバム『Another World』がAmazonの日本のジャズ部門1位、iTunes Store Jazzのトップ・アルバムを記録。さらに2019年リリースのジャズ・バラード・アルバム『Dawnibg Blue』はAmazon同チャートで80日間1位を記録。今回の『EXOTIC GRAVITY』は6枚目のリーダー作で、メジャーからは初のリリース。ほか、ラジオのパーソナリティとしても活躍中。

島田奈央子/しまだ なおこ (インタビュアー/写真右)
音楽ライター/プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書「Something Jazzy女子のための新しいジャズ・ガイド」により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲・監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。