投稿日 : 2019.06.13 更新日 : 2020.12.18

【証言で綴る日本のジャズ】外山喜雄・恵子〈第1話〉古書店で出会った「サッチモ自叙伝」に導かれ…」

インタビュー・文/小川隆夫

外山喜雄・恵子/第1話

高校でニューオーリンズ・ジャズにのめり込む

——どうしてニューオーリンズ・ジャズが好きになったんですか?  

最初は油井さんの『ジャズの歴史』です。テディ・ウィルソン(p)とベニー・グッドマン(cl)とビリー・ホリデイ(vo)がレコーディングの前にご馳走を食べたとか、廓(くるわ)の話とか。ああいうのがすごく面白くて。

あと、高校のときに『五つの銅貨』(注12)が封切られました。あれを観てかなり影響を受けたんで。それから『グレン・ミラー物語』。あれにもルイ・アームストロングがジャズの王様として出てくる。『五つの銅貨』もそうですし。そういうので、「ルイってすごい」と思ったんです。

(注12)実在のコルネット奏者レッド・ニコルズの半生を描いた59年公開のアメリカ映画。監督=メルヴィル・シェイヴルソン、出演=ダニー・ケイ、バーバラ・ベル・ゲデス、ルイ・アームストロング。

それと高校のときに、ちょっと運命的ですけど、神田にある音楽専門の古本屋さん、「古賀書店」に行きまして。サッチモ(ルイ・アームストロングのニックネーム)の『Satchmo My Life In New Orleans』(Amer Reprint Service Inc刊)という、生まれてから22年にシカゴに行くまでを書いた自叙伝があるんです。やさしい口語で書かれた本で、それを見つけて買ったんです。ルイに興味があったから辞書を引いて読んで。それにとても影響を受けて、「ジャズってすごいよな」「どういう街で生まれたんだろう?」と。

いまみたいに海外の情報がない時代だから、なおさら憧れが大きくなって。それと『Hear Me Talkin’ to Ya』(Nat Shapiro & Nat Hentoff著)というミュージシャンの話を集めた本。あれも買ったんで、モダン・ジャズのほうはあまり読まず(笑)、もっぱらバディ・ボールデン(cor)とか、ああいうほうを読んで、「すごいなあ」と思っていました。それで、「一度行ってみたい」となったんですね。

——高校のころからそういう気持ちになって。その時点では、ルイ・アームストロングがいちばん好きだった?  

なんでも好きだったですね。ジョージ・ルイス(cl)も好きだったし。だけど、「やっぱりルイって特別だよなあ」って。当時はヒットしたものじゃなくて、ホット・ファイヴとかホット・セヴンとか、古いものが好きで。大学のときですけど、グループでそういう演奏をコピーして、大学対抗バンド合戦で1回優勝したことがあるんです。

——大学は早稲田。それはニューオルリンズジャズクラブがあったから?

そうですけど、それもいい加減で。ぼくは俳優のジェームズ・スチュアート(注13)が好きで、中学のときに『裏窓』(注14)を観たんです。次に『翼よ! あれが巴里の灯だ』(注15)が来た。そうしたらもうパイロットになりたくて(笑)、ずっと、宮崎の航空学校に行きたいと思って。でも、高校に行ったら『グレン・ミラー物語』で、ジミー・スチュアートがジャズマンで、今度はすっかりそっちになって……。でも、早稲田大学に入ったときは、ジャズのクラブにするか、航空部にするかでまだ迷ってたんです。

(注13)ジェームズ・スチュアート(俳優 1908 ~97年)『舗道の殺人』(35年)で映画デビュー。40年の 『フィラデルフィア物語』 で「アカデミー主演男優賞」獲得。48年にはアルフレッド・ヒッチコック監督の『ロープ』 に主演。代表作は、『グレン・ミラー物語』(53年)、『知りすぎていた男』(56年)、『翼よ! あれが巴里の灯だ』(57年)、『めまい』(58年)など。
(注14)54年公開のアメリカ映画。ニューヨークのアパートを舞台にしたサスペンスで、ウィリアム・アイリッシュによる同名の小説が原作。監督=アルフレッド・ヒッチコック、出演=ジェームズ・ステュアート、グレース・ケリー。
(注15)57年に公開されたチャールズ・リンドバーグの伝記映画。監督=ビリー・ワイルダー、主演=ジェームズ・ステュアート。

——早稲田には航空部もあるんですか。

グライダーですけどね。

——いちばん影響を受けたトランペッターはルイ・アームストロング?

ルイと、あとはビリー・ホリデイをよく聴いていたんで、ロイ・エルドリッジ(tp)。ジョージ・ルイスのバンドにいたパンチ・ミラー(tp)とか。「バンク・ジョンソン(cor)がルイの先生だ」といわれて、彼にもすっかりはまって。のちに「世界でいちばんバンクに似ている」なんていわれるようになりました。

ポピュラー・ヒットを聴いていた少女時代

——今度は恵子さんのお話を聞かせてください。外山さんとは同級生?

恵子:いいえ、一年上(笑)。

喜雄:こういうインタヴューは初めてだね(笑)。

——生まれた日にちだけお聞かせください。

恵子:4月15日です。父の仕事の関係で、生まれはソウル。父も祖父も商社マンで、向こうで仕事をしていたんです。でも、里は仙台で。

——すぐに戻ってきたんですか?  

恵子:終戦と同時に。それですぐ東京に移ったんです。

——東京はどちらに?

恵子:西荻(西荻窪)です。父の転勤で西宮にも行きました。

——音楽との出会いは?

恵子:音楽は好きでしたけど、譜面を見たり歌ったりとかの成績は悪いんです。

——どんな音楽が好きでした?

恵子:あのころはヒット・パレードとか、アメリカの音楽。そういうのを聴いたり、自分でピアノがやりたくて、習わせてもらったり。

——ヒット・パレードが好きだったということは、ポピュラー・ミュージックですね。

恵子:ラジオで聴いていました。ジャズとはぜんぜん出会いがなかったけれど、「ジャズって自由な音楽だ」とは、漠然と思っていました。

——いくつぐらいのころですか?

恵子:中学のころです。でも周りにそういうひとがいなかったから、自分から聴くことはなかったです。せいぜいポール・アンカ(注16)とかニール・セダカ(注17)とか、そっちを聴いていました。

ジャズでは、ヒット・パレードの番組でジョージ・ルイスの曲がリクエストでかかったことは覚えています。聴いたら、みんながガチャガチャ演奏しているんで、なんだかよくわからなかった(笑)。「これがジャズなのかしら?」。それが最初の出会いです。

(注16)ポール・アンカ(ポピュラー・シンガー 1941年~)カナダ出身のシンガー・ソングライターで、〈ダイアナ〉(57年)、〈マイ・ホーム・タウン〉(60年)、〈電話でキッス〉(61年)などのヒットで人気者に。68年フランク・シナトラに〈マイ・ウェイ〉、71年トム・ジョーンズに〈シーズ・ア・レイディ〉を提供。現在も高い人気を誇っている。
(注17)ニール・セダカ(ポピュラー・シンガー 1939年~)59年に〈恋の日記〉が全米1位となり、〈おお! キャロル〉(同年)、〈カレンダー・ガール〉(60年)、〈恋の片道切符〉(同年)などがヒットし、人気シンガー・ソングライターの仲間入りを果たす。

——ピアノはクラシックを習って。

恵子:中学から高校の途中まで習って、大学に行ってからも近所でちょっと習っています。

——演奏することは嫌いじゃなかった。  

恵子:そうですね。

——大学は早稲田ですけど、早稲田を選んだ理由は?  

恵子:ニューオリ(ニューオルリンズジャズクラブ)があるからじゃなくて、このひとがいるからでもなくて(笑)。慶應(慶應義塾大学)と両方受かったんですけど、早稲田のほうがピンときたんです。

——早稲田の学部は?

恵子:文学部の美術。

喜雄:ぼくは政治経済。

——美術ということは、そちらに興味があった。

恵子:父が厳しかったので、「英語で推薦がもらえるから」と一生懸命に受験勉強をして、慶應も受かったけれど。「これからは好きなことをやるんだ」って、滑り止めに受けた美術に決めて。

喜雄:慶應は英文科でしょう。

恵子:文学部。

——早稲田は?

恵子:教育学部の英文科を受けたんです。それが本命。慶應の文学部はちょっとイタズラで、ついでに早稲田の美術も受けたんです(笑)。

——それで美術に入って。

喜雄:実は藝大(東京藝術大学)に行きたかったんですって。親に「売れない絵描きと一緒になるからダメだ」。そうしたら売れないジャズマンと一緒になっちゃった(笑)。

恵子:もっと悪かったんじゃない(笑)?

——結果オーライじゃないですか?

恵子:ほんとうにですよね。

——それでは、絵も勉強されていた?

恵子:絵とか彫刻は好きです。

——ニューオリにはどういう経緯で?

恵子:稲門会っていうんですか? となりに座ったひとに、「わたし、ジャズが好きなんだけど」ってひとこといったら、「じゃあ、うちのクラブにおいでよ」「どういうクラブ?」「ニューオーリンズ・ジャズのクラブ」といわれて。ニューオーリンズ・ジャズといわれてもよくわからなかったけど、「じゃあ、行ってみるね」。

喜雄:よく「ジャズが好きだ」といったね。

恵子:なんかいっちゃったのね(笑)。動物的直感で動くことがあるんです。この方は最初からぜんぶ筋が通っていますけど、わたしは通っていない(笑)。行きあたりばったりなんです。それで入って、「これがジャズなのか」。といっても、ぜんぜんわからなくて。オタクっぽいひとがたくさんいて、「こんなの聴くのはダメだ」とか、「これ聴かなきゃダメだ」とか(笑)。

喜雄:そのころ、部員が50人いて、女性は3人だけ。そのうちふたり辞めたから、ひとりになっちゃった。

第2話(6月20日 公開予定)に続く

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